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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
七章 幼年学校で勉強します! (五年生編)
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11.一日目は過ぎていく

 フーゴさんが嘘を吐いているのか、アシェル家に『闇の魔術師』を名乗って脅したのが別人だったのか、それともフーゴさんの記憶がないのか。

 判断材料が少なすぎる。

 何よりももう日が暮れて窓の外は群青の夕空になっていて、私はお腹が減っていた。


「イデオン、先に食事を済ませてしまおう」

「でも、期限があるんだよ」

「イデオンが倒れてしまったらどうしようもないよ」


 今日は朝からお茶会の準備で憂鬱だった上に忙しくて私は眠くもなっていた。やっと年齢が二桁になったとはいえ、私はまだ10歳なのだ。お腹が空くのも眠いのも我慢ができる限界がある。

 晩ご飯の席に着くとファンヌとヨアキムくんは妙に口数が少なかった。食事が運ばれて来ると静かに「いただきます」を言って黙々と食べ始める。昼食のお茶会でほとんど食べていなくて、フーゴさんの騒動でおやつもなくてお腹がぺこぺこだったのだろう。

 食欲旺盛に食べるファンヌとヨアキムくん、それにおやつがなくてお腹を減らしていたエディトちゃんの姿を見て私も安心して食べ始めた。今日は怖いことだらけだったけれど、家族の姿を見るとほっとする。


「あのひとは結界で出てこられないはずよ」

「肉体が腐らないように部屋も冷たくしてる」


 遅れて食事の席にやって来たブレンダさんとカスパルさんがフーゴさんのことを教えてくれた。


「アシェル家のひとたちはどうして逃げなかったんだろう」

「逃げられないように呪いがかけられていたのかも」


 お兄ちゃんの疑問に私はヨアキムくんとヨアキムくんの叔父夫婦が握手をしたときのことを思い出した。あの後も馬車の中で気持ちが悪くなるような感覚がしていたが、あれは呪いだったのではないだろうか。

 呪われたアシェル家のひとたちはアンデッドで襲わせるという言葉に怯えて神聖魔術の使える私を呼んできた。

 神聖魔術を使えるので今日は泊まり込んでくれるというアントン先生を食後に訪ねてみると、食事を摂った後だった。


「イデオン様とお話ししたかったのです。これをお渡ししようと思って」

「楽譜ですか?」

「以前に教えたものよりも強い神聖魔術が使えます」


 待機してくれているフーゴさんの隣りの部屋で、アントン先生は小声でその歌の旋律を歌って教えてくれた。結構難しい旋律だが練習すれば歌えないこともないだろう。


「見張っていなければいけませんので、時間のある時にピアノ室で練習なさってください」

「ありがとうございます。アントン先生にはご迷惑をおかけしてすみません」

「いいえ、ルンダールの領主のお屋敷を守れるのは名誉です。ですがあの男の言う通り私では無理かもしれません」


 アントン先生は神聖魔術が専門ではない。声楽を使った魔術が専門ではあるのだが神聖魔術は齧った程度で才能があるわけではない。才能がなくても多少は使えてしまうところがアントン先生の凄いところなのだが、私のように才能のあるものが歌った方がアントン先生よりも効果があると教えてくれた。


「練習を」

「分かりました」


 アントン先生と会った後にはお兄ちゃんとお風呂に入る。


「新しい楽譜を貰ったよ」

「これから練習するの?」

「眠くなるまではね。お兄ちゃんは明日の研究課程の授業は大丈夫?」

「それどころじゃないから、休ませてもらおうとは思っているけど」


 お風呂から出るとお兄ちゃんは音楽室まで研究過程の課題を持ってついてきてくれた。課題をお兄ちゃんがしている間に私はピアノで音を取りながら新しい楽譜の歌を歌う。

 こういうときにはピアノも一緒に習っていて良かったと思う。おかげで譜読みができるし、ピアノで音取りができる。音を取りながらだとぶつ切りになってしまう旋律を繋げる頃には夜も更けていた。

 欠伸が出て眠くて堪らない私の手を引いてお兄ちゃんが私を部屋に連れて帰ろうとしてくれる。その途中でフーゴさんの部屋の前を通った。

 死んでいる体が腐らないように部屋の温度を下げているというが、それが漏れ出しているのか足元に冷気が這い寄って私はお兄ちゃんに飛び付いてしまった。楽譜が私の手からするりと落ちて扉の下の隙間から部屋の中に入ってしまう。


「お、お兄ちゃん、どうしよう」

「カスパル叔父上とブレンダ叔母上を呼んでくるから、イデオンは入っちゃダメだよ!」


 大急ぎで廊下を走っていくお兄ちゃんの背を見ながら私はぽつんと取り残された。扉が開いてフーゴさんの姿が見える。

 ゆっくりと楽譜を拾って私の方に差し出していた。

 扉を開けることはできたが結界で出られないようで、扉の前で突っ立っている。魔術の冷たい風がフーゴさんの上着を揺らして痛々しい胸の傷を露わにした。


「ひぃっ! うわぁぁぁん!」

『そんなに喜ばれちゃうと、もっとサービスしたくなっちゃうわ』

「い、いやっ! こっち、来ないで!」


 怖くて泣き出してしまった私にフーゴさんは楽譜を差し出したまま動かない。


『大事なものなんじゃないの?』

「ふぎゃ!? こ、来ないで!」

『何もしないわよ。アナタ、アタシの弟子に似てるわ』

「で、弟子?」


 震えながら楽譜を受け取ろうとするとフーゴさんは私の手首を掴んで部屋の中に引きずり込んだ。冷たい手に冷蔵庫のような室内。震えが止まらなくて、私はおしっこを漏らしそうになってしまう。


「ぎゃあああああ! おにいちゃああああん!」

『そんなに泣かなくてもナニもしないわよ。嫌なことは、散々されたもの』


 ぽつりと呟くフーゴさんに逃げ出そうと私はもがくが手首をがっちりと掴まれて逃げ出すことができない。


『師匠は最低の男だった。アタシの布団に毎晩入ってきてアタシを抱いた』

「だ、だく?」

『意味が分からないのね。幸せな子。アタシもアナタより小さくて、意味が分からなくて、痛くて、苦しくて、怖くて、泣き叫ぶしかできなかった。それすらも煩いと口を塞がれたわ』


 どういう状況か分からないがフーゴさんは自分の師匠だった呪術師に毎晩布団に入って来られて、痛くて苦しくて怖くて泣き叫ぶしかできないようなことを強要されていた。私もフーゴさんから逃げられないように大人の力に子どもが敵うわけがない。


『だから、弟子はそんなことは一切せずに可愛がったのよ。大事にしてきた。あの子、怖がりだから一人で泣いてないかしら……』


 虚無のようで恐ろしいフーゴさんの目に、私は初めて優しさのようなものが滲むのを感じた。攫ってきた弟子でもこのひとは大事にしていたのだろう。一緒に暮らすうちに血の繋がりのない相手でも可愛くなることは私とお兄ちゃん、私とヨアキムくんで証明されている。


「イデオン、大丈夫! イデオンに何をした!」

『あぁら、こわぁいお兄様が来ちゃったわ。楽譜を拾ってあげただけよ』


 素早くフーゴさんの手から私を救い出したお兄ちゃんはヒーローのように格好良かった。カスパルさんとブレンダさんが結界の魔術を調べている。


「扉も開けられないようにするわ。危険な目に遭わせてごめんなさい、イデオンくん」

「だ、大丈夫でしたし」


 ものすごく怖かったけれど私は平気だった。お兄ちゃんに抱っこされてそっとお兄ちゃんの耳元に囁く。


「あの……お兄ちゃん、お手洗い……」


 怖すぎておしっこが漏れそうになっている私をお兄ちゃんはカスパルさんとブレンダさんに後を任せてお手洗いに連れて行ってくれた。おかげで私は漏らすようなこともなく10歳のプライドは守られたのだった。

 一日目の夜が更ける。

 残る日数は二日。それを超えてしまうとフーゴさんは自我を失い、アンデッドなのにひとを殺しては呪ってアンデッドを作り出す最悪の魔物になってしまう。

 それだけはどうしても避けたい。


「フーゴさんは弟子を可愛がっていたって言ってたよ」

「可愛がるの方向がどうなんだか分からないけどね」

「一人でどうしてるか心配してた」

「攫ってこられたから従ってるふりをして憎んでいたかもしれない」


 フーゴさんは可愛がっているつもりで、弟子はフーゴさんを憎んでいたとしたら。

 全てが繋がる気がする。

 弟子はきっと『闇の魔術師』の名を一番名乗りやすい位置にいただろう。


「弟子が、フーゴさんを殺した……」

「あり得ない話じゃないね」


 私の予測にお兄ちゃんも頷いてくれたがそれをどう証明するかが一番の問題だった。

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