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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
七章 幼年学校で勉強します! (五年生編)
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27.お墓参りと10歳の決意

 前に働いていたお屋敷で苛められていた件に関して、最初は幾つか話をしてくれたクリスティーネさんだったが、本格的に証言するとなると躊躇っているようだった。

 お屋敷でクリスティーネさんを苛めていたのは使用人だけでなく貴族の子どもたちもいて、その貴族はルンダール領で定められている週一回使用人を休ませるという法にも従っていない。それが公になると証言したクリスティーネさんが狙われると恐れるのも無理はない。

 私たちは貴族でルンダール家に守られているが、クリスティーネさんはルンダール家の乳母として守るとしても平民で、ルンダール家を一歩出れば何をされてもおかしくない立場だった。

 休みの日に図書館に行くのも恐れて書庫で勉強しているクリスティーネさんに無理な証言を頼むのは気が引ける。クリスティーネさんは魔術学校にも通い始めてようやく明るい表情を見せ始めているのだから、無理はさせたくなかった。

 証言の話はもう少し様子を見ながらにするとして、秋のうちにやりたいことが私たちにはあった。

 お兄ちゃんの母上のアンネリ様は初夏に亡くなったのだけれど、レイフ様が亡くなったのは冬ということで、私たちは毎年冬にお墓参りに行っていたのだけれど、ヨアキムくんの願いで去年から秋に時期を変えた。

 冬薔薇は枯れやすく色味も少ない。歌い薔薇は一年中咲くのだが、冬には元気がないのは確かだった。

 薔薇園で育てた薔薇を美しいうちにヨアキムくんは乳母さんに見せたいと願った。私たちもそれに賛成した。


「ブルースターを育てましょうか?」

「レイフ兄上のために温室を作るつもりですか? 一年に一度のために」


 そんなことはしなくても花を売っているお店で買えば良いと言うカミラ先生に、ヨアキムくんはちょっと寂しそうだった。カミラ先生とビョルンさんの養子になったヨアキムくんにとって、レイフ様は伯父にあたるひとになる。お花が大好きなヨアキムくんは自分の育てた花をレイフ様に届けたかっただろう。


「アンネリ様には赤い薔薇だね」

「ヨアキムくんのお母さんにはどの薔薇にする?」


 薔薇園を管理してくれている庭師さんとヨアキムくんは仲良しで、私とお兄ちゃんの問いかけに庭師さんのところに駆けて行っていた。


「イデオン兄様、オリヴェル兄様、花束が二つあったらいけないでしょうか?」

「小さなブーケが二つでも良いと思うよ」

「うたいバラとこのまん中が赤で外がわが黄色のバラをあげたいんです」


 庭師さんに切ってもらった薔薇の棘を取って、私とお兄ちゃんとヨアキムくんとファンヌでブーケを二つ作った。両手にブーケを抱くヨアキムくんにエディトちゃんがお手手を出す。


「わたくちも、もちちゃい」

「ぼくのお母さんにごあいさつしてくれるの?」

「よーにぃにのははうえ、ごあいしゃつ、すゆ」


 眠くならないようにヨアキムくんは真ん中が赤で外側が黄色の薔薇の方のブーケをエディトちゃんに持ってもらって、歌い薔薇のブーケを大事に抱いて行った。

 馬車を二台用意して私とお兄ちゃんとカスパルさんとブレンダさんとファンヌが一台に、カミラ先生とビョルンさんとエディトちゃんとコンラードくんとヨアキムくんが二台目に乗ろうと話していると、カミラ先生から提案があった。


「今年からリーサさんもご一緒しましょう。私たちはもう家族です」

「リーサさんが乗るとなると馬車が狭くなりませんか?」

「カスパル、リーサさんをエスコートしなさい」


 遠慮していたのか自分からは言い出せなかったカスパルさんが馬車の大きさを気にしているけれど、カスパルさんとリーサさんの二人で一台の馬車に乗ってもらうことで決着がついた。

 物寂しい郊外の墓地に三台の立派な馬車が乗り付けるのは墓守に任命された管理人も驚いていた。


「あなたは、ぼくのお母さんだったんですね……。生きているうちにお母さんってよびたかったです。ぼくを生かしてくれてありがとうございます。ぼくはカミラ先生とビョルンさんの子どもになって、かわいい妹と弟もできました。ぼくは幸せです」


 静かな声で伝えるヨアキムくんの丸いあどけない頬を涙が伝っていく。降り積もる枯れ葉を掃除して、ヨアキムくんは乳母さんでお母さんだったひとの墓地に花を捧げた。


「エディトちゃん、ここにぼくのほんとうのお母さんがねむってるんだ」

「よーにぃにのいもとの、エディトれつ。よーにぃに、だいすちれつ」


 上手にご挨拶をしてエディトちゃんもブーケを供える。

 二人の後にカミラ先生とビョルンさんが墓地の前に膝を付いて墓石を撫でていた。


「あなたが命懸けで育てて、産んだ、大事な息子さんは私たちの息子として育てます」

「ヨアキムくんをこの世に産んでくださって本当にありがとうございます」


 呪いの意味すらも知らない2歳でルンダール家に来たヨアキムくんは、アシェル家の母親の子どもではなくて乳母さんの子どもだと分かった。乳母さんの愛情と命懸けの育児があったからこそヨアキムくんは今生きてルンダール家にいて、オースルンド家の養子になれた。

 感慨深く思い出していると私も涙が出そうだった。

 お花を売っているお店でブルースターを買ってから、続いてアンネリ様とレイフ様の墓地に行く。こちらは街からそれほど離れていない場所にあって、静かな紅葉する森に囲まれていた。すっかり秋めいた風が森の木々を揺らしている。


「母上、父上、今年も来ました。研究課程での勉強も順調です。立派な当主になれるかは分かりませんが、勉強できる間にしておこうと思います」


 お兄ちゃんが報告をしてアンネリ様のお墓の前に赤い薔薇の花束を供える。


「レイフ兄上、ヨアキムくんが私の養子になりました」

「レイフ兄上、アンネリ様、リーサさんと結婚して家族として幸せに暮らしていきます」


 カミラ先生とカスパルさんがそれぞれに報告をしてレイフ様のお墓の前に花束を供える。みんなで黙とうしている間、私はアンネリ様のことを考えていた。

 お兄ちゃんは残り二年と少しで当主にならなければいけない。

 見守っていてくださいとお祈りをして、私が歌いだすとファンヌのポシェットと私の肩掛けのバッグから飛び出たマンドラゴラが踊り出す。


「ふぁーたん、よーにぃに、こーたん、おどろ?」


 手を引いてエディトちゃんもファンヌとヨアキムくんとコンラードくんとぐるぐる回って踊り始めた。鎮魂歌のつもりだったが、私は修行が足りないようだった。それでも歌い終わるまでお兄ちゃんもカミラ先生もビョルンさんもカスパルさんもブレンダさんもリーサさんも静かに聞いていてくれた。

 お屋敷に戻ってからおやつを食べて私はお兄ちゃんと二人の部屋に戻った。

 お兄ちゃんに聞きたいこと、言いたいことがあったのだ。


「お兄ちゃん、後二年と少しで当主様になるけど、私にできることはある?」

「ビョルンさんも補佐として残ってくれるし、叔母上やカスパル叔父上、ブレンダ叔母上も通ってきてくれるし、イデオンは自分の勉強に集中して欲しいかな」

「当主様になるの、不安じゃない?」


 椅子をお兄ちゃんの方に向けると、お兄ちゃんの眉が下がっているのが分かった。


「不安だよ。ものすごく怖い。僕がルンダールを導けるのか、不安ばかりだよ」

「私、補佐になれないかな?」

「その頃、イデオンは13歳くらいでしょう? 補佐には勉強してからなって欲しいかな」


 今のところ私にできるのは毎日勉強してお兄ちゃんの補佐となる日に備えるくらいだった。

 もう一つお兄ちゃんに言いたいことを思い切って口にする。膝の上で握り締めた拳に力が入った。


「私、来年は幼年学校の六年生になるでしょう? そろそろ、お風呂は一人で入ることにするよ」


 本当はお兄ちゃんとお風呂に入る二人きりの時間がどれだけ私にとって大事なものか、かけがえのないものか、分かっていた。それでも、いつかは私も大人になってお兄ちゃんに甘えないようにならないといけない。

 口に出しただけで寂しくて涙が滲みそうな私に、お兄ちゃんはこつんっと額を合わせた。青い瞳が間近で私の薄茶色の瞳を覗き込んでいる。


「分かったよ。怖くなったら、いつでも呼んで?」

「う、うん」


 幽霊が出ても神聖魔術という対抗策ができたのだから私はお風呂に一人で入っても平気だと思っていた。

 その夜一人きりでお風呂に入って、髪を洗っているときに背後に気配を感じて私は泣きそうになってしまったのだが、それが私を心配したマンドラゴラと南瓜頭犬だったことを知るのは、髪を流してすぐのことだった。

 お兄ちゃんとはお風呂に入らないように努力するため、私はマンドラゴラと南瓜頭犬とお風呂に入るようになった。

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