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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
七章 幼年学校で勉強します! (五年生編)
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20.リーサさんの結婚に向けて

 リーサさんの結婚式の衣装合わせをしている間、私とファンヌとヨアキムくんがエディトちゃんとコンラードくんのお世話をしていることになった。リーサさんの結婚後には夜には仕事を抜けられるように新しい乳母さんが来るので、研修としてその乳母さんも一緒だったのだが。

 エディトちゃんはファンヌとヨアキムくんと遊ぶことができる年齢だが、お昼寝の前だけは少し機嫌が悪くなる。眠くて機嫌の悪いエディトちゃんをリーサさんがどうしているのか私はよく観察していた。

 どうやらエディトちゃんにはお気に入りの絵本があるようだ。何度も何度も読んだので端がぼろぼろになっているが、それでも読み続ける絵本。それは子ども用のマンドラゴラの図鑑だった。

 寝かしつけのときには私もエディトちゃんにその本を読むようにした。


「もいっかい」

「うん、もう一回読もうね」


 何回も強請られても嫌がらずに繰り返すのがコツ。読んでいるうちにエディトちゃんは満足してマンドラゴラのダーちゃんとブーちゃんを抱いて眠ってしまう。マンドラゴラは眠る必要がないのだがダーちゃんとブーちゃんは抱き締められてエディトちゃんが眠ってしまうと大人しくその場に固まっていた。

 エディトちゃんだけなら世話は全然大変ではないのだ。それにコンラードくんが加わらなければ。

 ちょうどエディトちゃんが眠い時間にコンラードくんが泣きだしたり、寝ようとしているときにオムツが濡れたりすると大変だ。そっちに気を取られている間に機嫌の悪いエディトちゃんが起き出して暴れていたりする。


「コンラードくんのことはお願いします。ファンヌとヨアキムくんとスーちゃんとニンちゃんもよろしくね?」

「心得ました」


 新しい乳母に立候補した女性はまだ若くて赤ん坊とそんなに触れ合ったことがない様子だった。おっかなびっくりコンラードくんを抱き上げては泣かれ、オムツを替えようとしては逃げられている。


「最初は難しいかもしれませんが、ひとを育てるとはそういうことです」


 乳母として初めてリーサさんが私を受け取ったのは16歳のときだ。乳母の仕事を覚えるためには最初は失敗しても大きな気持ちで受け止めていかなければいけないとカミラ先生は乳母さんにも私たちにも言っていた。

 幸いコンラードくんには世話焼きのスイカ猫のスーちゃんが傍にいて、困ったときには呼びに来てくれるし、人参マンドラゴラのニンちゃんもコンラードくんが危なくないように遊んでくれる。

 ときどき噛み付かれて「びょぎゃ!」と悲鳴を上げているが、それもまた忍耐で可愛い小さな歯型が付いてもスーちゃんもニンちゃんも我慢していた。


「クリスティーネと申します。名前の割りに地味だと言われるのですが……」

「ファンヌです。クリスさんってお呼びしていいかしら?」

「ヨアキムです。弟と妹のことをよろしくおねがいします」


 新しい乳母候補のクリスティーネさんにファンヌもヨアキムくんも礼儀正しく挨拶をしてエディトちゃんとコンラードくんのことをお願いしていた。


「貴族の坊ちゃんお嬢ちゃんのお世話をさせられると聞いて、苛められるんだと思っていました……皆さんお優しくて、ありがたいです」


 初日から失敗ばかりでもファンヌもヨアキムくんも私もクリスティーネさんのことを快く手伝ったし、罵ったり貶めたりしなかった。

 前に雇われていたお屋敷では子どもの遊び相手をさせられていたが、酷いいじめに遭ってクリスティーヌさんは心を傷付けられてお屋敷を辞めて路頭に迷おうとしていたところをルンダール家のメイドさんの伝手でここに入ったようだ。

 オムツを脱がせたところで下半身裸のコンラードくんが爆走ハイハイで逃げて行っても、エディトちゃんがかくれんぼのつもりでベッドを持ち上げても、おろおろとするクリスティーネさんに「だいじょうぶです!」「わたくし、つかまえます!」と素早くヨアキムくんとファンヌが動いてくれていた。

 おかげでクリスティーネさんは数日でルンダール家に馴染んで、コンラードくんもエディトちゃんもクリスティーネさんがお気に入りになったようだった。


「わたくし、字が読めるんです」

「エディトちゃんに絵本を読んであげられますか?」

「もちろんです。お任せください」

「休憩にはルンダール家の書庫は解放されているので、好きな本を読んで良いですからね」

「まぁ……ルンダール家は書庫を開放しているというのは本当だったんですね」


 苛められて貴族が恐ろしくなってもクリスティーネさんがルンダール家の乳母になろうと思ったきっかけはそれだったらしい。


「わたくし、本を読むのが好きなんです。図書館はひとが多くて閲覧スペースが空いていないことがあるし、働かなければいけないので本など読んでいる場合ではないとずっと言われていて」


 幼年学校でも成績は良い方だったが、家が貧しかったので魔術学校には進めなかったというクリスティーネさん。


「将来は、医者になるのが夢でした……夢で終わりそうですが」

「クリスティーネさんは何歳ですか?」

「15歳ですが」


 リーサさんは乳母として働けるのだから結婚前の時期だけ助けが必要だとして、後は結婚生活のために夜の間や休みの日にコンラードくんとエディトちゃんを預けられる乳母がいればいい。

 アーベルさんの自殺未遂の件でも分かったが街医者は明らかに足りていない状況だった。エレンさんが倒れてしまったらどうしようもない。


「カミラ先生、クリスティーネさんを医者にしてあげることができませんか?」

「クリスティーネさんは医者を目指しているのですか!?」


 貴族の中でも医学を修めているものは多いけれど、わざわざ平民の中に入ってまで働くものは少ない。そういう理由で街医者は非常に少なくエレンさんは急患が来たらどちらの命を優先するか決めなければいけない極限で医療を実践していた。


「魔術学校に行けるようにしましょう。魔術学校で専門で医学を習って、医者の助手を続けて、ある程度実践能力がついたら試験を受けて医者の資格を取ることもできます」

「わたくしが、魔術学校に通わせていただけるのですか?」

「ルンダール領に医者は圧倒的に足りていません。なってくださると私たちも助かります」


 勉強をしたかったがその道を断たれて貴族のお屋敷に働きに行って苛められていたクリスティーネさんは、夢が叶う予感に涙していた。


「ルンダール家のお屋敷に来て良かったです」


 そう言ってもらえる領主のお屋敷であることが私には誇らしくもあった。

 結婚式の準備が整って、リーサさんはオースルンド領に行くことになった。私とお兄ちゃんとファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんとコンラードくんとカミラ先生とビョルンさんとブレンダさん、そして新しい乳母としてクリスティーネさんも一緒だった。

 移転の魔術に慣れない様子のクリスティーネさんはブレンダさんに手を引いてもらっていた。自分の容姿を卑下するようなことをクリスティーネさんは言うが、決して美しくないわけではない。どちらかと言えば可愛らしい顔立ちをしている。

 それでも貴族の子どもたちに心無い言葉をぶつけられて来た心はすぐに癒えないのだろう。美しいカミラ先生やビョルンさん、ブレンダさんの前で恥ずかしそうに顔を俯かせていた。

 リーサさんはとびきり美しくワンピースも新調してお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様の前に出てご挨拶をした。


「末永くよろしくお願いいたします」

「リーサさん、あなたと家族になれて嬉しいです」

「イデオンくんやファンヌちゃん、ヨアキムくんを育てた話を聞かせてね。エディトとコンラードの話も」

「もちろんです。大変でしたが、私の大事な方々です」


 初めは押し付けられて困難に泣いていた乳母という仕事に、今はどれだけリーサさんが誇りを持っているかがよく分かる。それは私たちが健康に成長した証でもあった。


「リーサ様、乳母の仕事を教えてくださいませ」

「様なんて付けないでください。わたくしのことは、どうぞ、リーサと」

「そんな、恐れ多いです。貴族の奥様となられる方が」


 臆病で控えめなクリスティーネさんはリーサさんにも腰が低かった。

 リーサさんの兄弟やご両親も招かれていて、隅で小さくなっているのをお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様が自ら歩いて迎えに行く。


「我が家のように寛いでください」

「私たちの息子の大事なお嫁さんの家族です。私たちも家族のようなものです」


 恐縮するリーサさんの家族にもお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様は寛大だった。

 結婚式はもうすぐだった。

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