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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
七章 幼年学校で勉強します! (五年生編)
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8.お茶会の後に現れた男

 アシェル家に行く間、馬車の中は陰鬱な空気に包まれていた。

 カミラ先生とビョルンさんとエディトちゃんが一台の馬車で、私とお兄ちゃんとファンヌとヨアキムくんが二台目の馬車に乗ったのだが、誰も喋らず時々聞こえるのはため息だけだった。

 エディトちゃんが一緒だったならば少しは無邪気な声も聞こえたのだろうが、ファンヌもヨアキムくんもアシェル家に招かれるということの意味をはっきりと知っていた。

 アシェル家で暮らしていた頃のことはほとんど覚えていないというヨアキムくん。まだ2歳だったのでそれも当然だろう。

 ルンダール家やベルマン家ほどではないが立派なお屋敷の前で停まった馬車からお兄ちゃんが一番に降りて私に手を貸して下ろしてくれる。10歳なので手を借りなくても降りられるのだが、お兄ちゃんがしてくれるのが嬉しくて私は甘えていた。お兄ちゃんは順番にファンヌもヨアキムくんも降ろしてくれた。


「行きましょうか」


 エディトちゃんと手を繋いだカミラ先生の声に気合を入れて私たちはアシェル家の敷地内に入った。

 ガーデンパーティーの準備がされていて、美しく整えられた春の花の咲く庭にテーブルが出されて軽食やケーキとお茶が振舞われる。


「ようこそいらっしゃいました。今日は楽しんで行ってください」

「どうぞよろしくお願いいたします」


 嬉しそうなヨアキムくんの叔父夫婦と完全に温度差のあるカミラ先生。食べ物も飲み物もこっそりと感知試験紙で調べてから私たちは手に取った。

 アシェル家の子どもたちがヨアキムくんに近付いてくる。


「おとこのこなの?」

「男の子ですよ」

「おとこのこなのにかみがながいよ?」

「ふりふりきてるの、おかしー!」

「おんなのこみたいー!」


 きゃっきゃと笑って囃し立てるアシェル家の子どもたちに肩にフリルのついたサロペットパンツを履いたヨアキムくんは興味なさそうにファンヌの元に帰って行った。


「あのこ、おんなのこなんじゃない?」

「ぜんぜん、おとこらしくないよね」


 勝手なことを言う子どもたちに私はヨアキムくんがその子たちの両親を言い負かした場面を見せてやりたかった。あんなに凛々しく理論的に話せたヨアキムくんを馬鹿にされたくない。


「ヨアキムくん」

「イデオンにいさま、気にしないで。見えているものでしかはんだんできない、かわいそうな子たちなんです」


 慰めようと私がヨアキムくんに近寄るとヨアキムくんは冷たく言い捨ててから私の顔を見てにっこりと微笑んだ。


「イデオンにいさまやオリヴェルにいさま、ファンヌちゃんやエディトちゃん、父上や母上が分かっていればいいことですから」

「ヨアキムくんったら、立派になって」


 あまりのことに私はヨアキムくんを抱き締めてしまった。

 2歳で拙く喋って泣いていた小さなヨアキムくん。育っていく中でもファンヌの後ろに隠れていることが多くて、ファンヌと一緒でないと心配だった。それが今はしっかりと自分の意志を持って発言している。

 ヨアキムくんの成長に感動していると、ヨアキムくんの叔父夫婦が近付いてくる。警戒して視線を巡らせれば素早くカミラ先生とビョルンさんが傍に来てくれた。


「ルンダール家で幸せに暮らしているようで安心しました」

「仲直りの握手をしましょう」


 差し出された手を握るのを躊躇うヨアキムくんだが、カミラ先生を見て、ビョルンさんを見て、恐る恐る手を出した。叔父と叔母に代わる代わる手を握られるヨアキムくん。

 ぞわっと嫌な空気を感じたのは私だけではなかった。

 何か物凄く嫌な感じがする。

 それが何か分からないのだけれど、ヨアキムくんの叔父夫婦から放たれる気配に私は怯えてしまっていた。


「イデオン、どうしたの?」


 エディトちゃんの食べるものを調べて配膳をしていたお兄ちゃんに呼ばれて、ヨアキムくんの叔父夫婦がヨアキムくんから離れて行ったのを見届けて私はお兄ちゃんの方に歩いて行った。震えているせいか足取りがおぼつかずによろけてこけてしまいそうになる。

 手を伸ばして転びそうになった私を受け止めてくれたお兄ちゃんがしっかりと抱き締めてくれる。


「嫌な感じがしたんだ」

「どんな感じ?」

「王都でスイカ猫からゴーストが出て来たような」

「呪い!?」


 カミラ先生とビョルンさんがヨアキムくんの叔父夫婦の相手をしてくれている間に、戻って来たヨアキムくんとファンヌと椅子に座ってケーキを食べ始めたエディトちゃんと私とお兄ちゃんで話し出す。


「アシェル家を調べたんだけど、有名な呪いの家系だったんだ」

「えぇ!?」

「ヨアキムくんが呪いをかけられていても誰も口出しできなかったのはそのせいらしい」


 アシェル家というのは代々呪いの魔術を守る家系で、禁呪の書かれた本を封印しているのだという。


「建前的には使わないで封印しているはずなんだけど、実際には使っているっていう報告も上がってる」


 私たちとヨアキムくんが出会ったときにはヨアキムくんは2歳で、初めてのパーティーでお披露目のようなものだった。当時の私が分かるくらいなのだからヨアキムくんが物凄い呪いを小さな体に蓄積していたことは他の貴族たちにも一目で分かっただろう。

 エディトちゃんのお披露目の場でヨアキムくんの乳母さんを殺したのはヨアキムくんだと吹き込んだ貴族も、アシェル家の事情をよく知っていた可能性が高い。


「叔母上はオースルンド領から来ているから知らなかったみたいだけど、ビョルンさんは知っていて、僕に教えてくれた」

「父上はアシェル家のひみつを知っていたんですね?」

「貴族の中では公然の秘密みたいになってるんだって」


 ビョルンさんもルンダール領ではルンダール家に次ぐ大貴族の家系だ。貴族社会の闇を見て平民の街医者になったが、カミラ先生と結婚したことによって貴族社会に舞い戻って来ていた。


「昔聞いただけだったからただの噂だろうと思っていたけど、ヨアキムくんにアシェル家が執着するのを見て噂ではないのではないかって思ったんだって」

「どうしてですか?」

「ヨアキムくんには呪いの才能があるからね」

「あ……」


 呪いを幼い頃にその身に蓄積したヨアキムくんは自分の意志で呪いを展開させることができた。それをアシェル家は求めていたのかもしれない。


「呪いを解析して、自分の子どもたちにも使えるようにしようと考えたってことか」

「その可能性はあり得ないわけじゃない」


 恐ろしい企みを口に出すとお兄ちゃんが同意してくれて、ヨアキムくんの表情が厳しいものになる。


「自分の子どもを、ぼくと同じ目にあわせるってことですか……しんじられない」

「ヨアキムくんの魔力を解析すればもっと簡単に継承させることができるかもしれない。そう安易に考えたんじゃないかな」

「もっとさいていです」


 怒りに燃えるヨアキムくんをファンヌが肩を抱いて引き寄せる。


「ヨアキムくんはどこにもやりません。わたくしの大事なこんやくしゃですもの」

「ファンヌちゃん、ありがとう」

「よーたん、わたくちのにぃに!」

「エディトちゃん、ありがとう」


 女の子二人に言われてヨアキムくんも少し落ち着いたようだった。

 不快でしかないお茶会が終わりに近付いた頃、ヨアキムくんの叔父夫婦はしきりに時間を気にしていた。何が起きるのか分からないのでさっさと帰りたいのだが、帰り支度を始める私たちを引き留めようとする。


「もう少しだけよろしいではありませんか?」

「話は終わりましたので帰らせていただきます」

「私たちには仕事がありますので」


 引き留めようとするヨアキムくんの叔父夫婦を突き放してカミラ先生とビョルンさんはエディトちゃんを連れて馬車に乗った。二台目に来た馬車に私とお兄ちゃんとファンヌとヨアキムくんも乗る。

 警戒していたのでお兄ちゃんがきっちりと調べたものだけを目の前に並べたエディトちゃん以外は、食事にもお茶にもほとんど手を付けなかった。それなのに不思議とお腹は空いていない。

 それどころか寒気がしてくる。


「ヨアキムくん、顔色が悪いよ?」

「イデオンにいさまもかおいろが悪いです」

「二人ともなにかわるいものでも食べたのかしら?」


 心配するファンヌがヨアキムくんの顔を覗き込んで、お兄ちゃんが御者さんに速度を落としてくれるようにお願いをしたところで馬車を追いかけて来る気配に気づいた。

 窓から覗くと筋骨隆々とした中年男性が物凄い勢いで走って来る。


「だ、誰!?」

「知らないけど、襲撃者!?」

「肉体強化の魔術を使ってるのかな!?」


 その人物が馬車に追い付いて後ろにしがみ付いたのに気付いて、先に行っていたカミラ先生たちを乗せた馬車が停まった。


「何事ですか!?」


 馬車を降りて来たカミラ先生に中年男性はにぃっと口の両端を上げて笑った。声が明らかに空気を介していない不自然な響きがする。


『アタシを殺した人物を、探してくれないかしら?』


 上着を捲った下のシャツは血が固まって茶色くなっていたが、胸の真ん中にナイフが刺さっていた。


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