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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
八章 幼年学校で勉強します! (六年生編)
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6.立派な当主になるために

 警備兵の管轄は国であり、各領地ではない。

 国が管理する警備兵だが各領地に派遣されるとその情報は領主や貴族たちに流してくれる。貴族からの被害の届け出が警備兵に提出されて、それを貴族からの賄賂や申し出で警備兵が握り潰すというのは、あまり考えられないことだった。

 フレヤちゃんのご両親やお姉ちゃんは警備兵に届け出たとはっきり言っていた。

 ルンダール領にも私兵はいるが、それは警備兵の指示によって従うものであって、立場としては警備兵の方が上だ。国から派遣された警備兵の学校を卒業したエリートだけが警備兵となれる。

 バックリーン家と警備兵の繋がりを調べるのが一番最初の課題だった。


「警備兵の学校には魔術の才能のあるものか、武術が優れたものしか入れません」

「魔術の才能があるものだったら貴族も入れますよね」

「家督を継げない貴族の子どもが入ることはよくあります」


 カミラ先生に説明を受けて、質問の答えを得て、私はバックリーン家の子息が悪い仲間を集めて複数でか弱い女性を襲ったということを思い出していた。悪い仲間の中に警備兵と繋がりがあるものがいたのではないだろうか。

 資料を出してもらうと、ルンダール領の私兵だったが事件が発覚して辞めさせられた仲間がいることが分かった。


「ルンダール領の私兵だったならば、警備兵の下につきますよね」

「その関係で警備兵に便宜を図ってもらったというのですか……考えられないわけではありませんね」


 警備兵の中でも金にがめつく、金のためならば国に誓った忠誠を破るものもいなくはない。そういうものが現れるたびに、国では厳しく取り締まるのだが、それがなくなることは決してない。

 ひとは誘惑やお金に弱いものなのだ。


「警備兵には私たちも手が出せないところがありますからね」


 国の管轄である警備兵は領主や貴族と地位を完全に別にしている。互いに癒着しないように警備兵の学校に入る時点でどの貴族の子どもであろうともその家とは縁を切ると宣誓するのだ。


「そうだ、宣誓! 警備兵には宣誓があるではないですか」


 この世界の大地も海も全ての生き物も始祖のドラゴンを通じて繋がっている。始祖のドラゴンに誓ったことを破れば、世界の理から外れてしまう。いわゆる神罰が下るということだ。

 具体的にどのようなことが起きるのかは分からないのだが、ひととして生きていくことができないような体になってしまう場合もあるらしい。

 それだけ始祖のドラゴンに対する宣誓というのは強力で、激しいものだった。


「その宣誓なのですが、かつては儀式を伴ってきっちりと取り行われていたのですが、今では形だけになっているようです」

「『貴族と癒着せず、国民のためだけを思い、国民の利益のために働く』という、警備兵の宣誓は、形だけのものなのですか?」

「神聖魔術を使えるものが少なくなってきていて、宣誓の儀式自体が正しく行えない状態なのですよ」


 魔術師と人間が混血を始めてから、極めて少なかった魔術師の数は多くなったが、魔力は人間の血が混じって低くなった。特に神聖魔術など特殊な魔術を使う魔術師は力も弱くなってしまったのだ。

 そのうちに人間に飲まれて魔術師の血が消えてしまう。

 それを憂いて魔術師の血を貴族に集めた結果がこの国の今の状況に繋がっている。平民はほとんど魔術を使えるものが生まれず、貴族だけが魔術師としてのさばっている。


「警備兵とバックリーン家との繋がりを調べなければいけませんね」


 それはそれとして、とカミラ先生は話題を変えた。


「魔術学校に高等教育の教師の専門課程ができて三年が経ちました。卒業した教師たちが今年から働き始めます」

「高等学校が開設されるということですか?」

「春から開設予定でしたが、教師たちの研修が間に合わなくて、少し遅くはなりましたが、初夏から開設されることになりましたので、イデオンくんとオリヴェルに報告しておきますね」


 幼年学校を卒業したら魔術の才能がない子どもはそのまま働きに出るか、工房で技術を学びながら働くかしか選択肢がなかったのだが、今年からは幼年学校を卒業した子どもが師匠の元で専門の技術を学べる高等学校が出来上がった。

 12歳から働くのはあまりにも早いと思っていたので、高等学校の開設は私たちの願いでもあった。それでも教師不足で施設は作れても師匠を探すことができない状況だったが、今年からは魔術学校で学んだ教師たちが高等学校の教職に就く。


「高等学校でも教師の専門課程があるので、これから教師は増えていくと思います。遅れての開始なので、年が上の子たちも入って来やすいでしょう」


 魔術学校も働いてお金を貯めてから入学する生徒がいるように、高等学校も年が上になっていても教育を受けたいひとたちを受け入れる姿勢だとカミラ先生は示してくれる。


「奨学金の制度はどうなっていますか?」

「もちろん、成績優秀者は無料になっていますよ」


 ルンダール領で私たちが進めたかった教育制度が一つ出来上がっていくことに、私もお兄ちゃんも喜びを感じていた。


「叔母上が全てのお膳立てをして、僕が当主になるようで申し訳ないのですが、少しでも早い方が領民にとっては助かることなので、本当に嬉しいです。叔母上、ありがとうございます」

「私は当主代理なのですよ。やって当然のことをしたまでです」


 オースルンド領からカミラ先生が来てくれて当主代理として立派に仕事をしてくれなければ高等学校は出来上がらなかった。

 嬉しさに感動していると、カミラ先生が話を戻す。


「警備兵の件、王都の警備兵の上層部に問い合わせてみた方が良さそうですね」


 各領地に派遣されている警備兵も王都で全て管理されている。各領地に派遣される警備兵の上司にあたる上級警備兵から不正がなかったかを取り調べてもらおうとカミラ先生は考えているのだ。


「お願いします」

「その間にバックリーン家の子息が結婚してしまったら……」

「お兄ちゃん……」

「バックリーン家の子息の結婚を止めなければいけない気がします。このままでは、奥方になる相手も不幸になるだけでしょう?」


 いつになく真剣なお兄ちゃんの横顔に私は驚いてしまった。


「女性に乱暴を働く輩が野放しになっていたことも僕は知らなかった……。僕が継ぐべき領地なのに、イデオンの大事な幼馴染の姉君が苦しんでいたのを僕は一年も見逃していたのです」

「オリヴェル」

「年齢的には僕は当主となっていい年です。叔母上に甘えて研究課程に行かせてもらっているけれど、僕が当主となった暁に、ルンダール領は女性が安全に暮らせる領地であって欲しいのです」


 お兄ちゃんは幼い頃にお母様のアンネリ様を亡くしている。アンネリ様は望まない相手と再婚させられたし、女性当主だから頼りにならないとか、女性の扱いがルンダール領が酷かったことは否めない。

 そのことがお兄ちゃんを突き動かしているのかもしれない。


「女性の地位向上と安全を今後のルンダール領の課題にしていきたいのです。叔母上が当主代理となったことは、ルンダール領にとって大きな飛躍とも言えます。僕が当主になって、女じゃなくて良かったと言われるようにならないようにしたいのです」


 カミラ先生がルンダール領の当主代理をしてくれる期間は残り二年を切っていた。それだけお兄ちゃんは自分が当主になったときのことを考えるようになったのだろう。


「オリヴェル、立派な志です。叔母として協力しましょう」

「叔母上、どうか、僕を導いてください」


 お兄ちゃんとカミラ先生が手を取り合っている様子に私は涙が出そうになった。初めて会ったときに12歳だったお兄ちゃんは成人してこんなにも立派になっている。


「お兄ちゃん、私もできることは何でもする!」

「心強いよ、イデオン」


 お兄ちゃんの手に手を重ねた私の小さな手を、お兄ちゃんはぎゅっと握ってくれた。握られた手は熱くて少し湿っていた。

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