29.赤い花の告げる真実
墓地に行く日、私はかなり緊張していた。
いつも通りに早朝の薬草畑の世話を終えて、朝ご飯を食べて、余所行きの服に着替える。ファンヌも緊張しているようで、出かけるときに人参マンドラゴラをぎゅっと抱き締めていた。ペットを可愛がるのと同じ感覚なのだろう。カミラ先生が連れて行ってはいけないと言わなければ、私も何も言わないつもりでいたが、問題は私の方だった。
「びょぎょえええ」
「ぎゃう!」
「びゃっ!」
行く気満々で大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラとゴボウマンドラゴラが準備をしている。布のバッグを用意して、自分からそこに入って、私に持てと言うように、中から持ち手を示してくる。
「マンドラゴラも何か察しているのでしょうね。むき出しで持っていくと、盗まれるかもしれませんので、バッグに入れてください」
「いいんですか、カミラせんせい!?」
「ファンヌちゃんには、このポシェットをあげましょうね」
私には肩掛けの臙脂色に紺のベルトのバッグ、ファンヌには人参の形のポシェットをカミラ先生はくれた。どちらも手縫いのようで、カミラ先生の魔術がかかっていて、中が拡張されて大量に物が入るようになっていた。
人参型のポシェットの中にファンヌは人参マンドラゴラとハンカチを入れて、私が肩掛けのバッグを広げると大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラとゴボウマンドラゴラが自ら飛び込んできた。その他にも、クレヨンや紙、ハンカチも入れて、準備を整える。
馬車で墓地に行く途中に、カミラ先生はお花を売っている店に寄った。
「私は恥ずかしいことに生前のアンネリ様をほとんど知らないのです。次期領主として勉強していた時期で、交流があまりなくて。イデオンくんとファンヌちゃんが、アンネリ様のお花を選んでくれますか?」
「わたしでいいんですか?」
「わたくち、きいろとオレンジいろがすきでつ!」
「私はレイフ兄上のお花を選びます。アンネリ様は、オリヴェルの可愛がったあなたたちの好きな色を知りたがると思います」
重要な任務を任されて、私とファンヌは花の名前をあまり知らないことに気付いた。薬草ならばたくさんお兄ちゃんに本を読んでもらったし、カミラ先生も教えてくれるので知っているが、それ以外は、庭にある薔薇とタンポポくらいしか花が分からない。
「カミラてんてー、あのきいろい、ふわっとちた、きれーなの、なぁに?」
「ピンクいろもあります。とてもかわいいです」
目に留まったのは、花弁が八重に重なっている豪華な美しい花だった。指さしてカミラ先生に名前を聞くと、答えが返ってくる。
「あれは、シャクヤクというのですよ」
「シャクヤクですか。わたしはあれがいいけど、ファンヌは?」
「わたくちも、ちゃくやくがいーの」
ピンクと黄色のシャクヤクを合わせて花束にしてもらって、カミラ先生は青い小ぶりのお星さまのような花で花束をつくってもらっていた。
「カミラせんせいがえらんだのは、なんですか?」
「ブルースターという花ですよ」
「ぶうーつたー?」
「青い星という意味です。ほら、お星さまのような形をしているでしょう?」
見せてもらって、ファンヌは納得したようだった。
ブルースターの花束をカミラ先生が、ピンクと黄色のシャクヤクの花束を私とファンヌが一緒に持って、墓地に行く。アンネリ様のお墓の周りには、小さな赤い花が咲き乱れていた。
お墓の前に花束を置いて、カミラ先生と私とファンヌで黙とうを捧げる。
アンネリ様、どうか、遺体を穢すようなことをした私たちを許してください。そして、お兄ちゃんがお屋敷に戻れるように手助けをしてください。
祈るように心の中で呟いて目を開けると、カミラ先生も目を開けていた。
「本題に入りましょう。赤い花を根元から全部摘んでください」
指示されて、私とファンヌはしゃがみ込む。薬草畑の雑草抜きで、草を抜くのには慣れていた。根っこがちぎれないように気を付けながら、土を柔らかくするために指で解しつつ、赤い死人草を抜いていく。全部抜けると、カミラ先生は周囲の土をならして、ハンカチで土塗れになった私たちの手を拭いてくれた。
死人草が残っていると、万が一両親が来たときに植えたことがばれてしまうし、アンネリ様のご遺体から養分を吸い取り続けてしまう。注意深く根っこまで抜いたので、新しく生えてくることはないとは思うが、カミラ先生は一週間後にもここに来ることを告げて、墓地を後にした。
一度屋敷に戻って、抜いた死人草から花だけを千切って、すり鉢に入れる。すりこ木で擂ってから、水を入れてガーゼで濾して、カミラ先生は赤い水だけを抽出した。
瓶の中に抽出した水を入れて、丸い鏡のような小さな杯状の器に、カミラ先生は瓶の中の水を垂らした。
赤い水を透かして、鏡のような底に、一人の人物の姿が映る。
「アンネリさま!」
「えぇ、アンネリ様ですね……もう一人、見えそうで見えないのが……」
黒髪に緑の目の女性は、お兄ちゃんと立体映像で見たアンネリ様に違いなかった。指先で赤い水を掻き回し、カミラ先生が目を凝らす。
もう一人、見えそうで見えない人物が、揺らぎながら少しずつ鮮明になってくる。
その人物を、私は知っていた。
ファンヌも知っている。カミラ先生も知らないはずがない。
「ははうえ……!?」
「財産のない貴族の元に嫁にやりたくなかった理由は、それでしたか」
「まじゅつのさいのうが、あったのですか……」
社交界で着飾ることしか考えていないような母親にも、魔術の才能があったようだ。それで禁呪の毒の呪いをアンネリ様にかけて、父親と結託して殺害した。
最初から領地を乗っ取るために結婚して、将来再婚する相手に毒殺させていたなど、想像もつかなかった。
「ちちうえが、ぜんぶやったのだとおもっていました……わたしたちは、ざいにんのこ……」
ショックの余り目の前が真っ暗になる私に、ファンヌがぎゅっと抱き付いてくる。
「にぃたま、わたくち、じゅっと、いっちょ」
「そうだね……カミラせんせい、わたしはざいにんのことして、ここにのこるわけにはいきません」
両親を断罪した後には、私たちも相応の場所に行くべきだろう。
そう思い詰める私の頬を、カミラ先生は両手で挟んで、ぐにぐにと揉んだ。
「何を言っているのですか。両親がしたことと、あなたたちとは全く別です。あなたたちは正義を成し遂げようとしている。その勇気を、私はきちんと見ています」
「でも、このことを、おにいちゃんになんといえばいいのか」
「そのまま、全て打ち明ければ良いのです。あなたを愛して育てたオリヴェルが、そんなことくらいであなたたちを見捨てると思いますか?」
毎日楽しみだった夜の報告の時間が、その日は来なければ良いと思うくらいに私はふさぎ込んでいた。夕食を食べて、お風呂に入って、歯磨きをして、呼ばれたときには、既に私は涙ぐんでしまっていた。
通信が繋がると、涙ぐんだ私と、既に泣いているファンヌに、お兄ちゃんは驚いた様子だった。
『二人とも、何があったの?』
「オリヴェル、二人の話を聞いてあげてください」
『はい、叔母上。イデオン、ファンヌ、僕に教えて?』
優しい声で促されて、我慢していた涙がぼろぼろと零れて、膝の上で砕けた。
「アンネリさまをどくさつするのろいをかけたのは、ははうえでした……わたしもファンヌも、ざいにんのこです」
「オリヴェルおにーたん、ごめしゃい。わたくち、いけないこ……ふぇぇぇ」
泣き出したファンヌの垂れる洟を、カミラ先生が拭いてくれる。死人草で結果を知った私とファンヌが、父親だけでなく母親まで加担していた以上、断罪されるのは両親だけでなく子どもである自分たちもだと覚悟して、お兄ちゃんが戻った後にはお屋敷を出ようとしていることを、カミラ先生がお兄ちゃんに伝える。
『つらい事実だったと思う。きっと、世間はイデオンとファンヌを責めるだろうね。だけど、僕の我が儘として、僕はイデオンとファンヌには傍にいて欲しい』
「おにいちゃん……」
『両親の罪が子どもにまで及ぶとは僕は考えないし、変わらずにイデオンとファンヌが大好きだけど、周囲の目は厳しくなるだろう。それでも、僕の信頼できる弟妹として、僕を支えてくれないかな?』
全てを知った上で、お兄ちゃんは両親のことと私たちのことは切り離して、世間の目が厳しくなっても、側にいて支えて欲しいと言ってくれる。
これまでだって、味方がほとんどいないままに生きて来た。
今更、世間の目が厳しくなっても、怖くなどない。
「オリヴェルおにぃたんのためなら、わたくち、なんでもすゆ」
「わたしも」
ファンヌと二人で言うと、お兄ちゃんは嬉しそうに微笑んでくれた。
『涙を拭ってあげたいのに、手が届かないってもどかしいね。早く一緒に暮らせるようになりたいよ』
その言葉に私は心から同意した。
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