17.夏休みの課題と過ごし方
夏休みが始まった。
ヨアキムくんとファンヌにとっては二度目の幼年学校の夏休みだ。配られた宿題を持ってヨアキムくんとファンヌは私とお兄ちゃんの部屋を訪ねて来ていた。
研究課程も夏休みに入っているのだがお兄ちゃんは研修や実習で夏休みも登校していることが多い。珍しくその日は休みだったので、二人とも机について宿題と課題をやっていたところだった。
「イデオン兄様、オリヴェル兄様、いいですか?」
「兄様、教えてほしいところがあるの」
二人とも出された大量の夏休みの宿題で分からないところがあったようだ。一年生のときの宿題は日記や簡単な計算や作文くらいだったが、二年生になると宿題の難易度も上がって来る。
「良いよ、お兄ちゃんは?」
「僕も大丈夫だよ。ヨアキムくん、ファンヌ、何を聞きたいの?」
二人が差し出したのは夏休みの自由研究と観察日記の二つだった。
「作文もけいさんも国語のしゅくだいもぜんぶできそうなんですけど、自由けんきゅうになにをすればいいか分からなくて」
「それに、かんさつ日記は何をかんさつするか決まらないのよ。リンゴちゃんじゃダメなんでしょう?」
「リンゴちゃんはダメかなぁ」
リンゴちゃんは規格外のウサギだから観察の対象にはならないと答えるとファンヌはニンジンのポシェットから人参マンドラゴラを取り出した。
「ニンジンさんじゃだめかしら?」
「その人参マンドラゴラも、ちょっと規格外かな」
ファンヌが3歳のときから一緒にいる人参マンドラゴラはもう土から離れて四年目になる。そんな希少なマンドラゴラの観察日記を提出されても先生は採点に困ってしまうだろう。
お兄ちゃんに言われてファンヌは大人しく人参マンドラゴラをポシェットに納めた。
「自由けんきゅうはまものをつかまえてクッキングとか、だめかしら」
「ファンヌちゃん、それはいいね」
「いやいやいやいや、そういう血生臭いのはやめてくれる?」
思わず突っ込みを入れてしまった。
魔物のクッキングも先生はどう受け取って良いのか困ってしまうに違いない。
「それなら、なにをすればいいんですか?」
幼年学校の二年生らしい自由研究と観察日記。
ヨアキムくんに問いかけられて私は自分が二年生の頃を思い出していた。
「あの年はハチドリイチゴを育てたんだったよね。観察日記はハチドリイチゴで、自由研究は養蜂家さんのお仕事にしたよ、私は」
「今年はハチドリイチゴも向日葵だちょうも育ててませんからね」
「そうだね……どうしたらいいんだろう」
困る私に助け舟を出してくれるのはいつもお兄ちゃんだった。
「今年は清め草を栽培してるよね。観察日記は清め草にして、自由研究は清め草で聖水を作るのをビョルンさんに教えてもらったらどうだろう。僕も知りたいから一緒に研究させてくれる?」
「私も聖水の作り方は知りたいな」
フーゴさんがお屋敷にいたときにまだ育ち切っていない清め草の若葉で聖水を作ってもらったけれど、そのときは余裕がなくて作り方まではきちんと聞けなかった。お兄ちゃんも私も興味があることを知れば、ファンヌもヨアキムくんも清め草と聖水の作り方に関心を持ったようだった。
「明日から、清め草のお世話はぼくたちにさせてください」
「わたくし、虫も平気なのよ」
「イデオン兄様、オリヴェル兄様、ありがとうございます」
「ありがとうなのよ」
宿題で扱う題材が決まって二人は私とお兄ちゃんにお礼を言って部屋に戻って行った。
自分の宿題は自分で考えてやっていたけれど、迷ったときにはこういう風に聞きに行けば良かったのかもしれない。宿題で困ったことがない私にとってはヨアキムくんやファンヌのように聞くのは出来上がった後に間違っていないか見直してもらうくらいで、最初から相談したことはないと気付いた。
そのことにお兄ちゃんも気付いたようだった。
「イデオンは宿題、困ってないの?」
「お兄ちゃんが見直しをしてくれるから、それ以外は困ったことないなぁ」
試験で一番になれないのは私がうっかりとして解答欄を一つずらしてしまったり、問題を読み違えて答えが間違っていたりしてしまうのだが、お兄ちゃんに見なおしてもらっているので宿題ではそういうケアレスミスはなくなっていた。
それだけでもありがたいのに、お兄ちゃんにこれ以上聞くことがあるのだろうか。
「僕は勉強を習う相手もいなかったからなぁ」
ぽつりと零れた言葉に私は胸が苦しくなる。
3歳で父親のレイフ様、5歳で母親のアンネリ様を失ったお兄ちゃんは幼年学校でも魔術学校でも、私の両親が追い出されてカミラ先生が当主代理になるまでずっと友達もおらず一人だった。勉強を習う相手もいなかったのだ。
カミラ先生が当主代理になってからはビョルンさんなどに聞けているようだが、それでも基本的にお兄ちゃんは書庫で自分で調べるのが勉強スタイルになっていた。お兄ちゃんを見習って私も書庫で調べるのだが、そういうときにはお兄ちゃんもついてきてくれるので私はかなり恵まれている方なのだろう。
「ファンヌやヨアキムくんやエディトちゃんやコンラードくんがそうならないように、私、頑張る」
「イデオンは良いお兄ちゃんだよ」
「お兄ちゃんを見習って良いお兄ちゃんになりたいんだけど、なれてるかなぁ?」
エディトちゃんに向き合うときも、ヨアキムくんに向き合うときも、ファンヌに向き合うときも、絶対に馬鹿にしないで話を最後まで聞いて、納得するまで答え続ける。それを目標にしてはいたが答えられないことも多々あって、結局お兄ちゃんを頼ってしまうことがある。
「なれてるよ。イデオンは頑張ってる。よく考えてごらん、僕がイデオンと初めて会ったときより、今のイデオンは小さいんだよ」
言われてみればその通りだった。
背伸びしてお兄ちゃんのようになりたいと憧れてはいるけれど、私は出会ったときのお兄ちゃんよりも幼いのだ。多少失敗しても、お兄ちゃんを頼ってしまっても仕方がないだろう。
「そんなイデオンに相談があるんだけど」
「なにかな?」
「コンラードの1歳の誕生日が近付いてるよね。お誕生日にはコンラードの食べられるケーキを作ってお祝いしない?」
「する! ファンヌとヨアキムくんも誘おう」
「エディトもね」
年上のみんなで作ったケーキをコンラードくんは喜んでくれるだろうか。
まだ小さなコンラードくんには食べられないものもあるから、食べられるものでケーキは作らなければいけない。果物を使うのならば何が良いだろう。シンプルにスポンジケーキにジャムを挟んでもいい。シフォンケーキも悪くない。チーズケーキも。
「アイスクリームケーキは?」
「暑いし、ぴったりだね!」
以前にお兄ちゃんが作ってくれたアイスクリームケーキはみんなとても美味しくて喜んで食べていたし、エディトちゃんは生まれていなかったから食べていない。エディトちゃんにとっても初めてのアイスクリームかもしれない。
冷たくて蕩けるアイスクリームをお兄ちゃんは自分で作るまで食べたことがなかった。それを考えると胸が痛いが、コンラードくんやエディトちゃんには美味しいものをいっぱい食べて欲しいと願わずにいられない。
「みんなで出かけたい場所もあるんだ」
「私、ドラゴンの祠にエディトちゃんを連れて行ってあげたい。きっと喜ぶと思うんだ」
ドラゴンさんにファンヌが興味を持ち始めたのは4歳のときだった気がするが、ファンヌに憧れている様子のエディトちゃんはファンヌが伝説の武器を抜いた場所ならば行きたがるのではないだろうか。
まさか伝説の武器がそんなにゴロゴロ転がっているわけがないし、始祖のドラゴンと違うとはいえドラゴンもそんなにいるわけではない。
同じドラゴンの祠に違うドラゴンが住んでいるわけがないから、エディトちゃんが伝説の武器を手に入れるようなことにはならないだろう。
そのときの私は完全に判断を誤っていたことを後で知るのだった。
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