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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
八章 幼年学校で勉強します! (六年生編)
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8.王都での展示即売会

 オースルンド領のお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様からリーサさんに正式に依頼が来たのは王都での展示即売会が決まってすぐだった。


『結婚式の衣装をもう一度あの場所で着てくれませんか?』

『あの衣装はオースルンドでも貴重な絹織物で作られたものなんです』


 美しいリーサさんのウエディングドレスとカスパルさんのタキシード。純白のそれは絹という素材で作られたもののようだった。


「お兄ちゃん、絹ってなに?」

(かいこ)っていう蛾の一種が出す糸から紡いだ布だよ。養蚕(ようさん)といって蚕をそだてる職業があって、そこで育てられた蚕の糸を使うんだ」

「セシーリア殿下のショールは絹だったんだ」


 通りで触ったことのないような軽くて柔らかくて暖かい素材だと思った。初めて私は8歳のとき、セシーリア殿下に出会って絹に触れたことになる。ルンダール領が貧しくはなくなったとはいえ、絹織物は希少で高価だ。領主と言えども軽々しく手にできるものではなかった。

 希少で高価な絹をふんだんに使ったリーサさんのウエディングドレスは光沢があってすごく美しかった。絹を惜しげもなく使うくらいオースルンドのお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様がリーサさんを歓迎していたことが今更ながらに分かった。


「結婚式のドレスはオースルンドの絹織物で。それが花嫁の夢なのです」

「それだったら、スヴァルド領の一家に話しかけるきっかけができますね」

「イデオンくんはそれに気付いて計画を立てたのだと思っていました」


 カミラ先生に言われたけれど、それは買い被りだった。私はよく知らないけれど王都に四つの領地の領主一家を呼ぶ方法として展示即売会を考えただけで、オースルンドの純白の絹織物がウエディングドレスの素材として花嫁の憧れだなんて全く知らなかったのだ。


「つい、イデオンくんは賢いから分かっているものと考えてしまいますね」

「私にも知らないことはたくさんあります。まだ11歳ですし」


 次の誕生日が来れば私もお兄ちゃんと出会った年になるのだが、身体は依然として小さいし顔立ちも鏡を見るとファンヌに似ていて可愛らしくて落ち込んでしまう。


「お祖父様、お祖母様、わたくしたちの服も作ってくださるの?」

『もちろんですよ。オースルンドの織物で可愛く着飾ってくれますか?』

「喜んで!」


 見本のドレスやスーツを着るのにファンヌとヨアキムくんも依頼されていた。ヨアキムくんはカミラ先生の養子になったのでオースルンドの領主の孫として、ファンヌはその婚約者として、子ども用の服の宣伝をするようだった。


「可愛いファンヌとヨアキムくんを見せびらかせるのは嬉しいな」

「うちのファンヌとヨアキムくんは世界一可愛いからね」


 この点に関してはお兄ちゃんと私は同意見だった。カミラ先生もビョルンさんも同じである。

 私たちはマンドラゴラを連れて行くとして、収穫したマンドラゴラの畝に新しく種を植えていた。芽が出ればビョルンさんの開発した『マッチョナール』で急速に成長させることができる。

 収穫したマンドラゴラたちは一匹ずつ丁寧に水で洗った。まだ井戸からくみ上げた水道の水は冷たく、春先の寒さを感じる季節だった。

 フレヤちゃんの家や、募った農家から売るためのマンドラゴラをかなり仕入れてから、私たちは王都での展示即売会に臨んだ。

 招かれているのは王家の一族と、ノルドヴァル領の領主の一族、スヴァルド領の領主の一族、オースルンド領の領主の一族、そして私たちルンダール領の領主の一族だった。

 国王陛下とセシーリア殿下に挨拶してから、展示即売会が始まる。セシーリア殿下の傍にはランナルくんが控えていた。前は暗い顔で俯いていたが、今は凛と顔を上げている。

 スイカ猫の件以来ランナルくんの中でも心境の変化があったのだろう。

 ノルドヴァル領の展示場所では目が眩むような宝石が展示されていた。鮮やかに煌めくそれをスヴァルド領の領主一族が見つめている。


「結婚式に一つくらい」

「あの子にも良いものを持たせてあげたいものだ」


 中心にいるのはセピア色の髪の小柄な若い女性で、目を伏せて恥じらっているようだった。

 スヴァルド領の展示場所にはシードルやワイン、果実酒や果実のお茶などが売られていた。


「ルンダール領から仕入れたお茶をスヴァルド領でフルーツと合わせてフレーバーティーにしているんですよ」


 繋がりが見えた。

 バックリーン家は紅茶を栽培している領地だ。そこから紅茶を仕入れているスヴァルド領はバックリーン家と親交を持って、それでスヴァルド領の領主の一族の令嬢が嫁ぐことになったのだろう。


「オースルンドの花嫁衣裳を見て行かれませんか? 私たちの自慢の息子と花嫁です」


 オースルンド領のお兄ちゃんのお祖父様の呼びかけにセピア色の髪の女性がリーサさんに近付いてウエディングドレスをよく見ている。ほぅっとため息を吐く薔薇色の頬の彼女は、恋をする乙女のようだった。

 これから乙女の夢をぶち壊さなければいけない。

 ビョルンさんとブレンダさんにルンダール領の展示場所は任せて、私はスヴァルド領の一族に近付いて行った。カミラ先生とお兄ちゃんも一緒だ。オースルンド領の展示場所ではファンヌとヨアキムくんが手を取り合って踊りながら服を見せている。


「大事なお話があります」

「ルンダール領のカミラ様ではありませんか。どうなさいましたか? ルンダール領の石鹸はわたくしたちも使わせていただいております」

「御贔屓にしていただいてありがとうございます。その件ではないのです。実は娘さんが結婚する予定のバックリーン家の子息のお話を」


 話し出そうとするとセシーリア殿下がそっと私たちを別室に案内してくれた。そこには警備兵の上層部の人間も同席していた。


「バックリーン家の子息は二年前に数度、貴族の女性を狙った暴行事件を繰り返し、ルンダール領の領主に報告が上がってきています」

「そんな……まさか。わたくしたちは何も聞かされていませんよ」

「莫大な慰謝料を払って口封じをしたようなのです。貴族の女性の中には結婚が決まっているものもいて、公にしたがらなかったというのもあります」


 先ほどまで結婚を夢見る薔薇色だった令嬢の頬から血の気が失せて顔色が青ざめて来るのが分かる。自分の夫となるはずの人物が女性を暴行したケダモノだったと知ればそうもなるだろう。


「ルンダール領では何も処罰をしなかったのですか?」

「謹慎を言い渡していました。ですが、一年前にも平民の女性を狙ったようで、それは未遂に済みましたが、警備兵と通じていてもみ消しを図ったようです」


 罪を犯しただけでなくもみ消しまでさせたとなると、重大な事件になってくる。そこからはセシーリア殿下が話を繋げた。


「王都の警備兵の上層部で調べたところ、バックリーン家の子息の知り合いで同じく犯行に及んだものの中にルンダール領の私兵だったものが混じっていて、そのものを通じて金を受け取っていた警備兵がいたようです」

「その警備兵はどうなったのですか!?」

「今、手配していますが、汚職が発覚したことに気付いてルンダール領から逃げ出した模様です」


 その警備兵の証言があればバックリーン家の罪を暴けるのだが、今の段階では和解したり、公にされたくなかったりで、証言できる相手がいない。


「そんなところに娘を嫁にやるわけにはいきません……ですが、決定的な証拠がないとは……」

「貴族の女性の中には装飾品をはぎ取られたものもいます。そういう証拠が出てくれば良いのですが……」

「娘を囮になどさせませんよ?」


 屋敷に入り込んでしまうことができれば証拠探しも無理ではないだろうが、青ざめているセピア色の髪の令嬢にそれができるとは到底思えない。

 ちなみに、カミラ先生の髪の色は黒で、お兄ちゃんも黒、光の加減ではセピア色と見間違えなくもない。


「ヴェールで髪をほとんど見えないようにしてしまえば」

「イデオン様、何を考えておられますか?」

「花嫁を入れ替えるんです」


 一番に浮かんだのはブレンダさんだった。未婚で化粧などによっては非常に若く見せることは可能だろうし、ヴェールで髪や顔をほとんど隠せば、身代わりができなくもない。


「ブレンダに……そうですね、ブレンダならばやり遂げそうです」


 幸い、表舞台に立って目立っているのはカミラ先生とビョルンさんばかりだし、バックリーン家はルンダール家に反発してパーティーに出席しなかったり、出席してもサンドバリ家やベルマン家に囲まれるルンダール家に近寄れなくて端の方で陰口を叩いている。


「ブレンダ様……オースルンド領のブレンダ様が、わたくしの身代わりになってくださるのですか? 危険はありませんか?」


 どこまでも善良なのだろう、ショックを受けているにも関わらず、スヴァルド領の令嬢はブレンダさんを心配してくれていた。


「ブレンダは大丈夫です」


 カミラ先生の妹で使役の魔術と結界の魔術が得意なブレンダさんだ。いざとなれば結界の魔術で相手を拘束して逃げてくることができる。

 ブレンダさんの了承のないままに話は進んでいたが、会場に戻って説明すればブレンダさんは二つ返事で協力してくれたのだった。

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