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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
八章 幼年学校で勉強します! (六年生編)
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3.アッペルマン家の内情

 ルンダール家からの依頼でフレヤちゃんがアッペルマン家に潜入する間幼年学校を休むことについては、カミラ先生直々に幼年学校に出向いて校長先生と六年生の担任のクラース先生に話を通しておいた。


「ルンダール領の雇用形態を守るために証拠を掴みに行ってもらっています。期間は三日から一週間程でしょう。ルンダール家からの正式な依頼です」

「カミラ様が来られてからルンダール領は良い方に変わりました。平民はそれを実感しているのに、貴族の中にはカミラ様をよく思わない一派がいて、定めた法律も守ろうとしないことは知っております」

「フレヤちゃんが戻って来たときに授業についてこられるようにサポートしましょう」


 校長先生もクラース先生もカミラ先生に協力的だった。

 アッペルマン家に雇われたフレヤちゃんは人気のないところで通信具で通信してくる。食べ物に虫や鼠を混入させられる可能性があったために、腰に目立たない薄いウエストポーチを付けさせて、魔術で拡張した中に、食べ物や飲み物、着替えなど思い付く限りのものは入れて持たせていた。


『朝から絶句したわ。この家、新人は洗面所を使っちゃいけないのよ?』


 顔を洗うことも、歯を磨くことも許されない。お手洗いにも行かせてもらえない。どうしても顔を洗って歯を磨いてお手洗いに行きたければ、庭の水道と汚いお手洗いを使うしかないようになっているというのだ。

 慌ただしい朝から庭で身支度をしなければいけないなんて、フレヤちゃんは困ったのではないだろうか。


「大丈夫だった?」

『ウエストポーチの水で顔を洗って歯磨きしたわ。お手洗いは誰も見てないときに行ったし』


 逞しい。

 私ならばその時点で嫌になってしまいそうなのにフレヤちゃんは逞しく自分のできる範囲で解決していた。通信はそのまま録画されて証言ともなる。


『子どもたちと遊ぶように言われたけど、普通に殴ったり蹴ったりしてくるのよ。避けたけど』

「避けられたんだ」

『その後で、子どもたちが私が苛めたって嘘泣きして、年上の使用人から殴られたわ』


 立体映像で見るフレヤちゃんの頬は赤いような気がしていた。

 あまりのことに慌てる私にフレヤちゃんは落ち着いている。


「今すぐその証拠を持って戻ってきて!」

『平気よ。カリータさんのところで魔物に近付き過ぎて尻尾で叩かれたのに比べたら、屁でもないわ』


 強い。

 こういう事態になって私はフレヤちゃんの逞しさと強さを改めて実感したのだった。

 送られて来た初日の映像を纏めて見て行くが、大の大人の使用人がまだ子どもの年齢を出ていない使用人を殴る場面が映っていたり、虫の入ったシチューの映像があったりして、見ているだけで気分が悪くなってしまった。


『週に一度の休みの話をしたら、年上の使用人から目を付けられたみたい。生意気だって』

「そんな。自分たちだって休みたいはずなのに」

『休めないのに私が堂々と意見するから癪に障るんじゃない?』


 若いクリスティーネさんのような使用人ならばともかく、年を取った使用人にとっては雇ってもらっているお屋敷から追い出されたら新しい働き場所があるとは限らない。どれだけ劣悪な環境でもしがみ付いていかなければいけない状況で、新しい使用人が休みを要求するのが許せなくて苛めるだなんて何の解決にもなっていない。


「酷い状況ですね。ストレス発散のために新しい使用人を苛めているとしか思えない」

「フレヤちゃんは殴られていました……できるだけ早くアッペルマン家から救い出さないと」


 心配でたまらない私にカミラ先生も難しい顔をして考え込んでいるようだった。


「三日間でもいさせるのは危険かもしれませんね」


 でももう少し決定的な証拠が欲しい。

 使用人同士だけの話や、諍い、貴族の子どもからの暴力程度では、「使用人が勝手にやっていること」と言われてしまえばそれで押し切られる場合もある。使用人たちも長くその状態に耐えて来たので、口裏を合わせるかもしれない。

 お兄ちゃんとも話すことはフレヤちゃんのことばかりだ。

 研究課程に行かなければいけないお兄ちゃんが出かける前に映像を見せて話をする。


「酷い状況なのにどうして年上の使用人は従ってるのかな」

「他を知らないからかもしれないし、それだけ痛めつけられてもう逃げ場がないと諦めているのかもしれない」


 諦めているからと言って新しい年下の使用人に当たっていいわけがないのだが。

 フレヤちゃんが心配で私も幼年学校に行くどころではなくなってしまった。幼年学校を休んでフレヤちゃんの連絡を待つことを、カミラ先生は校長先生とクラース先生に話を通して、許可してもらった。


「フレヤお姉様になんてことを! わたくしの包丁がうなりますわ!」

「ファンヌちゃん、やっちゃってください!」

「できれば包丁は出さないで欲しいけど、私もかなりやっちゃって欲しいとは思ってる」


 正直に言えば私もファンヌとヨアキムくんを連れてアッペルマン家に押しかけたい気分だった。それでもフレヤちゃんの言葉が私を止める。


『もうちょっと待って。旦那様と奥様と直接話ができる時間があるかもしれないの』

「本当に? 危なくないようにしてよ?」

『旦那様と奥様は、今日は子ども部屋に来て子どもたちと触れ合うんですって』


 そのときに直接詰め寄ってみようとフレヤちゃんは考えているようだった。髪留めにつけた立体映像の録画装置でその状況を全部こちらに伝えるという。

 昼ご飯を食べてからだと教えられたので、私は早めにお昼ご飯を食べてフレヤちゃんからの通信をカミラ先生とビョルンさんと待っていた。

 ファンヌとヨアキムくんは渋々幼年学校に、エディトちゃんとコンラードくんは何が起きているか分かっていないまま保育所に行っていた。

 通信は正午過ぎに始まった。


『それが新しい子守か。うちの子を泣かせているらしいじゃないか』

『由緒あるアッペルマン家に雇ってもらっているくせに、生意気だと聞きましたわ』


 フレヤちゃんの髪留めが映し出すアッペルマン家の夫婦は汚いものでも見るような顔でフレヤちゃんを見ている。フレヤちゃんは幼年学校でも秀才で可愛い子なのに、こんな風に見られているというだけで腹が立ってくる。


『旦那様、奥様、ルンダール領には使用人を週一回休ませる法律があることをご存じですか?』

『なにを馬鹿なことを言っているんだ』

『他の使用人は誰もそんなことを言いません。お前は怠け者のさぼり癖があるようですね。そんなに休みたいなら、辞めさせても良いのですよ?』


 決定的な証拠が撮れた!

 カミラ先生の方を見るとカミラ先生も頷いている。


「フレヤちゃん、頑張った」


 ガッツポーズでもうフレヤちゃんがそれ以上二人を刺激しないようにこっそり伝えようとしたとき、フレヤちゃんの後ろでビリッという音が響いた。

 振り返ったフレヤちゃんの髪飾りが映し出したのは、お屋敷の子どもがフレヤちゃんのスカートをハサミで切り目を入れて破っているところだった。下着が見えそうになってしゃがみ込んだフレヤちゃんに、アッペルマン家の当主の靴が迫る。

 蹴られるのだと理解した瞬間、私の頭は真っ白になっていた。

 まだ誕生日を迎えていないので11歳だが、フレヤちゃんは学年を一つ偽ってアッペルマン家に潜入している。幼年学校を出たばかりの女の子が、スカートを破られて子どもを怒るどころか、ここぞとばかりにお腹に蹴りを入れるだなんて許せない。


「フレヤちゃんになんてことを!」


 怒りに震える私の口からは自然と歌が流れ出していた。

 これはマンドラゴラを鼓舞する歌。

 地鳴りがして庭の薬草畑からマンドラゴラが出てきて群れを成してやって来るのを感じる。


「イデオンくん!?」

「絶対に許せない! アッペルマン家は更地になればいいんだ!」


 幼年学校に入ったときからダンくんに絡まれたときも優しくて、ずっと仲良くして来たフレヤちゃん。賢くて努力家で、根性があって、尊敬できる存在だった。

 フレヤちゃんをアッペルマン家に送り込んだのはお兄ちゃんと私の考えだ。

 そのせいでフレヤちゃんが痛い目に遭ってしまったのだったら、私が責任を取らなければいけない。

 マンドラゴラの群れに担がれて、私は真っすぐにアッペルマン家に向かっていた。


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