9.汚職に手を染めた警備兵
「女性に暴力を強いてのさばっているバックリーン家の坊ちゃんのブツをもいでくればいいの?」
「ブレンダ! イデオンくんの前ですよ! そうしたいのはやまやまですが、落ち着きなさい」
ブレンダさんは良い笑顔でスヴァルド領の令嬢の身代わりを引き受けてくれたのだが、言う言葉の恐ろしさに私も股間がひゅんっと引っ込むような感覚に襲われた。オースルンド領の「魔女」カミラ先生の妹のブレンダさんだ。宣言すれば本当にやりかねない。
「ブレンダさんがバックリーン家のお屋敷で証拠を掴んでいる間に、私たちは警備兵の後を追いますから」
「どちらが先に証拠を掴めるか競争ね」
ヴェールを被って顔を隠したブレンダさんは小柄と言うほど背は低くなかったが、清楚で美しい若い女性に見えた。スヴァルド領の令嬢がブレンダさんの手を取る。
「わたくしのせいで申し訳ありません……ご無事を祈っております」
「任せておいて。私の方が年上だし、魔力も高いし、油断しなければ危ないのはあっちの方ですわ」
確かに通常ならばブレンダさんが乗り込むとなれば相手の方に逃げて欲しいと願ってしまうくらい、ブレンダさんは魔術にも優れ、勇気があった。
「何もされていないのに相手を殴ってはいけませんよ?」
「金的をするのは?」
「ダメに決まってます。ただし、不埒なことをしようとしたなら、存分におやりなさい」
姉として心配なのだろう、カミラ先生はブレンダさんによく言い聞かせていた。どちらかというと被害者にはバックリーン家の子息の方がなりそうな気配だったが。
それにしても分からないことがあって、私はそっとお兄ちゃんに聞いてみる。
「お兄ちゃん、きんてきってなに?」
「えーっと、男性が蹴られると痛い股間を蹴り上げること、かな」
「ひぇ!?」
想像しただけで痛くて私は股間を押さえてしまった。これはついている男性にしか分からない。
「……カミラ先生のお腹に赤ちゃんが入っていて、カミラ先生の脚の間から赤ちゃんは生まれたよね? 女性のお腹と脚の間ってすごく大事な場所じゃないの?」
「お腹と脚の間に限らず、人間のどの部位も大事な場所だけど、特にお腹は内臓が入っているから大事だね。頭は脳が入っているから大事だし」
フレヤちゃんが蹴られたかもしれないと思った瞬間、頭が真っ白になったのは、女の子のお腹という大事な場所をアッペルマン家の主人が蹴ろうとしていたからだった。カミラ先生の出産に立ち会わせてもらってから、女性の体がどれだけ大事なものか、私は実感を持って考えることができていた。
乱暴をされた女性たちはどれだけ恐ろしく、痛い思いをしたのだろう。想像するだけで許せない。
展示即売会が無事に終わってセシーリア殿下にお礼を言ってルンダール領に帰ってから、私はお兄ちゃんにお願いしていた。
「警備兵の詰め所に入れないかな?」
ルンダール領でも領主の屋敷の近くに警備兵の詰め所はある。ルンダール領は広いので各地に詰め所はあるのだが、汚職に手を染めた警備兵はルンダール家の近くの詰め所から出勤していたというのだ。
警備兵には当然寮もある。
「叔母上、イデオンと一緒に行ってきても良いですか?」
「危険かもしれないので、ファンヌちゃんとヨアキムくんも一緒に」
「分かりました」
オースルンド領の子ども服の宣伝のために可愛い服を着せられていた二人は、部屋で着替えていた。
危険だからと言って9歳と8歳の子どもを連れて行くのは不自然かもしれないが、ファンヌは肉体強化の魔術が得意で、ヨアキムくんも呪いの魔術が使えて、見た目では油断されるので味方にするには心強い二人だった。
「警備兵の詰め所に行くんだけど、二人ともついてきてくれない?」
隣り同士の部屋だが窓があるので声は聞こえているはずだ。ヨアキムくんの部屋から呼びかけると、ファンヌからも返事がある。
「すぐ行きますわー! わたくしの包丁がうなりましてよ!」
「包丁はやめてね」
「僕の呪いがうなります!」
「ヨアキムくんの呪いは使わせてもらうかも」
着替えたファンヌとヨアキムくんと詰め所に行くと、警備兵の仲間は代わりに私たちに謝ってくれた。
「あんな奴がいるから、警備兵の名が落ちるんだ。本当に申し訳ありません」
「二度とこのようなことが起きないようにいたします」
両親を断罪したときも、ニリアン家の一族に狙われたときも、誘拐されたときも警備兵はいつも私たちを助けてくれた。
「汚職に手を染めるのは一部だと分かっています。例の人物の寮に連れて行ってもらえますか?」
お兄ちゃんの申し出にすぐに私たちは警備兵の寮に案内された。詰所から青々と茂る木々が両脇に植えられた道を通って裏庭を通ると、警備兵の寮に辿り着く。
鍵を開けてもらって、私がボディバッグから出したのは、南瓜頭犬と大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラだった。大慌てで出て行ったのだろう部屋は泥棒でも入ったかのように荒れていて、とても汚い。汚い室内を南瓜頭犬が嗅いで調べて行く。
「匂いを覚えた?」
「びゃわん!」
「よし、探して!」
魔術を使える警備兵だったようだから徒歩では追いかけられないと分かっていた。
これからどうするかも私は決めていたのだ。
「ドラゴンさん、来てください!」
祈ると大きな影が上空を過って寮の前の裏庭に窮屈そうにドラゴンが降り立つ。降り立ったドラゴンに私とファンヌはよじ登った。
「お兄ちゃん、見つけたらすぐに連絡をするから、ヨアキムくんと来てね!」
「分かったよ。ファンヌ、イデオンのことを守ってね!」
「任せるのよ! ドラゴンさん、行っちゃって!」
南瓜頭犬の導きでドラゴンは飛んでいく。
『我を乗り物のように気軽に使うのは、そなたたちくらいだぞ』
「今はわたくしたちのドラゴンさんですもの。役に立ってもらわないと」
不平を言うドラゴンさんにファンヌは堂々としたものだった。
しばらく飛んでいると必死にドラゴンさんの鬣にしがみ付く私とドラゴンさんの間に挟まれていた南瓜頭犬と大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラが騒ぎ出した。
「ここは、どこですか?」
『王都の外れであるな』
「降りてください!」
南瓜頭犬はここに逃げた警備兵の気配を感じている。上空から巨大なドラゴンが降りて来ると近くにある町からばらばらとひとが出て来た。王都に向かう道の途中の宿場町のようだ。
魔術具を握って私はお兄ちゃんに通信で連絡を取った。
「お兄ちゃん、見つかりそうだよ」
『分かった、すぐに行くから、そこで待ってて』
危険なことがないようにお兄ちゃんが来てから私たちは動くことにして、菜切り包丁を取り出して町に突撃をしようとするファンヌの手を掴んで止めておいた。
「わたくし、一人でも倒せますのに!」
「血生臭いことはやめてね?」
「いけませんの!?」
喋り方は以前よりも淑女になった気がするが、ファンヌの喧嘩っ早さは変わっていない。包丁で何でも解決してしまうと、魔物相手ならば良いのだが人間相手だと可愛い私の妹の手を汚してしまうことになる。
「ファンヌ、私はファンヌのことがものすごく大事で可愛いよ」
「知ってます」
「そんなファンヌだから、ひとを殺したりさせたくないんだ。包丁の使い方はよく考えて」
「……分かりました」
真剣に薄茶色の目を覗き込んで伝えると、ファンヌは菜切り包丁をウサギのポシェットに片付けてくれた。その代わり薬草を叩くための棒を出しているから油断はならない。
「イデオン、お待たせ。指標が近くになくて、遅くなっちゃった」
「お兄ちゃん、あの町にいるって南瓜頭犬が言ってる」
「びょわん!」
お兄ちゃんとヨアキムくんの到着を確認して南瓜頭犬は蕪マンドラゴラと大根マンドラゴラを乗せて歩き出した。
宿場町の周囲は魔物に襲われないように塀と結界で守られており、中は宿場に働くひとたちと旅人とでごった返していた。
狭い町なので探すのに時間はかからなかった。
「びょわん! びょわん!」
一つの宿の前で南瓜頭犬が吠えて立ち止まる。
お兄ちゃんとファンヌとヨアキムくんと顔を見合わせて、私たちは南瓜頭犬とそれに跨る大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラを先頭に、用心深く宿の中に入って行った。
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