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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
七章 幼年学校で勉強します! (五年生編)
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21.カスパルさんとリーサさんの結婚式

 カスパルさんがリーサさんにお手紙を書いたのは私が7歳のとき。お手紙に書かれた詩は難解すぎてリーサさんには理解できなかった。リーサさんがきちんとした教育を受けていなかったことを知ったのもそのときだった。

 カスパルさんとブレンダさんをリーサさんの家庭教師にして勉強を教えてもらって、リーサさんは再度お手紙を私とお兄ちゃんと読もうとしたけれどやはり難解だった。だからカスパルさんに分かる言葉で書いて欲しいとお願いをして、そのお返事がこれだった。


――エディト様もまだ幼い。ファンヌ様やヨアキム様にもまだ乳母は必要です。お二人が幼年学校に入る年まで待っていただけますか?


 今年ファンヌとヨアキムくんは幼年学校の二年生になって、その間に産まれたコンラードくんも夏の終わりには1歳になる。少し遅れたがリーサさんはカスパルさんとの約束を守ろうとしていた。

 純白のウエディングドレスに長いトレーン、美しく透けるヴェール。長い髪を編み込んで纏めたリーサさんは小さな銀色のティアラを付けていた。対するカスパルさんも純白のタキシードだった。


「あなたの色に染めてくださいっていう意味の白い衣装が、花嫁だけのものなんておかしいですから。僕もリーサさんの色に染めてください」

「お互いに染まるのですね」

「あなたと生涯を共にしたいのです」


 オースルンドのお屋敷の庭で開かれた結婚式は初めは曇り空で小雨が降るかと警戒していたが、二人が衣装を纏って出て来る頃には雲間から光が差していた。真夏の結婚式だったので暑すぎないくらいでちょうどいい。

 本当ならば呼ばれるのは神官だが、二人に呼ばれたのは私だった。


「イデオン様はわたくしが初めてお育てしたお子様です。そして神聖魔術を使われる。わたくしとカスパル様の誓いを聞いてくださいますか?」

「わ、私でいいんですか?」

「イデオン様がいいのです」


 そのことはカスパルさんも了承済みのようだった。

 私がリーサさんとカスパルさんの前に立って誓いを聞くことになった。


「身分も何もかも関係なく、生涯リーサさんを愛し、守り、共に生きることを誓います」

「カスパル様の妻となっても、ルンダール家のお子様、またオースルンド家のお子様を愛し、育て、良き乳母、良き妻として生きて行くことを誓います」


 どうすればいいのか分からない私にお兄ちゃんが大きな拍手を二人に送って示してくれる。私も二人に拍手を送った。

 リーサさんの家族も、カスパルさんの家族も拍手で二人を祝う。

 誓いのキスは恥ずかしかったので直視できなかったが、ヴェールを捲られたリーサさんはとても幸せそうだった。

 暑いので結婚式の後の立食会は大広間で行われた。摘まみやすい軽食が用意されていてお兄ちゃんが私の分とファンヌの分を取り分けてくれる。ヨアキムくんとエディトちゃんはカミラ先生とビョルンさんに取り分けてもらっていた。


「神聖魔術が使えるようになるってああいう仕事もするの」

「神官を目指すんならそうなるね」

「そうか……あ、そうだ、祝福の歌を歌わなきゃ」


 アントン先生にも出席してもらっていて、大広間にはピアノが用意されていた。アントン先生に伴奏を弾いてもらって私は心を込めて祝福の歌を歌う。それをみんなが静かに聞いていてくれた。


「リーサさん、私やファンヌのことを大事に育ててくださってありがとうございます。リーサさんがいなければ私たちはこんなに大きくなっていません」

「イデオン様……」


 私の言葉にリーサさんがほろほろと涙を零す。私の両親はいないも同然だったが両親よりもリーサさんは私たちを愛して育ててくれた。リーサさんの結婚はおめでたいことだったし私にとっては感謝しかなかった。


「リーサが育てたお子さんなんですね」

「リーサも立派になって」


 リーサさんのご家族に声をかけられて私はリーサさんがどれだけ素晴らしい女性かいくらでも語ることができた。芯の強い女性で、両親の陰謀でお兄ちゃんがいなくなった後も薬草畑を守ろうと言ってくれて私たちを支えてくれたこと、カミラ先生が来た後もずっと私たちを大事に愛して育ててくれたこと、ミカルくんへの対処の仕方、保育所にもファンヌとヨアキムくんと通ってくれた。


「そんなにリーサが愛されていたなんて」

「幸せ者です」


 そうだ。

 私もファンヌもヨアキムくんも間違いなくリーサさんを愛していた。家族だと思っていた。それが今本当にカスパルさんと結婚して家族になるのだ、嬉しくないはずがない。

 身分の差があって、主人と使用人という立場だったけれど、リーサさんは私たちに一貫した態度を取っていた。それはエディトちゃんやコンラードくんにも同じだ。


「お兄ちゃん、私、愛されて育ってた」

「うん、そうだね」

「お兄ちゃんもカミラ先生もビョルンさんもいっぱい愛してくれたけど、リーサさんがいなかったら、私、今まで生きてないよ」


 産まれたばかりの一人では生きられない赤ん坊をリーサさんは必死に育ててくれた。その努力がなければ今の私はない。

 自然と涙が滲んで来た私をお兄ちゃんは抱き留めてくれた。

 結婚式が無事に終わって疲れてコンラードくんとエディトちゃんはお昼寝をしている間に、私は着替えてお兄ちゃんと二人きりの部屋で話をしていた。最近はお兄ちゃんは研究課程の研修や実習が忙しいのであまり二人きりで話をすることもできなくなった。

 遅く帰って来てもお兄ちゃんは必ず私をお風呂に入れてくれる。眠ってしまっていることがあるけれど、そういうときには次の朝薬草畑の世話の後にお兄ちゃんはしっかりと私の頭を洗ってくれた。


「暑かったからシャワーを浴びる?」

「後で良いかな。ねぇ、お兄ちゃん、ずっと聞きたいことがあったんだけど」


 私の心には7歳のときからずっと引っかかっていることがあった。そのことについて聞きたかったのだけれどずっとタイミングを逃していた。

 今日はリーサさんとカスパルさんの結婚式。

 結婚についてもう一度私は考えさせられた。

 ダンくんは一番仲良しの兄弟が結婚してしまうと寂しいと思って当然と言ったけれど、私は自分を育ててくれたリーサさんが結婚しても寂しくないどころか嬉しかった。

 お兄ちゃんとリーサさんは何がちがうのだろう。


――恋、じゃないかもしれないけれど、一番僕のことを心配してくれてて、大事に思ってくれてるひとがいて、そのひとのことは気になっている

――いつか話すよ。イデオンがもうちょっと大きくなったら。僕がどれだけ救われて、大事にされていると感動したか


 私が7歳のときにお兄ちゃんは私に秘密を持った。

 そのことが私にはずっと気になっていた。


「お兄ちゃん、私もう10歳だよ。年が二桁になったんだよ? そろそろ、お兄ちゃんの気になるひとを教えてくれてもいいんじゃない?」


 一桁と二桁では全然違う気がするのは私が幼かったからだろう。そのときの私は泣き虫で情けないのは変わっていないのに自分がすごく大人になったような気分になっていたのだ。


「まだ、早いかな」

「そんなぁ。いつならいいの?」


 お兄ちゃんは悪戯に微笑んで答えをくれない。

 お兄ちゃんの気になるひととは誰なのだろう。

 結婚はする気がないと言っていたが、そんなのいつ気が変わるか分からない。


「じゃあ、イデオンが15歳になったら教えてあげる」

「15歳? なんで、15歳?」

「僕は大人だから、大人はちゃんと分別を持って行動するものなんだよ」


 よく分からないけれど、お兄ちゃんは大人だから私が15歳になるまでは秘密のことは話せないらしい。

 それがどういう話なのかそのときの私には全く想像もついていなかった。

 涙が出てきそうになるが折角のリーサさんの結婚式でお兄ちゃんのことで大泣きしている場合ではない。涙を堪えているとお兄ちゃんは私を抱き締めてくれた。


「イデオンが、このまま僕を好きでいてくれたらね」

「私がお兄ちゃんを嫌いになる日なんて来ないよ!」


 確信を持って宣言したのだがお兄ちゃんは曖昧な笑みを浮かべていた。


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