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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
八章 幼年学校で勉強します! (六年生編)
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29.お兄ちゃんとヨアキムくんのお誕生日と新年

 今年もお兄ちゃんのお誕生日が近付いてきた。欲しいものを聞いてもお兄ちゃんには欲がないし、ルンダール家の跡取りで当主となることが決定している人物なのである。物質的にお兄ちゃんが不自由することはなかった。

 その代わりに私はお兄ちゃんに今年も歌を贈ることに決めていた。

 週一回のアントン先生のレッスンで楽譜を選ぶ。


「イデオン様に教えるようになってから私も王都からたくさん楽譜を取り寄せて、新しい歌などと勉強し直しましたよ」

「いつも楽しく歌えています。ありがとうございます」

「少し難しい生誕を祝う歌はどうですか?」


 始祖のドラゴンに感謝して相手が生まれて来てくれたことを祝う歌を王都の作曲家が作ったとアントン先生が楽譜を見せてくれる。難しいところもあったが私は挑戦してみることにした。

 高い音まで綺麗に響かせるのはなかなかできなくて、何度もアントン先生と練習する。喉が渇いて休憩した私はアントン先生と花茶を飲んでいた。


「私の友達はもう声変わりしているんですが、私はいつ頃声変わりするんでしょう?」

「個人差がありますからね。普段の声は少し低くなっても歌う声は変わらない歌手もいますよ」

「え!? 変わらないこともあるんですか?」


 声変わりをしても歌う声が変わらない。

 そのことは私に明るい希望を持たせた。


「音域が変わらなくて、身体が成長した分、肺活量が増えて音が安定してくるタイプだったらいいですね」

「そうだったら嬉しいです」


 そうであることを願って私は歌の練習に戻った。

 マンドラゴラを暴走させてしまった過去の歌のようなことはなく、私はかなり歌を制御できるようになっていた。魔術のかかった音楽室ではない場所で歌っても、マンドラゴラが押し寄せてくることはない。

 いつも身に着けているボディバッグから私の蕪マンドラゴラと大根マンドラゴラが顔を覗かせることはあるのだが、それくらいで済んでいる。

 だからつい油断してしまって畑仕事のときに鼻歌が漏れたりしてしまう。


「イデオン兄様、綺麗な歌ですね」

「私、歌ってた!?」

「とっても上手だったわよ」


 ヨアキムくんとファンヌに言われて私は慌てて口を閉じる。どうやら口から勝手に歌が漏れ出していたようだが、マンドラゴラは暴走していないし、お兄ちゃんに捧げる歌ではなかったのでギリギリなんとかなった。

 お兄ちゃんにプレゼントする歌は内緒にしておきたい。

 誕生日の前まで私は無意識に歌わないように気を付けていた。

 お兄ちゃんの誕生日の当日にはパーティーが開かれる。今年と来年、後二回のパーティーが終わればルンダール領の当主はお兄ちゃんになって、カミラ先生ではなくお兄ちゃんがパーティーの主催者となる。


「ビョルン兄上の妹のサーラです。サンドバリ家はわたくしが継ぐことになっております」

「ビョルン兄上の弟のヴァルテルです。いつも兄上がお世話になっております」


 正しい当主としてお兄ちゃんがルンダール家を継ぐときも近いとサンドバリ家のひとたちが挨拶に来ている。カミラ先生とビョルンさんとエディトちゃんとコンラードくんを囲んで、嫌な貴族から守ってくれている大事な味方であるサンドバリ家とはお兄ちゃんも懇意にしておきたいところだろう。


「領地を治める勉強も始めました。どうか、これからもよろしくお願いします」

「わたくしも領地を治める勉強を今しているところですわ。夫も支えてくれます」


 ビョルンさんの妹さんのサーラさんは旦那さんと一緒に領地を治めるようだった。ヴァルテルさんはお兄ちゃんよりも少し年上くらいに見える。結婚はまだしていないのだろうかと気になると、お兄ちゃんの結婚が頭を過って私は陰鬱な気分になってしまった。


「オリヴェル様おめでとうございます。ヨアキム様ももうすぐ誕生日なのですね」

「デシレアさん、お祝いありがとうございます」

「来年はジャスミンを栽培することにしましたので、今年以上の花を納められますわ」

「よろしくお願いします」


 デシレア叔母上が挨拶をするとヘルバリ家のクラース先生も近くに来てくれた。


「カレー煎餅の売れ行きも良いようですね。オリヴェル様は素晴らしい手腕をお持ちだ」

「イデオンのおかげなんです」

「イデオンくんは賢いですからね……あ、この場ではイデオン様とお呼びしなければいけませんね」

「クラース先生、いつも通りでいいですよ」


 幼年学校の私の担任の先生という立場と、ヘルバリ家の一員でルンダール領の貴族という立場を分けなければいけないクラース先生は大変そうだが、それでもパーティーになど出てきたのは初めて見た。

 これまでパーティーに出てこなかったので私はクラース先生が貴族だなんて知らなかったのだ。

 飲み物を取りに行っているデシレア叔母上を追いかけて行ったから、きっと狙いはデシレア叔母上と話すことなのだろう。あの二人が婚約してくれればいいのにと願わずにはいられない。

 ドロテーアと両親のせいで苦労したデシレア叔母上には幸せになって欲しい。本人がエディトちゃんの可愛さにメロメロになって、結婚や子どものことに積極的になっているのだから応援したいのだ。

 パーティーが終わった後に私はお兄ちゃんを音楽室に呼び出した。ついてきてくれたお兄ちゃんに椅子を用意して座ってもらって、ピアノで初めの音だけを押して確かめる。


「伴奏が難しいからアカペラだけど、聞いてください」

「楽しみにしてたよ」


 歌いだすとお兄ちゃんは微笑みながら私の歌を聞いてくれる。一番高い音も掠れることなく上手に出せて、今までで一番いい出来で歌うことができた。最後は余韻を持ってたっぷりと歌い上げて、はぁはぁと息を整える。


「素晴らしかったよ」


 拍手喝さいで褒めてくれたお兄ちゃんに私はとても誇らしい気持ちだった。

 数日後のヨアキムくんのお誕生日はアイノちゃんと合同でベルマン家でお祝いすることになった。


「あーたん、みっちゅ」

「あーたん、じぶんのことは、わたくちというのよ」

「わたくち、みっちゅ」

「あーたん、すばらちい!」

「わたくち、すばらち!」


 どこかで見た光景がエディトちゃんとアイノちゃんの間でも行われている。こうして引き継がれていくのかと私は感慨深い気分だった。

 ケーキを食べてみんなで歌える歌を歌うと、マンドラゴラやスイカ猫、南瓜頭犬が踊り出す。アイノちゃんもコンラードくんの手を取って踊っていた。


「こーたん、あーたん、すち」

「コンラードはアイノちゃんが好きなのですか?」

「すち」

「エディトはミカルくんと、コンラードはアイノちゃんと!?」

「ビョルンさん、落ち着いてください。まだ小さいですし。なにより、好きなひとと一緒にいられることは幸せなことではないですか」


 私もビョルンさんと一緒で幸せですよ。

 囁くカミラ先生にビョルンさんは真っ赤になっていた。カミラ先生の首にはビョルンさんが贈ったネックレスが変わらぬ愛の証のように輝いていた。

 新年のパーティーでもお兄ちゃんがほぼ主催を務めて立派に挨拶をした。

 少しずつお兄ちゃんが当主になる日が近付いてきているのを実感する。


「お兄ちゃんはきっといい当主様になると思うよ」

「本当は怖いし、責任を負えるか自信がないのだけれど、そんなことは言っていられないものね」


 パーティーの後で部屋で二人きりになって椅子に座るとお兄ちゃんは私の椅子に椅子を寄せて近付いて私の手を握った。


「イデオン、ずっと僕を支え続けてくれる?」

「そのために頑張って勉強してるんだよ」

「どこにも行かないでね」

「どこにも行かない」


 誕生日が来てお兄ちゃんは21歳。

 カミラ先生のおかげで研究課程を卒業するまでは当主の仕事はしなくても良かったけれど、その期限も残り一年と少しになっていた。それが過ぎてもビョルンさんはしばらくの間残ってくれるし、カミラ先生もオースルンド領から助けに来てくれると確約はしているが、お兄ちゃんの肩にのしかかるものは余りにも重い。

 それを半分とまではいかないが、少しでも一緒に背負えたら。

 そう願わずにいられない11歳の私だった。

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