28.ファンヌとヨアキムくんの自由研究
夏休みの自由研究はドラゴンさんへのインタビューと創世神話に関するものにするはずだったが、エディトちゃんとコンラードくんが新しい青色のドラゴンさんの守る伝説の武器を抜いてしまったせいで、ドラゴンさんとの接触はそれだけで終わってしまった。
結局、自由研究に私はヨアキムくんとファンヌと同じ清め草による聖水の作り方のレポートを出した。
私が二年生の教室にソーニャ先生のお願いで特別に呼ばれたのは、ヨアキムくんとファンヌの自由研究と私の自由研究が同じだったからだった。
「ヨアキムくんとファンヌちゃんの観察日記と自由研究が認められて、二年生の賞を取るかもしれません」
「本当ですか!?」
「二人にクラスのみんなの前で発表をしてもらおうと思っているのですが、それを見ていてあげて、足りないところを補ってくれませんか?」
それが上手くいったら二人は全校生徒の前で発表をするという。
毎日清め草を一緒に栽培していたし、自由研究の課題は同じだったのでそんなことはお安い御用だった。
「ファンヌとヨアキムくんが賞を……すごく誇らしいです」
「引き受けてくれますね?」
「喜んでさせてください」
可愛い妹と弟のような存在が自由研究で賞をもらう。
ルンダールのお屋敷に帰るとファンヌとヨアキムくんは早速カミラ先生とビョルンさんに報告していた。
「父上におしえていただいた聖水作りの自由けんきゅうのはっぴょうをします」
「二年生のクラスで上手にはっぴょうができたら、ぜんこうせいとの前でするのよ」
「それは私も鼻が高いですね」
「復習をしておきますか?」
「よろしくおねがいします」
ビョルンさんに聖水の作り方を確認してもらう二人を見ながら、私は夏休みのことを思い出していた。
種を実らせる分を残して清め草は全部収穫して厨房に持ち込んだ。お鍋に葉っぱを入れてひたひたまで水を入れて、じっくりと色が出るまで煮込む。煮込んだ後でガーゼで葉っぱを濾して、ガーゼを絞って最後の一滴まで清め草の煮汁を絞り出して粗熱を取る。
その間に用意しておくのは特別な水脈からくみ上げた水だった。水自体に魔力が宿っているそれは、ルンダール領の一地域でしか採取できない。特別な鉱脈からくみ上げた水に青花と鱗草を浸し、青花の色が抜けて鱗草が溶け切ると濾して煮汁に合わせる。
こうして出来上がったのが聖水の元である。
「かなり濃縮されていますから普通はこれを五倍ほどに薄めて使います」
「五ばいって、水が五、この聖水の元が一ですか?」
「いいえ、五倍に薄めるというのは、水が四、この聖水の元が一で、合計五になるようにするんですよ」
質問するヨアキムくんにビョルンさんは丁寧に答えてくれていた。
対するアンデッドの強さによっても濃度を変えたりするので、最初から薄めては作らないというのが聖水作りの鉄則だった。
夏休みの自由研究でお兄ちゃんもエディトちゃんも含めてビョルンさんから習って、私とヨアキムくんとファンヌがレポートを書いた。図解も添えて分かりやすく書き上げた二人のレポートは二年生にしてはとてもよくできているということで表彰の候補になったようだった。
「発表にはイデオンくんが付き添うのですね」
「ぜんこうではっぴょうするときには、父上と母上もいらしてくださって良いようです」
「それは日程を空けておかなければ」
「エディト、ヨアキムくんとファンヌちゃんが賞を取るかもしれませんよ」
もう浮かれてエディトちゃんを抱き上げたビョルンさんに、エディトちゃんは「ちょう、なぁに?」と聞いていた。ビョルンさんはヨアキムくんとファンヌの自由研究が認められて褒められることだと丁寧に答えていた。
授業を抜け出すことを先生に許してもらって二年生の教室に呼ばれてヨアキムくんとファンヌの発表を見に行くと、大きな紙に書き直した図解を黒板に貼って説明していた。
「清め草をにた汁には、とくべつなお水をくわえます」
「ルンダールりょうの一部でしかとれないお水で、まりょくをふくんでいます」
清め草を煮出すところは説明が終わっていたようだ。
「このお水にはうろこ草と青花をさきにまぜておきます」
「ヨアキムくん、まぜるんじゃなくて、とかしておくんだったわ」
「そうだった……。とかしておいて、色の抜けた青花はこしてすてます」
途中間違うところもあったが、ファンヌが軌道修正して、ヨアキムくんとファンヌは立派に発表をやり遂げた。クラスから拍手が上がる。その中には黄色っぽい目をくりくりさせたミカルくんもいた。
発表が終わってからソーニャ先生が私に意見を求めて来た。
「聞いていてどうでしたか、イデオンくん?」
「煮汁に水を加えることを説明する前に、鱗草と青花の成分を溶かし込んでおくことを説明すると分かりやすいかと思いました」
「ヨアキムくん、ファンヌちゃん、できそうですか?」
「がんばります!」
「やりますわ!」
使命感に燃える二人は全校生徒の前での発表の前に気合を入れて何度もお屋敷で練習していた。それをずっと聞いていたエディトちゃんは、内容を覚えてしまったようだった。
「ちゅぎは、きよめくさをこしゅんでしょ?」
「そうだよ。ガーゼでしぼって、最後のいってきまでむだにしないようにするんだ」
「大事にみんなでそだてた清め草だものね」
幼い頃からヨアキムくんもファンヌも薬草畑の世話に関わってきて、薬草の一枚一枚がどれだけ手間をかけて育てられているか身に染みている。最後の一滴まで無駄にしないようにというヨアキムくんの言葉は、ルンダール領の農家を代表しているようでとても誇らしかった。
全校生徒の前での発表は体育館で行われた。壇上で話すファンヌとヨアキムくんはとても小さく見えたけれど、声も震えていなくて堂々として格好良かった。保護者も見に来て良い全校集会で発表をやり遂げたファンヌとヨアキムくんには立派な賞状が贈られた。
「きぞくだからあんなことができるんだよ」
二年生のクラスの中から漏れた言葉がヨアキムくんとファンヌに聞こえないようにと願っていると、ミカルくんがそれを言った子の胸倉を掴み上げていた。
「同じのうかなら分かるだろ。毎日やくそう畑にでるのがどれだけたいへんか! それを自分でやって二人ははっぴょうしたんだぞ」
「おまえだってきぞくじゃないか!」
「おれもきぞくだけど、元は平民ののうかだ!」
喧嘩になりそうな二人は引き離されてしまったが、ミカルくんが庇ってくれたことを知ってファンヌとヨアキムくんはミカルくんに飛び付いて行った。
「ありがとうございます、ミカルくん」
「わたくしの代わりにおこってくれてうれしかったわ。ほうちょうも出さなくてすんだし」
包丁は何があろうと幼年学校で出さないでください、ファンヌ。
心の中で突っ込みつつも、ファンヌとヨアキムくんがルンダール領の領主の家の子どもたちだということで差別されるようなことがあっても、ミカルくんという強い味方がいて安心だということがよく分かった。
帰りはカミラ先生とビョルンさんも一緒だった。
二人ともファンヌとヨアキムくんをたくさん褒めてくれた。
「私たちの息子はなんて格好良かったんでしょう」
「ファンヌちゃんも理路整然として、素晴らしかったですよ」
「ふぁーたん、すばらち!」
保育所をお休みしてヨアキムくんとファンヌの発表を見に来ていたエディトちゃんも手を叩いて二人を讃える。カミラ先生に抱き寄せられたファンヌと、ビョルンさんに抱き寄せられたヨアキムくんはとても嬉しそうな顔をしていた。
二人の自由研究のレポートはルンダール領全体の幼年学校のコンクールに出されることが決まって、そこでも評価されて賞をもらうことになる。
「ファンヌとヨアキムくんの発表はどうだったの?」
研究課程から帰って来たお兄ちゃんもお帰りなさいのハグの前にそれを聞くほど二人のことを気にしていた。
「素晴らしかったよ」
「良かった。イデオン、ただいま」
「お帰りなさい、お兄ちゃん」
しっかりと抱き締め合った後で、今日のミカルくんのこと、二人の自由研究がルンダール領全体の幼年学校のコンクールに出されることなど、お兄ちゃんに伝えたいことが私にはたくさんあった。
感想、評価、ブクマ、レビュー等、歓迎しております。
応援よろしくお願いします。作者のやる気と励みになります。