10.バックリーン家の子息の末路
結論として、警備兵の確保はあっさりとしたものだった。
「ルンダール領の次期当主、オリヴェル・ルンダールだ。抵抗せずに手を頭の後ろで組んで跪け!」
宣言と共にお兄ちゃんが南瓜頭犬の示す部屋に押し入ると、ベッドで寝ていた男性は驚いて転げ落ち、下着姿のままで窓から逃げようとする。
「不幸になれー! なのです!」
そこにヨアキムくんの呪いが炸裂して、男性は窓枠から足を滑らせて部屋の中に倒れ込んで頭を打ってのたうち回っていた。素早く駆け寄ったお兄ちゃんが男性を取り押さえる。
「元ルンダール領の私兵だった男から買収されて、バックリーン家の事件をもみ消していたのはお前だな?」
「ひぃっ! 放せっ!」
魔術で抵抗しようとする男性に私は高い声で歌いだした。
始祖のドラゴンに『貴族と癒着せず、国民のためだけを思い、国民の利益のために働く』と仮初かもしれないが誓ったのだ。誓いを破った報いは必ず起こる。
私の神聖魔術の歌に男性は頭を抱えて呻き始めた。
「うぅ……頭が割れるようだ……その歌をやめてくれ」
「始祖のドラゴンへの誓いを破った神罰だ。やめて欲しければやったことを全て吐け」
魔術に警戒して一度は離れたが、動けなくなった男性をもう一度取り押さえてお兄ちゃんが尋問する。
「バックリーン家の子息の事件をもみ消した。認める。だから歌を止めてくれ!」
叫んだ男性の証言はしっかりと立体映像で録画した。
男性をルンダール領に連れ帰って、警備兵の詰め所に戻すと取り調べが始まった。
フレヤちゃんのお姉ちゃんの件だけでなく、平民の女性を襲った数件の事件をその警備兵は金を受け取ってもみ消したことを認めたそうだった。
「証拠が見つかった!」
「ブレンダさんに連絡を」
証拠の立体映像を持って私とお兄ちゃんとヨアキムくんとファンヌがお屋敷に帰ると、カミラ先生が私たちを待っていてくれた。
「ブレンダが首飾りを贈られたのです。それが、乱暴をされた貴族の令嬢から奪われたものだと判明しました」
婚約者への贈り物に過去に乱暴した相手から奪ったものを渡す。
なんて下衆な行いだろう。
頭が真っ白になる私にお兄ちゃんが私の肩を抱く。
「ブレンダ叔母上を迎えに行こう」
「そうだね。あんな場所に一秒でも長く置いていられない」
さすがにマンドラゴラや肉体強化で走って行くわけにはいかなかったので、警備兵にも手配をかけてもらって私たちは馬車でバックリーン家に向かった。
バックリーン家の門を潜ってから異様な空気に気付く。使用人さんたちが慌てている。
「ルンダール領当主代理のカミラと、次期当主のオリヴェル一行です。バックリーン家の悪事は暴かれました。抵抗をしても無駄です」
遠慮なく屋敷内を進んでいくとブレンダさんがリビングに佇んでいた。足元にはバックリーン家の家族と思われるひとたちが倒れている。ブレンダさんのハイヒールに踏まれているのは件の子息だろう。
気配を感じて背中を見ると私のボディバッグから出ようとしていた伝説の武器のまな板が、ファンヌが取り出そうとしていた伝説の武器の菜切り包丁と顔を見合わせているような雰囲気がする。
「必要ありませんでしたわ」
そっとファンヌが菜切り包丁をポシェットに仕舞うのと同時に、まな板も自ら必要ないことを悟ったのかボディバッグの中に入って行っていた。
「首飾りの映像を送った後でヴェールを取って、悪事は暴かれたと告げたら暴れて煩かったので全員結界の魔術で捕縛したわ。姉上、全員警備兵に引き渡しますね」
「ブレンダ……よくやったと言いたいところですが、やりすぎですよ」
「女性の敵を許しておくことはできないよ」
ぐりぐりとヒールで踏まれて、結界の魔術でぐるぐる巻きにされて芋虫のようにのたうっている子息は呻いていた。
「女たちは、みんな悦んでいたんだ。男に支配されるのが女の幸せなんだ」
「口も塞いでおけばよかったね」
「ぐえっ!」
ハイヒールの尖った爪先が子息の股間を蹴り上げても、誰も同情するものはいなかった。バックリーン家の子息は警備兵に引き渡されて、自分の子息の醜聞のもみ消しをしていた家族と共に王都に送られて裁判にかけられる。
バックリーン家の取り潰しが決まって、お茶の栽培をする領地をどの貴族が治めるかでこれから揉めるのだが、それはまだ先の話。
子息が捕らえられたことを私は翌日の幼年学校でフレヤちゃんに報告した。
「他にも襲っていたのをもみ消していたみたいなんだ。捕えられて家が取り潰しになると分かってから、被害者が名乗り出ているし、警備兵からも証言が得られてる」
「良かった……お姉ちゃんも少しは気が晴れるわ」
「フレヤちゃんのお姉ちゃんが勇気を出して話してくれたおかげだよ。ありがとう」
「こちらこそ、正しい裁きを与えてくれてありがとう」
フレヤちゃんと私は手を取り合ってバックリーン家に下された裁きに喜び合ったのだった。
それはそれとして、バックリーン家のことで私はお茶の栽培に興味を持っていた。
「緑茶と紅茶は同じものなの?」
「そうだよ。紅茶も緑茶も同じお茶の木から作られるんだよ」
「どうして味も色も飲み方も全く違うのかな?」
「大陸からの輸入に頼っていた時期に、船で輸送していたらその途中で茶葉が発酵して紅茶になったって言われてるよ」
今ではお茶の木をルンダール領にも植えてお茶の産地になっているが、かつてはこの国にはお茶はなかった。大陸からの輸入に全部頼っていた状態だったのだという。輸入する途中にお茶が船の中で発酵して紅茶になったのを飲んでみたら美味しかったので、それが広まったのだと言われていることをお兄ちゃんは教えてくれた。
「ルンダール領はお茶の栽培も盛んだったんだ……今回のバックリーン家のことで初めて知ったよ」
「バックリーン家の領地ではマンドラゴラじゃなくて茶畑が広がっているからね」
「ルンダール領には他にも特産品があるの?」
今回の事件はマンドラゴラばかりに目が行っていた私の視点を変えるいい機会にもなった。
「ルンダール領は国の食糧庫と言われているくらい、農作物がよく育つんだ。独立しても大丈夫だと思われているのは、食料自給率が100%を超えるからだよ」
「食料自給率?」
「その土地だけで食料を領地分作れるかっていう割合のこと」
マンドラゴラだけでなく野菜や小麦やお米を作っている農家もルンダール領には大量にある。地方によってはトウモロコシも作られている。ルンダール領の農作物は国の食料を支えていた。
「お茶畑のある領地を引き継ぐ貴族は慎重に選ばないといけないね」
「そのことなんだけどね……」
この国で唯一のお茶の生産地は利益が非常に多く入る場所でもあった。それだけに治める貴族には慎重にならなければいけない。
ルンダール領は広いのでルンダール家だけで治められるはずもなく、実質ルンダール家は分けられた領地を治める貴族たちの頂点に立って領地全体を治めている形になるのだが、バックリーン家のように金にものを言わせて他の貴族や平民を虐げる貴族もルンダール領にまだ残っている。
貴族の大選定が必要な時期が近付いてきていることは、お兄ちゃんも勘付いているはずだった。
できればお兄ちゃんが当主となる前にカミラ先生の力を借りてそれを終わらせておきたい。
「叔母上の話なんだけど、ボールク家ってイデオン、分かるかな?」
「えーっと、どこだっけ?」
貴族の中でも親しい間柄の相手は覚えているし、はっきりと敵と認識している相手も覚えているのだが、ボールク家と言われて私はすぐにはどの家か分からなかった。
少し言いにくそうにお兄ちゃんが頭を掻く。撫で付けている前髪が崩れてはらりと長い髪が額に落ちて来た。
「ドロテーア・ボールク、なら、分かるかな?」
「え!?」
その名前は知っている。
ドロテーア、忘れもしない、私の母親の名前だ。
「ボリスさんがイデオンとファンヌを返せって言って来たときにも跳ねのけたんだけど、ボールク家が最近、イデオンとファンヌのことでお話があるって意味深なんだよね」
「私はお話はないよ!」
「うん、ファンヌもそうだろうけど、ボリスさんのことがあるからね」
私の父親でお兄ちゃんを虐げてアンネリ様を母親と共に毒殺したケント・ベルマンの父親であるお祖父様は、最初は警戒していたけれど良いひとだった。そういう前例があるからこそ、ボールク家の申し出を邪険にできずにいるのだとお兄ちゃんは言っている。
「私はルンダール家から出て行くつもりはないよ」
「僕もイデオンを手放すつもりはないよ」
「会わないし、私からのお話もない!」
「ファンヌもそうかな?」
「ファンヌはきっと、誰だか分からないよ」
強く言ってしまうとお兄ちゃんは困った顔をしている。
ボールク家がどんな家なのか、私には全く分からない。お祖父様の話では魔力の高い娘、ドロテーアと息子のケントが魔術学校で出会って付き合って、結婚をお互いの両親に大反対されていたことくらいしか分からない。
ボールク家のひとたちと会わなくてはいけなくなるのだろうか。胸の中に重たく霧がかかったような気分だった。
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