28.マンドラゴラの急成長
出来上がった栄養剤を小さな瓶に入れて分けて、その一本をカミラ先生はファンヌにくれた。いそいそとファンヌが人参マンドラゴラに渡すと、器用に蓋を取って、飲み始める。
飲んでいくうちに人参の色つやが良くなって、頭の葉っぱも青々と茂って来た。飲み終わって瓶をファンヌに返し、元気になった人参マンドラゴラは、一人でファンヌの足元で踊っていた。
「にんじんたん、げんきになったの! カミラてんてー、あいがちょ!」
「ファンヌちゃんが頑張ったからですよ。それでは、畑のマンドラゴラにもあげてみましょうか」
薬草畑の一番奥の畝には、マンドラゴラが植えてある。まだ葉っぱも小さなそれに、ファンヌと私で手分けして、畝の逆の端から、計量スプーンを持って、測りながら、マンドラゴラ一匹一匹に栄養剤を与えて行った。
小さな手では震えてしまうのか、零しそうになるファンヌには、カミラ先生が助けに入る。
真ん中で私とファンヌが並んで最後のマンドラゴラに栄養剤をあげてしばらくすると、畑が騒がしくなってきた。
「びぎゃ!」
「びょえ!」
「ぎょぎょ!」
驚いたことに、むちむちと育ったマンドラゴラが、自ら土の中から出てきたのだ。私の脳裏に広がったのは、逃げ回るマンドラゴラと、防御の魔術をかけてもらっていてもびりびりと鼓膜に響いた『死の絶叫』だった。
マンドラゴラが逃げてしまうかもしれない。捕まえようとしたら、『死の絶叫』を上げるかもしれない。
身構えた私の周りにマンドラゴラが集まって来る。
「か、カミラせんせい」
「やっぱり、イデオンくんはマンドラゴラに好かれるようですよ」
私の周囲をぐるぐると回りながら踊りだすマンドラゴラは、逃げる様子がない。試しに一匹捕まえてみても、特に嫌がらず、セクシーなポーズを取って誇らしげな顔をしている。
「にぃたまのまんどあごあ!」
「え? カミラせんせいのたねだよ」
「イデオンくんとファンヌちゃんが頑張って育てたマンドラゴラです」
「おにいちゃんのために、うりますか?」
魔術学校で成績優秀者として授業料も免除されているし、オースルンド領の次期領主の甥として何不自由なく暮らしているお兄ちゃんに、仕送りをする必要は、もうなくなっていた。それでも、私がマンドラゴラを見て一番に浮かんだのは、お兄ちゃんのことだった。
お兄ちゃんと育てたマンドラゴラは売ってしまった。あのときには仕方がなかったとはいえ、手放すのはつらかった。
「イデオンくんのマンドラゴラです。あなたの友達になり、心強い協力者になってくれるでしょう」
「マンドラゴラを、かうってことですか」
「数が多いので、全部を部屋に連れて行くことはできませんが」
カミラ先生の言葉が通じたのか、マンドラゴラが集まって話し合いを始めた。私には「びょえ」とか「ぎゃぎゃ」とか意味の分からない奇妙な声にしか聞こえないのだが、マンドラゴラはマンドラゴラ同士で話ができるようだった。
話し合いが終わって、ほとんどのマンドラゴラは畑の土の中に潜って行って、残ったのは大根マンドラゴラが一匹、蕪マンドラゴラが一匹、ゴボウマンドラゴラが一匹の合計三匹だった。
誇らしげに私の後に付いてくるマンドラゴラを、まず洗うことから始めなければいけない。泥だらけでは、部屋の中には入れられない。
マンドラゴラを一匹ずつ呼んで洗ったが、ゴボウマンドラゴラは洗うのがとても大変だった。それでも鞭のようにしなる腕で、抵抗することもなく、大人しく体をごしごしと洗われるのに耐えてくれる。
洗い終えて、部屋に戻って、朝ご飯を食べ終わったら、両親が部屋にやってきた。もう私たちのことは完全に興味がないのかと思っていただけに、来たことに嫌悪感は隠せない。
「新しい家庭教師はちゃんと勉強を教えているのか?」
「魔術も教えると言っていましたが、成果を見せてもらいましょうかね」
呼ばれて部屋にやって来たカミラ先生と、ベッドの陰に隠れるマンドラゴラ。まだ私たちの企みを両親に知られてはいけない。そのためには、カミラ先生を辞めさせられないように、両親に信用させることが必要だった。
ファンヌと顔を見合わせて、私は頷き合う。
「じがかけるようになりました」
「ちょっちゅらけ、じ、かけまつ」
クレヨンで紙に自分の名前や、果物や動物の名称を書いていくと、両親はそれを見てくれた。ファンヌのお絵描きの下に書いた文字に関しては、「みみずがのたくっているよう」と馬鹿にされる。
口を尖らせて不満を表すファンヌは、ネックレスを外してポケットに入れて、ぽてぽてと私たちが勉強や食事で使っている椅子に近付いて、「ふんぬっ!」とそれを持ち上げた。
「ファンヌ様は、肉体強化の魔術に優れております」
すかさずカミラ先生が説明してくれるが、両親の表情は明るくなかった。
「女が当主になるなんて、できるわけないわ」
「魔術を教えられるのも、勉強を教えられるのも分かった。今度は、イデオンに魔術を教えるように」
偉そうに言い捨てて部屋を出て行く両親に、ファンヌが「べー!」と舌を出す。私も同じ気持ちだったが、お行儀が悪いので舌を出すのは我慢した。
「おんなだからって……アンネリさまもじょせいのとうしゅだったのに」
まだ私が産まれる前に亡くなってしまったのでよくは知らないが、アンネリ様は女性の当主で領地を薬草栽培で豊かにしていた。それを全否定する両親は、何か疚しいことがあるのだろうか。
「女性だから、男性の助けが必要だろうと、周囲に言われ続けて、兄上の死後すぐにアンネリ様はあんな男と無理やりに再婚させられたのです」
「カミラせんせい……」
「ごめんなさい、ファンヌちゃんとイデオンくんのお父上をあんな男と言ってしまって」
「いーえ、あんなやちゅ、あんなおとこでいーでつ!」
ほっぺたを膨らませて怒っているファンヌを、カミラ先生は優しく抱き上げる。
「肉体強化の魔術を上手に使えましたね」
ポケットからネックレスを取り出して、優しくそれを着けてもらったファンヌは、カミラ先生に褒められてやっと機嫌を直したようだった。
女性の当主として、アンネリ様は苦労されていたのだろうか。
「土は裏切らない」とアンネリ様はお兄ちゃんに話していたが、周囲には裏切られてばかりだったのかもしれない。
お兄ちゃんの父親のレイフ様の死後、私の父親と結婚させられた孤独なアンネリ様。
「わたしは、ちちうえを、ゆるせません」
ずっと思っていたことだが、口にするとカミラ先生も真剣な顔つきになる。
「あの二人の罪が発覚した後でも、私もオリヴェルも、イデオンくんとファンヌちゃんを守るつもりです」
「りょうしんがいなくなったあとで、おにいちゃんがもどってきても、すぐにはとうしゅになれませんよね?」
「周囲からは各領地は互いに不干渉と言われるでしょうが、この件を解決すれば、私がオリヴェルの後ろ盾となって、オリヴェルが成人するまでの期間と約して、ルンダール領に残れるように掛け合ってみます」
お兄ちゃんが戻ってきても、あの嫌味な親戚の誰かがまた当主の後ろ盾と称してルンダール領を支配するのならば、私の父親と同じ、もしくは、もっと酷いことになるかもしれない。そのことを危惧する私に、カミラ先生は心強い言葉をくれた。
両親を追い出した後でも、カミラ先生がルンダール領にいてくれるのならば、お兄ちゃんも、私もファンヌも安心だ。
「死人草の結果がどう出るかですが……」
あれからもうすぐ二週間。
墓地に行く日が近付いていた。
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