30.時は来たれり
全ての準備は整った。
例え両親が罪人で、そのせいで私とファンヌが責められるとしても、お兄ちゃんは変わらず私たちを愛してくれる。それも確認できた。
魔術学校が休みの週末に、カミラ先生はお兄ちゃんを移転の魔術でお屋敷に連れて来て、最後の仕上げをすることにした。
久しぶりに会えた実物のお兄ちゃんに、私は我慢できずに飛び付いてしまう。脇に手を入れられて、抱っこされて、お兄ちゃんは私に頬ずりをした。
「イデオン、少し重くなったね」
「わたくちも!」
「ファンヌも、抱っこさせて」
順番で抱っこしてもらってお兄ちゃんとの再会を喜ぶ私とファンヌを、カミラ先生は暖かく見守ってくれていた。
部屋を出る前に、私はカミラ先生にお願いしていた。
「カミラせんせいのネックレスをかしてくれませんか?」
「構いませんが、使い方は分かりますか?」
「はい、たぶん」
カミラ先生が首から下げているプレートがペンダントトップになっているネックレスは、立体映像を撮影できる魔術がかかっている。それで幾つかの立体映像を撮って、お兄ちゃんに送ってくれていたので、私も使い方が多少は分かるつもりだった。
死人草から抽出した赤い液体の入った瓶をカミラ先生が持って、私は肩掛けの鞄、ファンヌは人参のポシェットをかけて倉庫に向かう。
かけられていた結界の魔術は、あっさりとカミラ先生の魔術で解かれて、倉庫の鍵も開けられた。
埃臭い倉庫の中は薄暗く、幾つもの箱が積み上げられていた。その中で探すのは、母親の魔術の痕跡のあるもの。
魔術の痕跡の見分け方が私にもファンヌにも分からないので、箱を開けては中に入っているものをカミラ先生とお兄ちゃんに見せていく作業を手伝った。肉体強化の魔術が使えるファンヌは、重い箱でも軽々と運んでいく。私はあまり重いものは無理だったので、軽い箱を選んでいたが、一つ、妙に小さな箱があることに気付いた。
開けてみると、中身は割れたガラスだった。
「カミラせんせい、これ、なんですかね?」
「見せてみてください。なにかの入れ物のようですね。修復してみましょう」
魔術をかけてガラスを修復すると、それは欠片が少し足りないが、水差しの形になった。それを見て、お兄ちゃんがはっと息を飲む。
「母が、枕元に毎晩置いていた水差しです」
「覚えているのですか?」
「これを見て、今思い出しました」
幼い頃の記憶が蘇ったお兄ちゃんは、その水差しがアンネリ様の愛用品だったと教えてくれた。手をかざして、カミラ先生が魔術の痕跡を調べると、美しいカミラ先生の眉が寄る。
「毒の呪いがかかっています」
「母は、毎晩、少しずつ毒に侵されて死んでいったのですね……」
「おにいちゃん、わたしのははうえが……」
「真相が分かって、すっきりしたよ」
泣いているかと思ったお兄ちゃんは、凛と表情を引き締めていた。水差しを持って倉庫から出たところで、両親が来たのをカミラ先生が察知する。張られた結界が破られたのに気付いて、大急ぎで駆け付けたのだろう。
武装した使用人も連れていた。
「ここで何をしている! ひとの倉庫に勝手に入るとは、家庭教師のふりをして、とんだ泥棒鼠だったな!」
「なにかいけないものを見てしまったようですね。その女を捕えなさい」
使用人に命じる母親に、カミラ先生は優雅に身を翻し、使用人たちを一人一人避けて、魔術で地面にひれ伏させる。眼鏡を外したカミラ先生の魔力が跳ね上がったのが、幼い私にも感じられた。カミラ先生のかけていた眼鏡には、両親にオースルンド領の次期領主カミラだと気付かれないようにする目くらましと、魔力を抑える魔術がかけられていたのだ。
「泥棒? 私の名前はカミラ・オースルンド。罪人は私とあなたたち、どちらでしょうね?」
「オースルンド!? オースルンド領の『魔女』か!?」
カミラ先生の正体に気付いて、旗色が悪い両親は、しらを切ることに決めたようだ。
「なにを言っているのだか」
「警備兵を呼べ! オリヴェル、戻って来てはいけないと命じたのに。やはり死にたかったようだな」
顔を真っ赤にして怒る父親が呼んだ警備兵に、私たちは囲まれてしまう。「魔女」と呼ばれるカミラ先生がいるので心配はしていないが、大事なのはこれからだった。
警備兵は領地の治安を守るためのもの。法を破っていれば、当主であろうとも国の定めによって捕らえることができた。管轄が領地ではなく、国なのだ。
警備兵を呼ばせるのは、カミラ先生と私の計画通りだった。
「ルンダール領の偽りの当主、あなたを、前当主アンネリ様殺害の容疑で、告発します」
「な、なにを!? 証拠があるのか?」
「これにみおぼえがあるでしょう、ちちうえ、ははうえ!」
水差しを突き付けると、両親の顔色が変わった。
二人は何か話していたようだが、父親が急に母親を突き飛ばす。
「この女が勝手にやったことだ!」
「なんてことを仰るのですか? あなたが結婚するためにはこの手段しかないと」
「イデオン、ファンヌ、お前たちはこの父を信じてくれるよな?」
近寄って来る父親が、隙を見て私の手から水さしを奪おうとするのに、私はカミラ先生に水差しを預けていた。護身用に持ってきたナイフを、父親がお兄ちゃんに突き付ける。
「私は何もやっていない。全部あの女がやったことだ。私を捕えるなら、オリヴェルを殺す」
「おにいちゃん!」
お兄ちゃんを助けなければいけない。
そう思って動いたのは、私だけではなかった。
肩掛けの鞄の中から、蕪マンドラゴラ、大根マンドラゴラ、ゴボウマンドラゴラが飛び出してくる。ファンヌの人参のポシェットからは、人参マンドラゴラが飛び出した。
「びゃあああああああ!」
「ぎょええええええええ!」
「ぎょわああああああ!」
「びぎょわああああああ!」
『死の絶叫』の四重奏。
大急ぎでカミラ先生が私とファンヌとお兄ちゃんに防御の魔術をかけてくれたおかげで、私たちは無事だったけれど、もろに『死の絶叫』を受けた父親はナイフを取り落として、頭を抱えて座り込んで呻いている。その周囲を逃がさないように、ぐるぐるとマンドラゴラが踊って取り囲んでいた。
「ちちうえ、ははうえ、つみをみとめてください」
「私は何もしていない!」
「嘘よ! このひとが全部やれって言ったのよ」
醜く仲間割れをする両親の前に、ファンヌが小さな体で立ち塞がった。人参のポシェットから取り出したのは、以前に栄養剤を作るときに薬草を叩いた太い棒だった。
「ふんぬー!」
「うわー!?」
振り下ろされた棒は、父親と母親の目の前の地面に大穴を開けた。
じょわーと父親と母親の股間が濡れて、失禁しているのが分かる。
素早くカミラ先生から借りたネックレスで、両親の情けない姿を、私はしっかりと記録に取った。
「ファンヌはかげんができませんからね。つぎは、あててしまうかもしれませんよ。ちちうえとははうえ、どちらのあたまがさきにわれるでしょう?」
「わたくち、がんばりまつ!」
棒を構えたファンヌを、カミラ先生も警備兵も止めない。3歳の幼児のやることだし、うっかりと両親の頭を割ってしまっても罪に問われないと分かっているのだ。
「た、助けてくれ」
「本当のことを言うなら、ファンヌを止めましょう。母はなぜ死んだのですか?」
命乞いをする両親に、厳しい表情でお兄ちゃんは追求した。
「いわなければ、あなたたちのはずかしいすがたを、なんびゃっかいでもここでさいせいしますよ!」
ネックレスを持って立体映像を展開させると、失禁して半泣きの顔の両親が写し出される。それを正視できない両親が目を向ければ、ファンヌが棒を素振りしているのが視界に入っただろう。両親が白旗をあげるのは、時間の問題だった。
「財産目当てにルンダールに婿入りをして、アンネリ様を殺させたのは私です。白状するから、頭を割らないでくれ」
「夫に言われて、アンネリ様の水差しに毒の禁呪をかけたのは私です」
「ふんぬっ! ふんぬっ!」と気合いを入れて素振りするファンヌの前で、両親は遂に罪を認めた。
全てを見聞きしていた警備兵が、両親を捕えて連れて行く。
「ちちうえと、ははうえは、どうなりますか?」
「王都に連れて行かれて、裁判にかけられるでしょう。殺人の罪はとても重い。恐らくは、一生牢から出られませんよ」
両親はもう戻ってこない。
アンネリ様を殺したのは自分たちだと認めて、裁判にかけられるのだ。
「またおにいちゃんとくらせるよ!」
「イデオン、ファンヌ、ありがとう」
「オリヴェルおにぃたん、だいすち」
二人纏めて抱き締めてくれるお兄ちゃんの周りで、マンドラゴラが踊って祝福してくれていた。
こうして、お兄ちゃんは私たちの元に戻って来た。
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