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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
七章 幼年学校で勉強します! (五年生編)
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19.リーサさんへの恩返し

 リーサさんの乳母を続けたいという気持ちを尊重して、オースルンド領から仕立て職人さんが送り込まれて来る。


「結婚式の衣装の採寸をさせてくださいませ」

「リーサ様のお手の空いたときで構いません」


 それだけを頼まれている仕立て職人さんたちは忙しくリーサさんがコンラードくんの世話を焼いたり、エディトちゃんをお昼寝させたりする間ずっと待ち続けていた。

 コンラードくんも眠ってエディトちゃんもお昼寝をするとリーサさんの休憩時間になる。仕立て職人さんたちがリーサさんを別室に連れて行って採寸をしようとしていた。


「いつ起きるか分かりませんので、子ども部屋で構いません」

「ご婦人の下着姿を誰でも見られる場所で晒すわけにはいきません」

「わたくしの仕事は乳母ですから」


 私の乳母になったときリーサさんは16歳だった。今のお兄ちゃんよりも年下だったのだ。子どもを産んだこともなく子育てのことも分からないリーサさんは、お兄ちゃん付きのメイドだったという理由だけで乳母にさせられた。

 それはお兄ちゃんのメイドを奪って、自分の子どもたちの乳母にすることで孤立させようという私の両親の汚い心が透けて見えた行為だった。

 まだ成人もしていないのに赤ん坊を預けられて、他の年上のメイドさんたちから話を聞いてリーサさんは必死に私を育ててくれた。ファンヌが生まれた後で二人も子どもを抱えて大変だったはずなのに、私たちがしっかりと育っているということはリーサさんがそれだけ愛情をかけてくれたという証拠だった。


「リーサさん、私がコンラードくんは見ておきます」

「イデオン様、ですが……」

「おむつも替えられます!」


 お兄ちゃんに教えてもらったので私はもうコンラードくんのオムツも替えられたし、抱っこもすることができた。少しの時間ならばコンラードくんを見ておくことができるだろう。

 お兄ちゃんは研究課程の研修でいないけれど、ファンヌもヨアキムくんもいるからきっと大丈夫だ。


「ファンヌ、ヨアキムくん、みんなでリーサさんを助けよう」

「わたくし、だっこできます」

「ぼく、あそんであげます」


 今こそリーサさんに恩返しをするときなのではないか。申し出た私たちにリーサさんは涙ぐんでいた。


「イデオン様やファンヌ様やヨアキム様が立派になって、これほど嬉しいことはないです」


 感謝を述べてリーサさんは別室で採寸をされに行った。

 眠っていたコンラードくんは途中で起きてしまったが、オムツが濡れただけのようだった。


「わたくし、オムツ持ってくるわ!」

「ぼく、コンラードくんがにげないように見てますね」

「二人ともありがとう」


 ファンヌにオムツの替えを持ってきてもらって、ベビーベッドは高すぎるので敷物を敷いた上にコンラードくんを寝かせて着替えさせる。逃げ出さないようにヨアキムくんがコンラードくんの顔の前でおもちゃを振って気を逸らしていてくれた。

 オムツ替えが終わると眠くなくなったコンラードくんを抱っこして窓際でお外を見せる。ぎらぎらと照り付ける太陽の中、庭の木々は少し萎れているようだった。


「うー! あー!」

「抱っこ嫌なの?」

「あるきたいのかもしれないわ」

「コンラードくん、あんよする?」


 下に降ろすと手を出したヨアキムくんのお手手を握ってコンラードくんがよちよちと歩き始めた。手で支えているとコンラードくんは倒れることなく長い距離を歩ける。

 コンラードくんが行きたい方向を確かめてヨアキムくんが連れて行くと、椅子に導かれた。


「あ、わかったわ」

「おやつですね」


 おやつには少し早い時間だがコンラードくんはお腹が空いて椅子に座っておやつをもらえることを期待したのだろう。


「もう少し我慢してね。お茶を飲もうか?」


 膝の上にコンラードくんを抱っこして、甘く冷たいフルーツティーにミルクを入れて口にグラスを添えるとごくごくと喉を鳴らして飲む。少ししかグラスに入れていなかったが飲み終わって満足そうにしているコンラードくんの口の周りには、くっきりとミルクとお茶の跡が付いていた。

 それをヨアキムくんがタオルで拭いてくれる。


「ぼく、コンラードくんのお兄ちゃんなんですよ」


 コンラードくんの世話をするヨアキムくんは誇らしげだった。

 おやつの時間が近くなるとエディトちゃんもお昼寝から起きて来る。目を擦りながらマンドラゴラのダーちゃんとブーちゃんを連れてベッドから出て来たエディトちゃんに、ファンヌが駆け寄った。


「お手洗いに行きましょう」

「ふぁーたんと、いく」

「ダーちゃんとブーちゃんには待っててもらってね」

「だーたん、ぶーたん、ちょっちまってて」


 手を引かれてお手洗いに行ったエディトちゃんは漏らすことなく着替えも必要なかった。手を洗って出て来たエディトちゃんはファンヌに「お手手をふくのよ」と教えられて大人しくお手手をタオルで拭いていた。

 戻って来たエディトちゃんに水分補給に冷えたフルーツティーをグラスに注いで渡す。ファンヌとヨアキムくんが小さい頃に使っていたビョルンさんから貰った赤い小ぶりのカットグラスは、今はエディトちゃんにお譲りされていた。

 きゅーっと一気に飲み干して「ぷはっ」と息を吐いたエディトちゃんは喉が渇いていたのだろう。外の木々も萎れるくらいに暑いのだ。部屋の中は涼しい風の吹く魔術がかけられているとはいえ、汗をかかないわけではない。


「うー、うー」

「こーたん、おなかちーたって」

「エディトちゃんもおなかが空いたの?」

「わたくちも、おなかちーた」


 そろそろおやつの時間なので私がコンラードくんを抱っこして、ファンヌとヨアキムくんがエディトちゃんを間に挟んで手を繋いでリビングまで歩いて行った。途中の廊下で帰って来たお兄ちゃんと鉢合わせする。


「今日はコンラードくんはイデオンがお世話してるの?」

「リーサさんが結婚式の採寸中なんだ」

「そうか。リーサさんの花嫁姿綺麗だろうね」


 思い出すのはカミラ先生のウエディングドレスだった。カミラ先生はとても美しいひとなのだが結婚式の日は息を飲むほどに素晴らしく美しくて幼いながらに驚いた記憶がある。

 細身の体によく合うドレスを着ていたカミラ先生。リーサさんのウエディングドレスはどんな形なのだろう。


「わたくし、ヨアキムくんとおそろいのドレスでけっこんしたいなぁ」

「ヨアキムくんはドレスは着ないんじゃないのかな」

「それだったら、わたくしがズボンをはきます」


 ドレスじゃない結婚式を見たことはないけれど、ファンヌが望むのならばズボンでも構わないと私は思う。ファンヌが大きくなる頃にはドレスは女性、タキシードは男性なんていうのも古臭くなっているのかもしれない。


「長引いてしまいました。すみませんでした」

「コンラードくんもエディトちゃんも良い子でしたよ」

「ぼくの妹と弟だから、ぼくがお世話します」

「エディトちゃんもコンラードくんもいい子ですばらしかったわ」

「わたくち、すばらち!」


 私も小さい頃にお兄ちゃんに素晴らしいと褒められた記憶があった。そんなに上手にお誕生日の挨拶が言えたわけでなかったのに3歳の私をお兄ちゃんは手放しで褒めてくれた。そのことが私の存在を認められているようで嬉しくて堪らなかったのを覚えている。

 ファンヌとヨアキムくんがお姉ちゃんとお兄ちゃんという立場になって、滑らかに誉め言葉が口から出て来るのも二人がたくさん褒められて認められて育ったからに違いなかった。

 最初はリーサさんが、そのうちにお兄ちゃんが加わって、私とファンヌを褒めて育ててくれた。カミラ先生が来て、ヨアキムくんも加わって、ビョルンさんもみんな私たちを認めて話を聞いて大事にしてくれていた。

 そのことを今更ながらに有難く思う。

 それを今度はエディトちゃんやコンラードくんに私は返せるようになっているだろうか。

 私が生まれたときから育ててくれたリーサさん。16歳という若さで大変なことも足りないこともあっただろうけれど、リーサさんが頑張ってくれなければ今の私はない。


「お兄ちゃん、私、リーサさんにお礼をしたいんだけど、何が良いかな?」


 おやつの時間が終わって部屋に帰ってからお兄ちゃんに相談すると、髪をくしゃくしゃと撫でられた。伸ばしているわけではないが切っていない髪は横で括っているが肩を超えるくらい長くなっている。短くするとふわふわになって丸まってしまうので長く伸ばしておきたいのだ。


「今日みたいにリーサさんが困ったときに助けるのじゃダメなのかな?」

「そんなことで良いの?」

「リーサさんにも赤ちゃんができるかもしれない。そのときには、コンラードやエディトのお世話はできなくなるよ」


 そういうときにはカミラ先生は新しい乳母を雇うのだろうが、新しい乳母ではコンラードくんやエディトちゃんが最初は慣れないかもしれない。そういうときに側にいてあげること、それがリーサさんのためになるとお兄ちゃんは言ってくれた。


「物を上げるだけがお礼じゃないと思う。特にリーサさんみたいに産まれたときからお世話になっているひとにはね」

「どういうこと?」

「イデオンが成長したところを見せるのが一番嬉しいかもしれないってことだよ」


 私の成長が嬉しい。

 そんな風にリーサさんが思ってくれているのだったら私も嬉しい。


「これからも積極的にリーサさんのお手伝いをするね!」

「ファンヌとヨアキムくんと一緒にね」


 お兄ちゃんはやっぱりよく物を見て考えている。

 リーサさんへの恩返しは始まったばかりだった。 


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