22.カレーの試作
夏休みも残り僅かとなった。
コンラードくんの誕生日はフルーツケーキで盛大に祝われて、コンラードくんもエディトちゃんも大興奮でケーキを食べていた。
お兄ちゃんの領地ではジャスミンと烏龍茶を使った花茶の生産に追われていた。
「ジャスミンは夜に開花するので、水分を落とした茶葉とジャスミンの花を夜から朝まで混ぜ合わせて香りを吸い込ませます」
「お花をお茶に入れるんじゃないんですか?」
「香りを茶葉に移すのですよ」
仲良くなった農家の若夫婦に教えてもらってヨアキムくんとファンヌが自由研究の追加の項目に花茶の製造方法を書き加えて行く。
「朝には篩にかけて茶葉と花を別々にして、茶葉を乾燥させて、夜にはジャスミンの花とまた混ぜます。これを何回も繰り返すと香りが強くつくのです」
「どんな風になっているの? 飲んでみたいですわ」
ファンヌの要望に応えて若夫婦は花茶を淹れてくれた。烏龍茶なので高温で蒸らし時間も短くさっと淹れる。ふうふうと吹き冷まして飲んだファンヌとヨアキムくんの目が輝いた。
私も飲ませてもらったが、烏龍茶のすっきりとした味わいにジャスミンの香りが更に爽やかさを添えている。鼻に抜けるジャスミンの香りに私たちは酔いしれた。
「美味しかったです。ありがとうございました」
「また教えてください」
「これからもよろしくお願いしますわ」
挨拶をして領地の家に戻るとお兄ちゃんが研究課程の実習から帰って来ていた。お土産に持たせてもらった出来上がったばかりの花茶を使用人さんに渡して淹れてもらう。
「農家のご夫婦のところに行っていたんだね」
「花茶の見学に行きました」
「とても美味しかったのよ。オリヴェル兄様も飲んでみて」
カップに淹れられた花茶を飲んでお兄ちゃんはちょっと考えていたようだが、使用人さんに声をかけた。
「ミルクを持ってきてもらえる?」
「心得ました」
小さな陶器の白い器に入れて持ってきてもらったミルクをお兄ちゃんは花茶に混ぜた。一口飲んで私たちを手招きする。
「ミルクともよく合うよ」
「本当?」
飲ませてもらって私も納得した。
花茶の香りをそのままにミルクが烏龍茶をまろやかにしてとても美味しい。
まだ暑い時期なので熱々の花茶には汗が出るが、ミルクを入れた花茶を冷やしたら更に美味しいかもしれない。
「ミルク花茶! 新しい可能性が出てきましたね」
「ミルクティーにみんな慣れてるから、飲みやすいんじゃないかしら」
飲ませてもらってヨアキムくんとファンヌも喜んでいた。
こうなると花茶に添えるお茶請けが欲しいものだ。花茶とセットで売れて、ルンダール領でしか作れないものならば尚良いのではないだろうか。
「花茶に合うお茶請け、何か考えてみない?」
「甘いものはありきたりだからなぁ」
「お煎餅とか?」
私とお兄ちゃんが話していると、ファンヌがすかさず提案して来た。
「おしぇんべ!」
お昼寝していたエディトちゃんがものすごい勢いでベッドから駆け下りて走って来る。お煎餅がどこにあるのかきょろきょろしているエディトちゃんの口の端からは涎が垂れていた。
「エディトちゃん、お煎餅は花茶のお茶請けの話で、ここにはないの。さ、お手洗いに行きましょう」
「ないの……」
しょんぼりするエディトちゃんをファンヌがお手洗いに連れて行く。用を足してさっぱりとしたエディトちゃんはお煎餅にまだ拘っているようだった。
「おしぇんべー、たべちゃい」
「お煎餅ってお米で作られるよね? お米を作ってるのはルンダール領だけだよね」
「お茶もお米もルンダール領だけしか作ってないね。お米よりも小麦の需要が高いからなぁ」
主食はパンというイメージの強いこの国だが、お米を食べないわけではない。けれどお米は主食というよりもサラダのようにして食べられるのが普通だった。
ルンダール領ではお米を主食とするときもあるけれど、それも時々だ。
「花茶自体が異国の雰囲気がするもんね……異国の味わいのあるお茶請け……」
お兄ちゃんと私で悩んでいると、書類仕事をしていたブレンダさんが話に加わって来た。
「大陸の南の方で食べられてる……なんだったっけ、スパイスがものすごくたくさん入っていて、ピリッとして独特の香りで美味しいの……大陸から来たひとがオースルンド領でお店を開いていたのよね。多分、もうなくなってるけど」
「大陸の南の方で食べられているスパイスがたくさん入ってる、ピリッとしたお菓子?」
「お菓子じゃなかったわ。ご飯の上にかけてた。だから、お煎餅の味付けにも合うと思ったの」
その情報を得て、私たちは一度ルンダール家に戻って書庫に直行した。大陸の資料は少ししかないが、その食べ物は有名なようで大きくページに載っていた。
「カレー!?」
「ターメリック、レッドペッパー、コリアンダー、クミン、ガラムマサラ……ショウガを入れたり、にんにくを入れたりするレシピもあるみたい」
「初めて聞いた。カレーっていうんだ。……スパイスが手に入るかな?」
書庫に私とお兄ちゃんとファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんとブレンダさんで覗き込む本に書かれているスパイスを、私は紙にメモをした。
作り方も書かれている。
「まず、普通のカレーを作ってみようか。味が分からないと売れるかどうかも分からないからね」
お兄ちゃんの発案に全員賛成で、ブレンダさんが市場でスパイスを買い集めて来てくれた。その間にスヴェンさんに厨房を借りることを告げて、お米を炊いておく。
ジャガイモ、人参、玉ねぎ、鶏肉、全部一口大にファンヌが切って、お兄ちゃんが炒めて軽く火を通す。その間にブレンダさんが買ってきてくれたスパイスを分からないながらにメモ通りに測って、私がフライパンで炒めて具材と合わせる。
漂う独特の香ばしい匂いがお腹を刺激する。エディトちゃんのお腹はきゅるきゅると鳴いて、口の端からは涎が垂れていた。
水を加えて全体に火が通って馴染むまで煮込んで、出来上がり。
「ご飯にかけるとカレーライスっていうらしいよ」
お兄ちゃんが小皿にお米とカレーを盛ってくれる。
遅いおやつとしてカレーを私とお兄ちゃんとファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんとブレンダさんで食べることにした。
さらさらとしたカレーをご飯の上にかけて食べると、最初は辛さに汗が出た。
「からーい!」
「でも、美味しいです!」
「からっ! うまっ!」
口の中に広がるスパイスの複雑な味がお米の甘みによく合う。ファンヌもヨアキムくんもエディトちゃんも汗をかきながら夢中になって食べていた。私もお兄ちゃんも新しい味に感激して小皿に盛ったカレーをぺろりと完食してしまう。
「スパイスの数と量が足りなかったかもしれないね。これでお煎餅に味付けするんだったら、輸入するしかないかな」
「ブレンダ叔母上、僕の領地でスパイスの輸入は可能ですか?」
「カミラ姉上に相談だろうけど、カミラ姉上は全面的に協力してくれると思うよ」
出来上がったカレーを持って私たちはカミラ先生の執務室を訪ねた。廊下を歩いていくとほかほかのカレーから立ち上るスパイスの香りに使用人さんたちもそわそわしているのが分かる。
「カミラ先生、お兄ちゃんと私とファンヌで作ったカレーを食べてみてください」
「カレー? 昔食べたことがある気がしますが……いい香りですね」
お皿を受け取ってくれたカミラ先生が一口食べて笑顔になる。
「ピリッとしますが美味しいですね」
「私もいいですか?」
「ビョルンさんもどうぞ」
ビョルンさんも食べて目を煌めかせている。こういうところはエディトちゃんとそっくりだ。
「このカレーのスパイスを僕の領地で輸入する許可をください」
「他国との貿易には国の許可が必要ですね。種類を教えてください。申請します」
まだまだカレーの味とお煎餅が結び付いていないが、それは輸入が決定してからゆっくり研究してもいいだろう。お米を作っている領地の貴族とも話し合いの場を設けなければいけない。
「イデオン、これから忙しくなるよ」
「お兄ちゃん、無理しないでね」
「わたくし、手伝いますわ!」
「僕も手伝います!」
「わたくちも!」
売れるかどうかより、このカレーの味のついたお煎餅を食べてみたい。
私たちは大人ぶっていてもやはり子どもで、食い気には勝てないのであった。
尚、残ったカレーは使用人さんたちにも振る舞ってとても好評だった。
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