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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
一章 お兄ちゃんのために両親を引きずりおろします!
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26.死人草

 倉庫を見に行った次の日は、薬草畑の世話と朝ご飯が終わると、カミラ先生は私とファンヌに余所行きの服を着るように言った。リーサさんに用意してもらって着替えると、カミラ先生が馬車に乗って向かったのは、薬草市だった。

 ちなみに、ファンヌは馬車が揺れるたびに座席から落ちてしまいそうになるので、カミラ先生がお膝に抱っこしてくれていた。私は意地でも落ちるわけにはいかないと、手すりを持って踏ん張っていた。

 薬草市で幾つか薬草を買った後で、カミラ先生が行ったのは、市の奥の鄙びた露店だった。陰気な店主が、カミラ先生が子ども連れで来ているのに、怪訝な表情を向けている。


死人(しびと)草の種がここにあると聞きました」

「なんでそんなもんを」

「夫が不審な死を遂げたのです」


 あれ?

 カミラ先生は独身のはずでは。

 ちらりと見た私に、カミラ先生が合わせるように視線を向けてくる。賢く察したファンヌは、両手で顔を覆って「おとーたま」と悲しんでいるふりをしている。

 つまり、カミラ先生が夫を失った妻で、私とファンヌはその子どもたちの設定のようだった。視線に応えて、私もファンヌを撫でて、慰めるふりをする。


「小さい子を残して不審な死か……嫌な結果を見ることになるかもしれないぜ?」

「構いません。私はこの子たちのためにも、真実を知りたいのです」


 店の奥に入って、店主が持ってきた小さな袋には、種が入っているようだった。それをカミラ先生は店主の言い値で買い取る。

 買い物が終わって馬車に乗って、次に行ったのは、墓地だった。


「ここがアンネリさまのおはかがあるところですか?」

「代々ルンダール家の家族はここに葬られます」

「お、り、ヴぇ、る……カミラてんてー、オリヴェルおにぃたんのおはか!」

「中身は空っぽでしょうね」


 ファンヌが指さした先にある、新しいお墓に刻まれた文字に、ふつふつと怒りが沸いてくる。

 両親は墓まで作って、お兄ちゃんを亡き者にしてしまった。アンネリ様のように実際に手を下されなかったのは良かったが、お兄ちゃんが薬草でお金を貯めていなければ、安宿にも泊れず、食事も摂れずに死んでいたかもしれない。

 全てはアンネリ様から引き継いだ薬草畑のおかげなのだが、あの場所の維持に私も力を貸せていると思うと、怒りも治まって、誇らしさがわいてきた。

 墓を探して、カミラ先生は墓地を歩き回る。ちょこちょことファンヌが付いて行って、私も遅れないようにカミラ先生を追いかけた。


「なんのたねをかったのですか?」

「死人草と言って、墓地に植えると、遺体を栄養として伸びて花をつける草です」

「いたいを、えいように!?」


 死んでしまったひとだから、遺体が崩れて土に還るのは仕方がないが、意図的に草で養分にしてしまうのは、抵抗があった。


「アンネリ様には申し訳ないですが、墓を掘り返さずに墓の中身を知るには、これしかないのです」


 吸い取った養分の中には、魔力ももちろん含まれる。それを利用して、遺体に直接種を植えて、魔力増強のための魔術薬の材料にしたりするので、死人草の取り引きは原則的に禁止されていた。それを使ってでも、カミラ先生はアンネリ様の死因を調べて、両親の断罪に繋げようとしている。


「アンネリ様の遺体を穢すなど、オリヴェルが聞いたら悲しむでしょうね」

「いいえ、おにいちゃんは、カミラせんせいがどれだけこころをいためて、そのうえでしたのか、りかいしてくれます」

「わたくち、オリヴェルおにぃたんに、おはなちちまつ」


 苦渋の決断なのだと私やファンヌにも分かる。カミラ先生は私たちの言葉を聞いて、膝を付いて私たちを抱き締めた。


「本当に、なんて良い子たちなのでしょう」

「カミラせんせい……」

「てんてー! このおはか、『あ』ってかいてありまつ!」


 カミラ先生がしゃがんだ後ろを指さしたファンヌに、カミラ先生が立ち上がって振り返る。そこには「アンネリ・ルンダール」と書かれた墓と、隣りに「レイフ・オースルンド」と書かれた墓があった。


「レイフ兄上……アンネリ様の隣りで眠ることができていたのですね」


 口元を押さえてカミラ先生がしばらく黙とうする。私も真似をして目を閉じた。それを見て、ファンヌも静かになったようだった。

 黙とうを終えると、カミラ先生がアンネリ様のお墓の近くに何か所か、種を植えていく。


「死人草の花が咲くのは、二週間後。それまでに、私たちはできることをしましょう」

「はい!」


 二週間は長い気がしたが、お兄ちゃんの安全は守られているし、両親がルンダール家の墓地に来るとは思えないので、死人草の存在に気付かれることはない。後は待つだけだった。

 馬車でお屋敷に戻ると、お昼ご飯を食べて、ファンヌはお昼寝にベッドに入る。私はテーブルで今日、お兄ちゃんに報告することを紙にクレヨンで纏めていた。


「そろそろ、鉛筆で書き始めてもいいかもしれませんね」

「あんなにきれいないろえんぴつ、もったいないです。もうすこし、じょうたつしたら」

「勿体ないなど言わないでください。あなたたちのために揃えたのですから」


 さすがオースルンド領の次期領主様は、言うことも違う。小さい頃には私やファンヌの衣服にお金をかけることも惜しんで、乳母に縫わせていた両親とは感覚が違うのだろう。


「オースルンドりょうは、ゆたかなのですか?」

「ものすごく豊かとは言えませんが、長く戦争はしていませんし、領民も飢えずに済んでいると思います」


 戦争の危険性があるから、お互いの領地には干渉しないのが、領主同士の取り決めであるという。その取り決めのせいで、カミラ先生はお兄ちゃんのことを心配していたけれど、なかなか実行に移せずにいたのだ。


「ゆたかではないのに、わたしがきれいないろえんぴつをもらっていいのですか?」


 問いかけに、カミラ先生は私の前の椅子に腰かけた。


「領地のために一番大事なのはなんだと思いますか?」

「え……おかね、ですか?」

「残念ながら違います。大事なのは人間、人材なのですよ」


 領地のため、国のために必要なのは、お金ではなく、人材だとカミラ先生は教えてくれた。


「人材を育てるためには、教育が必要です。教育にお金をかけることは、未来の領地に投資しているのと同じことなのですよ」

「みらいのりょうちにとうし……」


 どうして幼年学校の給食が国の法律で無料になっているか、カミラ先生はその答えをくれた。教育こそが、国を栄えさせる人材を育てる、大事な育成事業なのだ。

 国には逆らえないので両親も幼年学校の給食は無料のままにしているが、魔術学校の奨学金などは、削りに削っていると聞いて、私は知らなかった父親の悪政に胸がむかむかしてくる。


「オースルンド領では、一定以上の魔力を持つ子どもは、魔術学校の授業料が免除になります」

「ルンダールりょうでは、いま、どうなっているのですか?」

「逆に、魔術学校の授業料を上げようとしているようですね」


 父親の悪政は教育にまで及んでいた。

 早く父親を当主の座から引きずり降ろさないと、ルンダール領にお兄ちゃんが戻って来たとしても、再建が難しくなってしまう。


「じかんが、ないのですね」

「私ももっと早くに介入できれば良かったのですが」

「カミラせんせいのせいではありません」


 死人草の結果が出るのは二週間後。二週間でも遅い気がしてきていた。

 夜にはクマの通信機で、お兄ちゃんと話をした。


「アンネリ様のご遺体を穢すようなことをしてごめんなさい」

『いいえ、叔母上が現状を打開するためにしてくださったことです。母もきっと納得していると思います』


 カミラ先生の謝罪に、お兄ちゃんは落ち着いて返事をしていた。


「おべんきょう、できていますか?」

『ルンダール領の魔術学校とカリキュラムが違うから、ついていくので精いっぱいだけど、したい勉強ができて嬉しいよ。イデオンは泣いてない?』

「ないてないです」

「ちょっちょ、ないてた」

「ファンヌ!」


 告げ口をされて、恥ずかしい思いもするが、お兄ちゃんと話せる時間は嬉しい。早く全てが終わってお兄ちゃんと一緒に暮らしたい。そのことばかりを考えていた。

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