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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
八章 幼年学校で勉強します! (六年生編)
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19.スヴァルド領へ

 帰り際に迷っていたようだがデシレア叔母上は決心した顔でカミラ先生とビョルンさんにお願いをしていた。


「エディト様を抱っこしてもよろしいでしょうか?」

「どうぞ、エディトに聞いてやってください」

「エディト様抱っこしても良いですか?」

「ん!」


 両腕を広げて抱っこの体勢に入るエディトちゃんの両脇の下に手を入れてデシレア叔母上が抱き上げる。体が密着すると素早く脚を腰に絡めるので、背中を支えているだけで抱っこできるというのを覚えたようだった。


「あぁ、なんて可愛い……イデオン様とファンヌ様も今も可愛いですが小さい頃はとても可愛かったんでしょうね」

「それはそれは可愛かったですよ」

「その頃にお会いしたかった」


 抱き上げられて可愛いと言われて誇らしげな顔のエディトちゃんを大事にデシレア叔母上はしばらく抱き締めていた。暑さで汗が流れるが嫌がることなくエディトちゃんも上機嫌で抱っこされていた。


「結婚なんて碌なものじゃないと姉を見て思っておりました。姉のせいで私の名も汚されてしまったし、結婚相手を親に押し付けられるのも嫌でしたし、ずっと拒んできましたが、こんなに可愛い子どもが産まれるのならば……」


 エディトちゃんや私やファンヌとの出会いはデシレア叔母上の価値観を変えたようだった。


「子どもが生まれなくても養子に迎えれば良いのですよね……私ちょっと結婚に前向きになってきました」


 明るい顔をしているデシレア叔母上はファンヌに似た可愛らしい顔立ちをしていて、母親から地味だと言われるような容姿ではなく、私には十分に美しく見えた。ドロテーアの顔は覚えていないが、私たちはもしかするとドロテーアではなくてデシレア叔母上に似たのかもしれない。

 そうだったら良いのにと思わずにいられない私だった。

 お屋敷に戻るとエディトちゃんが走って子ども部屋に行っていた。お留守番をしていたコンラードくんに貰ったジャスミンの花を見せている。


「こーたん、これ、いいにおいのおはな。おちゃになるのよ」

「ちゃ!」

「そうよ」


 白い小さな花を摘まんで口に入れようとするコンラードくんを「めっよ! ぺっ!」とエディトちゃんはちゃんと叱って教えている。


「お姉ちゃんだね」

「エディトはコンラードが大好きだから」


 微笑ましく見守る私とお兄ちゃんに、カミラ先生もビョルンさんも子ども部屋の入り口から二人を見ていた。

 ボールク家の治める領地訪問が終わって、慌ただしくスヴァルド領に避暑に行く準備を始める。ボディバッグに着替えや勉強道具などを入れて、お兄ちゃんにチェックしてもらう。


「筆記用具が入ってないみたいだけど?」

「いけない、忘れてた」

「カーディガンも入れとくと良いよ」

「はぁい!」


 机の上に置いてあった筆記用具の入ったポーチをボディバッグに入れて、クローゼットからカーディガンも取って入れて、私の準備は整った。エディトちゃんとコンラードくんの分はカミラ先生とビョルンさんが準備している。ファンヌとヨアキムくんの分はクリスティーネさんとリーサさんがチェックしていた。


「下着の枚数は多めに入れておくようにお伝えするのです」

「ヨアキム様もファンヌ様も漏らす年齢ではありませんが」

「季節が夏ですから、シャワーを浴びたり、汗をかいたりしたときに頻繁に着替えられるようにです」

「そうだったのですね。勉強になります」

「スヴァルド領は涼しいと聞きます。上着の準備も忘れないように」


 乳母としての心得をリーサさんから習っているクリスティーネさんは真剣だった。下着の数も、服の数も、靴下の数も確かめて、上着を畳んで入れて、替えの靴やサンダルも確認して、勉強道具が入っているかも確認していた。


「イデオン兄様、準備はできましたか?」

「私はお兄ちゃんに見てもらってできたよ。ヨアキムくんも準備万端かな?」

「はい!」

「わたくしもできました!」


 全員準備ができたところで留守番をするリーサさんとカスパルさんに挨拶をしていく。


「無理はしないでくださいね。赤ちゃんのことを一番に考えてください」

「イデオン様、ありがとうございます」

「困ったらカスパルさんに頼って、リーサさんは身体を大事に」

「ヨアキム様、お優しい言葉を」

「赤ちゃんはいつ生まれるの?」

「まだまだ先ですよ」


 お腹も目立ってきていないリーサさんは本当に妊娠しているかも分からないが、本人がそういうからそうなのだろう。


「妊娠ってどうすれば分かるものなの」

「女性は本人だと分かるみたいだよ。悪阻が出てきたりもするし」

「悪阻!? お土産は果物にしなきゃ!」


 出産は命がけなのでそれまでにリーサさんにはしっかりと栄養を付けて欲しい。スヴァルド領のお土産は果物にしようと私は決めていた。

 ルンダール領では夏ミカンなどは実るけれども、蜜柑やオレンジ、リンゴや桃は栽培されていない。葡萄もスヴァルド領が有名だ。


「小さな頃に葡萄ジュースで乾杯をしましたね。あれもスヴァルド領から買ったものだったのですか?」

「ヨアキムくん、小さかったのによく覚えていますね。ビョルンさんがくれた赤いカットガラスのグラスで飲みましたね。あれもスヴァルド領の特産品ですよ」


 ワインは飲めないからみんなで飲めるように赤いカットガラスのグラスに葡萄ジュースを入れて飲んだ思い出は私にもあった。懐かしさに頬が緩む。

 あのときヨアキムくんはまだ3歳くらいではなかっただろうか。

 カミラ先生は結婚していなくて、エディトちゃんもコンラードくんも生まれていなかった。


「懐かしいですね」


 微笑むカミラ先生の目に映っているのは小さいヨアキムくんかもしれない。

 たった2歳で呪いを纏わされてお屋敷のパーティーにつれてこられたヨアキムくん。小さな頃からお喋りが上手で賢かったけれど、そのままに素直に大きくなった。

 呪いのせいでお母さんだった大事な乳母さんを亡くしたり、花が枯れてしまったり、飼い犬が死んでしまったり、つらいことはたくさんあったが、今のヨアキムくんが幸せならばファンヌが婚約すると言い張ってヨアキムくんを強引にお屋敷に連れて来た意味もある。

 過去を思い出しているとお兄ちゃんも同じことを考えていたのか私の肩を抱いてくれた。

 スヴァルド領へは移転の魔術で王都を経由して行った。

 私とお兄ちゃんとファンヌが手を繋いで、ヨアキムくんとビョルンさんとエディトちゃんが手を繋いで、カミラ先生がコンラードくんを抱っこして、ブレンダさんがクリスティーネさんと手を繋いで移転の魔術を使う。

 赤いレンガの街並みが広がるスヴァルド領。領主の屋敷の前についた瞬間に感じたのはひんやりとした涼しい風だった。


「お兄ちゃん、涼しいよ!」

「気温が全然違うね。お日様もそんなに照ってない」


 曇っているわけではないのに太陽の光が刺すような熱さではなくて、やや弱く感じられるのは気のせいではないだろう。


「くちんっ!」

「エディト、コンラード、寒かったですか? カーディガンを着ましょうね」


 くしゃみをして洟を垂らしたエディトちゃんとコンラードくん。洟をビョルンさんが拭いて、カミラ先生が荷物の中からカーディガンを取り出して二人に着せていた。

 私も少し肌寒かったので薄手のカーディガンを取り出して羽織る。お兄ちゃんもファンヌもヨアキムくんも同じようにしていた。


「クリスティーネさん、上着を着て構いませんよ」

「ありがとうございます」


 使用人のクリスティーネさんは勝手に服装を変えてはいけないと教え込まれているのか肌寒そうだったが半袖のメイド服で耐えていたのをカミラ先生が気付いてすぐに声をかけてくれる。

 全員秋のような格好をしてお屋敷の中に入った。お屋敷の中も部屋を冷やすような魔術は使われていないけれど全然暑いとは感じなかった。


「いらっしゃいませ、ルンダール家の皆さま。娘のイーリスがブレンダ様には本当にお世話になっているようで」

「あの……本当によろしいんですか?」


 挨拶より先に単刀直入に聞いたブレンダさんにスヴァルド領の領主夫妻は朗らかに答えた。


「娘はバックリーン家の子息と結婚するはずでした。きっと不幸になっていたでしょう。離婚してスヴァルド領に戻ってきても嫁の貰い手は現れなかったと思います。それを思えば、好きなひとができて、あの子が明るく生きているのがわたくしたちには何よりの喜びです」

「ブレンダ様のおかげであの子は不幸にならずに済みました。感謝こそすれ、止める理由がありません」


 思ったよりもスヴァルド領の領主夫妻は理解のあるひとたちのようだった。


「バックリーン家は豊かだと聞いていたので、あの子が一生不自由しないようにしてやりたいと考えて、下調べを怠ったのがわたくしたちの落ち度です」

「今はあの子は毎日活き活きとして、今日はブレンダ様に何をお手紙に書こうかと領地を歩き回っていますよ。以前は引っ込み思案で大人しくて外に出たがらなかったのに、嬉しい変化です」


 イーリスさんはブレンダさんに心惹かれてから変わったようだった。恋はひとを変えてしまうもの。聞いてはいたが、良い方に変わることもあるのだと私は学ぶ。

 いつか私が恋をしたときに、良い方に変われるだろうか。


「ブレンダ様、皆さま、いらっしゃいませ。客室にご案内致しますわ」


 明るい若草色のドレスを着て出て来たイーリスさんに腕を引かれるようにしてブレンダさんが連れて行かれる。


「まぁまぁ、イーリスったら」


 スヴァルド領の領主夫妻の笑い声が響いていた。

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