11.バックリーン家の事件のその後
バックリーン家の子息とその事件のもみ消しをした家族が捕えられて、家が取り潰しになった後で、婚約者だったスヴァルド領の令嬢が訪ねて来てくれた。箱いっぱいの葡萄のお酒のワインとリンゴのお酒のシードル、それに果実を紅茶に加えたフレーバーティーを持ってきている。
「この度はわたくしの身代わりとなってくださって、悪事を暴いて結婚を反故にするきっかけをくださったこと、誠に感謝しております」
「何も知らないままに結婚しなくて良かったです。不幸な女性を増やしてしまうところでした」
「わたくし、本当にブレンダ様に感謝しておりますの。それに……ブレンダ様が勇気があって、警備兵が踏み込んだときにはバックリーン家の方たちを拘束していたと聞きました」
「まぁ、それは……」
「ブレンダ様と今後ともお付き合いをさせていただきたいのですが」
リンゴのように白い頬を真っ赤にさせる令嬢にカミラ先生もビョルンさんも私もお兄ちゃんも驚いてしまっていた。ブレンダさんよりも年下で、恋に恋するお年頃のような令嬢は、どうもブレンダさんに心惹かれているようだ。
「私とって……ど、どういう意味ですか?」
「言った通りの意味です。わたくしはブレンダ様に惹かれております」
アーベルさんとフーゴさんで男性同士で愛し合うことがあるのだとは目にしていたが、女性同士も同じように愛し合うことがあるのだろうか。令嬢の恋は片思いに終わってしまうのか、私は自然と手に汗を握っていた。
「私はがさつだし、乱暴だし、しかも女性ですよ?」
「完璧なひとなんていません。わたくし、今回の婚約の件で思い知りました。親の決めた相手と何も知らないままに結婚するよりも、わたくしを助けてくださった優しくて強い方のお傍にいたい」
顔を真っ赤にしてふるふると震えながら懸命に主張する姿にブレンダさんは答えを返せないでいた。それが令嬢にとっては迷う余地があるということでもないのだろうか。
「わたくし、イーリスと申します。移転の魔術でまた参ります。何度でも参ります。ブレンダ様にわたくしの気持ちが通じるまで」
華奢な手でブレンダさんの手を握って令嬢、イーリスさんは移転の魔術で帰って行った。帰った後もブレンダさんは呆然としている。
「姉上……あの方、私を好きと言いましたよね?」
「ええ、間違いなく。あなたも好きなのだったら、私は反対しませんよ」
「女性同士ですよ?」
「いけないのですか?」
性別よりもお互いが好きかどうかがカミラ先生にとっては大事なのだろう。あっさりと許しが出てしまいそうでブレンダさんは困った表情のまま応接室に突っ立っていた。
春先のアッペルマン家の事件からバックリーン家の事件まで一気にかたがついて、カミラ先生は後始末に追われているけれど私とお兄ちゃんは束の間の平穏を味わっていた。
季節も窓を開ければ春で暑くも寒くもない心地よい風が吹き込んでくる。
研究課程は忙しいがお兄ちゃんには決めなければいけないことがあった。それには私もファンヌもヨアキムくんもエディトちゃんも関わって来る。コンラードくんはまだ小さいので話し合いには加われなかったが。
「今年は実験用の畑になにを植えようか」
春の休日に子ども部屋にお兄ちゃんと私とファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんで集まって話し合いをした。
「ちゃっ!」
「お茶を育てたいの、エディトちゃん?」
「お茶は木だから育つまでに時間がかかりすぎるかな」
手を上げて発言したエディトちゃんに私とお兄ちゃんが説明する。テーブルの上には植物の図鑑が広げられていた。
「栄養剤で一気に育てられないのかしら?」
「お茶を栄養剤で育てるって言うのは聞いたことがないな」
「マンドラゴラとは違うからね」
ファンヌの発言に図鑑で調べてみても、お茶の木が栄養剤で急速に成長するとは書かれていなかった。お茶以外のものを育てたいのだが、なかなかいい案が浮かばない。元バックリーン家の領地のお茶の栽培はそれだけ私たちにとって興味深いものになっていた。
「バックリーン家の領地を治めるものはいなくなっているのでしょう? 今年一年、僕たちが引き受けてみるというのはどうでしょう?」
実験用の畑にお茶を植えて育てることは時間的に難しいが、既にお茶畑のできている元バックリーン家の領地ならば通うことも可能だし、どこかの貴族が治めなければいけないのは決まっていた。
ヨアキムくんの案は一番理にかなっている気がしていた。
早速カミラ先生のところに行って全員で話をした。
「バックリーン家の治めていた領地のお茶畑を今年一年、私たちで治めるのはいけませんか?」
「ちゃっちゃのべんきょう、ちたいの」
「お茶の栽培に興味を持ったのですね。確かに元バックリーン家の領地を今後どうするかで今悩んでいたところです」
この国で唯一お茶栽培ができる領地ということで元バックリーン家の領地を治めたいという貴族はたくさん出ていた。自分の今治めている領地を投げ捨ててでも元バックリーン家の領地に行きたがっているものまでいるという。
それだけ貴重な領地だから治める相手は慎重に決めたいとカミラ先生は考えているようだった。
「ルンダール領全土を治める前に、練習としてと言っては悪いですが、元バックリーン家の領地を治めてみますか、オリヴェル?」
「正式に元バックリーン家の領地を僕が治めるということですか」
「そうです。研究課程もあるので大変とは思いますが、やってみませんか?」
カミラ先生とお兄ちゃんとのやり取りにファンヌとヨアキムくんが姿勢を正す。
「わたくしたちもお手伝いします」
「僕もオリヴェル兄様の力になります」
「まぁまぁ、二人ともそんなに小さいのに」
「兄様はわたくしたちの年には向日葵駝鳥の石鹸の事業を立ち上げてたわ」
「イデオン兄様みたいになりたいんです」
二人の言葉に私は頬が熱くなる思いだった。
年下の二人は私のしたことを知っていてくれて、憧れて私のようになりたいと思ってくれている。それは兄としては何よりも嬉しいことなのではないだろうか。
「私もできることは手伝うよ。今年一年、頑張ってみない、お兄ちゃん」
「そうだね。再来年には僕もルンダール領を治めなければいけないからね」
研究課程をお兄ちゃんが卒業するまで二年間をきっている。卒業したらビョルンさんはしばらくは補佐として残ってくれるが、カミラ先生やカスパルさんやブレンダさんはオースルンド領に帰ってしまう。帰った後でもカミラ先生はときどき様子を見に来てくれるようだが、それでもルンダール領の当主としての責任は全てお兄ちゃんにかかってくるのだ。
「たくさん勉強させてもらいますので、相談に乗ってください、叔母上」
「いつでも、何でも聞いてきてください」
領地を見まわったり、税金を集めたり、領地の経営が上手くいって領民が潤っているか確かめたり、お兄ちゃんのする仕事はたくさんある。いきなりルンダール領全土を治めるよりも、元バックリーン家の領地を治めることで、領地を治めるということがどういうことかを学べればいい。
バックリーン家のお屋敷の建っていた場所に小さな家を建てて、お兄ちゃんはそこで仕事ができるように準備していった。
今年一年はそこに通って仕事をしたり、研究課程に通ったり、お兄ちゃんはますます忙しくなるだろう。
「私とファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんのいる部屋も作ってね」
「執務室に一緒にいられるようにするつもりだよ」
計画では子ども部屋と執務室を合わせたような部屋がその家には作られるらしい。
お茶畑の研究と領地経営。
これから忙しい一年になりそうだった。
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