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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
七章 幼年学校で勉強します! (五年生編)
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7.仲直りのお茶会のお誘い

 仲直りをしたいとアシェル家からお茶会へのお誘いが来たのをヨアキムくんもカミラ先生もビョルンさんも心の底から嫌そうに手紙を閉じて見なかったことにしたい雰囲気だった。子ども部屋のテーブルの上に手紙を置いて、ビョルンさんがエディトちゃんを膝に抱っこして、ヨアキムくんが椅子に座って、カミラ先生がコンラードくんを抱っこしながら椅子に座って同じように溜息を吐いている。

 あれだけ言われて悔しい思いをしただろうに、表面上だけでも仲直りをしなければいけない貴族というのは本当に面倒くさい。

 テーブルの上の手紙がみんなを困らせているのだと理解したエディトちゃんが、掴んでそれを投げ捨てた。


「ないない! もう、わたくちが、ないないちた!」

「わたくし、これをどうすればいいか分かりましたわ!」


 床に落ちた手紙を拾ってファンヌが折り紙を始める。作ったのは飛行型の鳥の折り紙で、それを飛ばして遊び始めた。飛んでいくお手紙にコンラードくんが興奮して声を上げて、エディトちゃんがビョルンさんの膝から飛び降りて折り紙を追いかける。


「おっ! おぉ!」

「とりたん! ぴゅー!」


 無邪気に遊んでいるファンヌとエディトちゃんと、それを楽しそうに見ているコンラードくん。この三人とカミラ先生とビョルンさんとヨアキムくんの周囲は空気の重さが全く違った。


「ふざけるな! ってお断りしてもいいのではないでしょうか?」

「そうしたいところですが、体面というものがありましてね」

「じゃあ、みんなで押しかけましょう! ファンヌとエディトちゃんがいれば場が明るくなりますし」


 私の提案に名前を呼ばれたファンヌとエディトちゃんが立ち止まって振り向いている。何度も投げられた鳥の折り紙になった手紙は、既にぐしゃぐしゃになっていた。


「パーティークラッシングだ!」


 楽しそうに言い出すカスパルさんにブレンダさんも目を輝かせる。


「良いわね。どうしてやろうかしら」


 この双子は悪戯を考え出すと止まらない気がする。


「カスパル、ブレンダ、面倒は起こさないでください」

「僕もヨアキムくんの叔父さんだよ?」

「私だって叔母さんよ? ヨアキムくんのために何かさせてよ」


 お茶会をぶち壊しにするようなことをすれば、またアシェル家は騒ぎ出すだけだろう。行きたくないけれどみんなで行って差しさわりのないことでも話して、仲直りをしたふりをすればもうアシェル家の夫婦はヨアキムくんのことは何も言ってこないかもしれない。

 そう考えた私が甘かった。それでも10歳の私に考え付く外交手段なんて、日和見になること以外なかった。

 遅れて研究課程から帰って来たお兄ちゃんは折り紙にされてぐしゃぐしゃになった手紙を丁寧に広げて読んで、深くため息を吐いた。


「アシェル家はまだ諦めていないんですか?」

「裁判所への訴えは取り下げると言っています。このお茶会に来るのであれば」


 裁判になってもルンダール家にもオースルンド家にも何も非はないので勝てるに決まっているのだが、ただでさえ忙しいカミラ先生やビョルンさんが王都に何度も呼び出されることになる。ヨアキムくんも出廷しないといけないかもしれない。その手間を考えるとこの辺りで手を打っておいた方が良いのではないかと思わなくもなかった。


「オリヴェル、研究課程が忙しいのに申し訳ないのですが、空いている日がありますか?」

「ヨアキムくんのためです。空けますよ」

「オリヴェルにいさま、ありがとうございます」

「ヨアキムくんのせいじゃないからね。全部向こうが悪いんだからね」


 申し訳なさそうなヨアキムくんの髪をお兄ちゃんはくしゃくしゃと撫でた。

 夕食を食べてお風呂に入ってお布団に入る前にお兄ちゃんが額にお休みのキスをしてくれる。


「お兄ちゃん、お休みなさい」

「お休み、イデオン」


 研究課程の課題があるのでもう少し起きているつもりのお兄ちゃんにお休みを言って布団に入ろうとしたところで、扉が開いてぼわっと光りが漏れて来た。


「お、お化け!? びゃー!?」

「イデオンにいさま」

「にいさま、わたくしよ、ファンヌとヨアキムくんよ」


 ランタンの光がランナルくんのスイカ猫に憑りついていたゴーストの青白い炎を思い出させて驚いて飛び上がってしまった私だったが、その正体は可愛い私の妹と弟のような存在だった。

 二人とも話があってランタンを持って私とお兄ちゃんの部屋にやってきたようだ。


「イデオンにいさま、オリヴェルにいさまにキスされてました」

「え? ヨアキムくんもファンヌも……そういえばされてるのを見たことがない」

「わたくしにはしませんわ。カミラ先生はキスはだいじなことだから大きくなってからしなさいっておしえてくれたの」


 あれはヨアキムくんが2歳でファンヌが3歳のときのことだ。ヨアキムくんをどこかにやるんじゃないかと心配したファンヌがヨアキムくんの頬にキスをして、自分がどれだけヨアキムくんが好きかを話したことがある。見ていたカミラ先生は大急ぎで止めたけれど、私とお兄ちゃんのお休みのキスはそれとはちょっと違う気がする。


「これはただのお休みのキスだよ」

「わたくし、ヨアキムくんにしてもいいのかしら?」

「そ、それはカミラ先生に聞いてみないと」


 そういうことを決められる立場に私はない。お兄ちゃんは大人なのでお休みのキスをしていいか判断ができるけれど、もっと年下の頃からお兄ちゃんは私にお休みのキスをしてくれていた。

 どうして私だけなのかは分からないけれど、特別な気がしてこれを譲りたいとは思わなかった。


「それより、お話があって来たんじゃないの?」

「そうなんです。おちゃかいのことですが、ぼくのせいで家族みんなをまきこんでしまって……」

「誰もヨアキムくんのせいだなんて思ってないよ」

「ぼくとファンヌちゃんとイデオンにいさまとオリヴェルにいさまだけで行くのはだめでしょうか?」


 カミラ先生もビョルンさんも忙しいことをヨアキムくんはよく知っていた。その上で二人の負担にならないように考えて来たのだろう。


「ヨアキムくんの優しさは分かるんだけど、それはダメだよ」

「父上も母上もまきこみたくないんです」

「巻き込んで良いんじゃないかな?」

「え?」

「だって、ヨアキムくんだけ矢面に立たせて守れなかったら、叔母上とビョルンさんはヨアキムくんのお母さんとお父さんになったのに悔しいんじゃないかな」


 甘えても良いのだとお兄ちゃんは穏やかにヨアキムくんを諭していた。私も同感だ。こういうときにこそ両親になったカミラ先生とビョルンさんに甘えないのならば養子になった意味がない。何よりカミラ先生とビョルンさんはそんなに薄情なひとたちじゃない。


「わたくし、ほうちょうがあるから、平気なのよ?」

「ファンヌは包丁で解決しようとしないでね。私もまな板があるけど」


 口に出してから私ははっと息を飲んだ。

 伝説の武器である菜切り包丁やまな板はアンデッド系の魔物に対しても有効なのだろうか。

 それが分かれば私がお化けが怖いのが少しはマシになる気がする。


「お兄ちゃん、アンデッド系の魔物に伝説の武器は効くのかな?」

「アシェル家がアンデッドを憑りつかせると思ってるの?」


 単純な思い付きだったがお兄ちゃんの問いかけでぞわりと私の背筋が寒くなった。あり得ない話じゃない。闇の呪術師は国中を逃げ回っていて、依頼のあるところに現れてアンデッド系の魔物を産み出して消えていく。

 ルンダール家とオースルンド家に恨みを持ってアシェル家が仕掛けるとすれば、お茶会は絶好の機会だろう。


「仲直りのお茶会でそんな騒ぎを起こしたら、アシェル家は終わりじゃない?」

「そうだよね……アンデッドなんて使わないよね」


 お兄ちゃんに言われて私は素直に納得する。仲直りのお茶会でアンデッド系の魔物など使ったことが知れたら、呪い自体が禁呪となっているし、ルンダール領の当主一家を殺害しようとしたという罪に問われる。

 あの夫婦も相当迂闊だとは思うがさすがにそこまで墓穴は掘らないだろう。


「ヨアキムくん、大丈夫だからね」

「イデオンにいさまも、だいじょうぶですからね」


 お化けに関しては私がものすごく怖がっているのは分かっているので、ヨアキムくんの方からも大丈夫だと言われてしまう。

 謀略の渦巻く貴族社会の仲直りのお茶会。

 行きたくはないのだが、行かないわけにはいかなかった。

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