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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
七章 幼年学校で勉強します! (五年生編)
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9.お喋りなアンデッド

「オリヴェル、イデオンくんとファンヌちゃんとヨアキムくんを馬車から降ろさないでください」

『アタシが用があるのは、その馬車に乗ってる賢いお坊ちゃんなのよ』

「ますます会わせるわけにはいきません」


 声を張り上げるカミラ先生に馬車の窓から覗いているファンヌが菜切り包丁を取り出してうずうずしているのがよく分かる。相手はどう見てもアンデッドだった。


「お、お兄ちゃん、アンデッドって、喋るの?」

「前に見たのも喋ってたけど、あんな風に自我があるのは珍しいかもしれないね」


 怖くてお兄ちゃんの身体にひしとしがみ付いてしまうのは仕方がない。私にとってお化けはこの世で一番怖いものなのだから。

 それにしても、死んでいるのに生前のように喋れるアンデッドというのが気になる。気になるけど怖くて直視できない。


「魔物に大事なルンダール家の子どもを会わせるわけにはいきません」

『時間がないのよ。アタシが自我を保っていられるのは少しだけ。その後には最悪のグールとなってあなたたちを食らい尽くすかもしれない』


 アンデッドの強さは種類によるものではない。ゴーストもグールもゾンビもスケルトンもそれ自体の強さではなくて、媒体となったものの恨みの強さや魔術師としての強さが関係してくるという。

 アンデッドにされた後も自我を持っているような恐ろしい相手が完全に自我を失えば私のような未熟な神聖魔術使いでは祓えない可能性がある。


「お兄ちゃん、怖いよ……」

「イデオン、叔母上が守ってくれるから」

「わたくしも守ります!」

「ファンヌは包丁を仕舞って」


 ひとの形をしているのだから包丁で切ったらどんなことになるか想像するだけでも私は血の気が引く気がする。バラバラになったひとの死体など見たくはない。


「……野放しにするのもルンダール領にとっては危険ですね」

『そうね。自己紹介しといた方がいいみたい。アタシはみんなが「闇の魔術師」と恐れるフーゴよ』

「『闇の魔術師』!?」

『そう。アタシに協力しないまま自我を失わせてしまったら、うっかりとルンダール領の領民を食い散らかすグールになるかもしれないわねぇ』


 「闇の魔術師」フーゴさんの言い分にカミラ先生は少し迷っていたが、フーゴさんを連れ帰ることにしたようだった。


「制限時間はどれくらいなのですか?」

『三日ってところかしら』


 自分が常々狙われていたのをフーゴさんは気付いていた。

 王都からも指名手配されている。


『恨みをかっているし、呪いの名手であるアタシは、呪いの媒体としては最高って分かってたから、自分が殺されたら自我を持ったままアンデッドとして蘇って復讐できるように呪いをかけておいたのよ』


 あっさりと言うがそれがどれだけ壮絶なことなのか私は背中に悪寒が走るほどだった。フーゴさんは心臓を一突きにされて、苦しみ抜いて死んだ挙句、蘇ってグールになっている。

 人間は死んでしまえば二度と生き返ることはできない。フーゴさんももう生きていないし自我を保てるのも三日程度という制約付きだった。


「あなたを殺した相手を捕まえれば、大人しく昇天してくれるのでしょうね?」

『その相手にきっちり復讐したらね』

「……あなたの言う復讐がどれほど陰惨か考えると協力する気にならないのですが」

『アタシを殺した相手よ? 殺されて当然じゃない?』


 カミラ先生との会話を聞くにつれてフーゴさんがどれだけ危ない相手か分かってしまう。これは相手が分かってもその前にフーゴさんを止めなければ、間違いなく相手は物凄く残酷な方法で殺されてしまうだろう。

 ひとを殺したのだから殺されて当然というのがフーゴさんの考えなのかもしれないが、私はそうは思わない。というか、目の前でひとが殺される場面なんて絶対に見たくないし、ファンヌにもヨアキムくんにもエディトちゃんにも見せたくない。

 馬車にフーゴさんが並走してお屋敷に帰って来て、パーティーを完全に壊す気だったから留守番を言い渡されていたカスパルさんとブレンダさんの顔色が変わったのが分かった。


「姉上、何を連れて帰って来たのですか?」

「恐ろしく呪われた気配がします」

「ルンダール領の平和のために仕方がなかったのです」


 胸を刺されて出血しているせいか、もう心臓が動いていなくて血が回っていないせいかフーゴさんの顔は土気色で唇は真っ青だ。生きている人間には到底見えない。それどころか恐ろしい呪いの気配を纏っているので魔物にしかカスパルさんとブレンダさんには見えていないだろう。


「ブレンダ、部屋に結界を張ってください」

『あらぁ、アタシ、信用されてないのね』

「王都で何人もの貴族を呪い殺した相手を信用すると思いますか?」

『部屋から出るなってこと? それなら、条件があるわ』

「なんですか?」

『あの賢いお坊ちゃんと話をさせて』


 ぎゃー!?

 アンデッドのフーゴさんは私をご指名だ。

 光りのない目で見つめられるだけで恐ろしくて震えが止まらなくて丁重にお断りしたかったけれど、フーゴさんが結界の張られた部屋に入らずにルンダール領を歩き回って罪もないひとたちを食い荒らしたらどうすればいいのか。迷っている暇は私にはなかった。


「お、お兄ちゃん、一緒に来てぇ」

「大丈夫だからね、イデオン」


 手を繋いで私はお兄ちゃんと結界の張られた部屋に入った。

 急遽アントン先生が呼ばれて、いつでも神聖魔術の歌が使えるように準備がなされる。


『誰かに依頼をされてアタシはルンダール領に来たはずなのよ』

「はずってことは?」

『覚えてないの。「死」ってそれだけ物凄いショックなんだと思うわ。死ぬ前後の記憶が消えてて、気が付いたら馬車道の近くの林をうろついていたのよね』


 誰かに依頼をされて王都からルンダール領に来たフーゴさんは、それが誰か覚えていなかった。ルンダール領に来てからの記憶もなく、殺された瞬間は当然覚えていなくて、気が付けばアシェル家の近くの馬車の通る道の脇の林をうろついていたという。


「なんの依頼だったか覚えていますか?」

『覚えてないけど分かるわ。「ルンダール家を皆殺しにしろ」、これ以外アタシに頼むことなんてないでしょう?』


 ルンダール領でルンダール家を恨みに思っている家は確かにある。アシェル家はその筆頭ではないだろうか。アシェル家の近くにいて、ちょうどその日に私たちはアシェル家のお茶会に招かれていた。

 出来過ぎたストーリーに私は恐怖よりもこの事件を解決してしまわなければいけないという義務感が勝った。


「な、ナイフを、見せて、ください……」

『そうだったわね。どうぞ』

「ひぎゃ!? 気軽に抜かないで!?」


 上着を捲って胸に刺さっているナイフを抜いたフーゴさんに私は驚いてお兄ちゃんに飛び付いてしまった。怖くて涙が出て来るが、お兄ちゃんは私を抱っこしながら冷静にナイフをハンカチに包んで受け取っていた。


「しばらくこの部屋にいてもらいます。何か欲しいものはありますか?」

『お茶をもらっても、胸の傷から零れそうだわ。暇だから、話し相手が欲しいかしら』

「分かりました」

「えぇ!? お兄ちゃん、このひとと喋りたいひとがいると思うの!?」


 恐ろしいアンデッドだし自我を三日は保てると本人は言っているが、それも本当のことか分からない。そんな恐ろしいフーゴさんの相手をさせられるひとがいるのか。


「カスパル叔父上、ブレンダ叔母上、監視ついでにお願いします」

「良いわよー。死体と喋れるなんて初めてだわ」

「うわー完全に死んでるね」


 いた。

 アンデッドを物珍しく観察して楽しくお喋りできる相手が二人も。しかもカスパルさんは攻撃の魔術に長けているから飛びかかられても安心だし、ブレンダさんは結界の魔術に長けているから逃げ出されることもない。

 完璧な人選に私はお兄ちゃんを尊敬してしまった。


「あのひと、何人ものひとを殺して、罪人の墓を暴いて亡骸を穢してきたひとなんだよね」


 部屋を出てぽつりと私が零した言葉に私を抱っこしたままのお兄ちゃんが私の髪を撫でる。


「そうだよ。協力する義理も助ける義理もない」

「でも、あのひとも殺された……」


 部屋からはカスパルさんとブレンダさんと話すフーゴさんの楽しそうな声が聞こえてくる。自分は殺されて自我が残っているのも残り三日程度などとは思えないくらい明るい声だった。


『この仕事をするしかなかったんですもの。しがない墓守の子どもで、ある日墓を守っていたら呪いのために墓を暴きに来た魔術師に捕まっちゃって……魔術を覚えて稼がないと殺されるだけだった』


 悲惨な幼年期なのに話す声はどこまでも明るい。


「ナイフを調べよう。ナイフから何か出るかもしれない」

「うん、ビョルンさんの力を借りようね」


 どういう生まれであれ、どういう育ちであれ、ひとを殺したことを許すことはできないのだが、私はフーゴさんという人物になぜか同情している自分に気付いていた。

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