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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
七章 幼年学校で勉強します! (五年生編)
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2.アンデッドと神聖魔術

 ベビーベッドの柵に掴まってコンラードくんが掴まり立ちをするようになった。ファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんが歌ってあげると楽しそうにそのままの状態で膝を曲げ伸ばししてリズムに乗っている。

 私も歌いたいのだがマンドラゴラが来てしまう恐れがあったので我慢していた。

 今年はまだ実験用の畑に植えるものを決めていない。お兄ちゃんには何か考えがあるようだった。


「聖水を作るときに使われる(きよ)め草を育てられないかと思っているんだけど」

「清め草?」

「アンデッドに効果があるんだよ。それに呪いを払う能力もある」


 結界で守られているのでルンダール領自体はそれほど魔物に困らされていないが、アンデッドの取り付いた魔術具を憎い相手に渡して呪い殺すという事件が何件か起きているのだとお兄ちゃんは話してくれた。


「国王陛下にも差出人不明の魔術具が届いて、それにアンデッドがとり憑いていた事件が起きて、王都でも警戒されているんだ」

「国王陛下にも!?」

「セシーリア殿下にも同じものが送られていて、差出人はまだ分かってない」


 差出人は分かっていないけれど、アンデッドを作る邪法というのがあることをそのときの私は初めて知った。


「媒体は死刑になった罪人や牢獄で命を落とした罪人など、世間に恨みを持つものの遺体。それを元にゴーストを作り出す邪法がある」

「お、お化けー!?」


 思わず悲鳴を上げてお兄ちゃんに飛び付いてしまった私に、ファンヌとヨアキムくんがエディトちゃんを抱き締める。


「お化け!? どこにいますの? わたくしのほうちょうでやっつけますわ!」

「エディトちゃん、ぼくがいるからね」

「わたくち、おばけ、たおつ!」


 私の叫び声にすっかり三人はこの場にお化けがいると勘違いしてしまったようだ。ついでに叫び声に驚いて尻もちをついてしまったコンラードくんは、スイカ猫のスーちゃんにすりすりされて宥められている。


「ここにいるわけじゃないよ。お化けを作り出す恐ろしい邪法を誰かが使っているって話をしていただけで」

「じゃほう? じゃほう、なぁに?」

「邪法って言うのは、禁止された魔術のことだよ。ずっと昔に魔術師に禁忌がなかった頃に作られた魔術の中でも、ひとに害をなしたり、呪いをかけたりする魔術は今は法律で禁止されているんだ」

「ほうりちゅ、なぁに?」

「代々の国王陛下の定めた国民を守るための決まりだよ」

「こくおーへーか、なぁに?」

「この国で一番偉い方。国の指針をお決めになる方なんだ。ヨアキムくんを養子にすることを了承してくださったのも国王陛下だよ」


 聞きたいことがたくさんある時期に入っているエディトちゃんの「なぜ」「なに」にお兄ちゃんは一つ一つ丁寧に答えていく。こうやって色んなことを誤魔化されずに教えてもらって来たから私も賢いと言われるようにまで育てたのだ。

 お兄ちゃんとエディトちゃんのやり取りを見て私もこんな風になりたいと強く思う。

 それにしてもお化けは怖い。出てきたらきっと私は泣いてしまう。


「ゴースト系のアンデッドは魔術か聖水でしか対処できないから、聖水の元になる清め草は役に立つと思うんだ」

「清め草を使えば、アンデッドを払えるの?」

「完全に払うには神聖魔術が必要だけど、遠ざけることはできるよ」


 清め草で作った聖水でもアンデッドは倒すことができない。最終的には魔術で昇華させるしかないのだが、その魔術を使えるのは非常に稀なひとたちだと言うのだ。


「神聖魔術は特定の訓練を受けた魔術師しか使えないからね」


 一般的な魔術学校の授業では知識として神聖魔術を習っても実践はしないのだという。神聖魔術を使えるにはその才能がなければできないからだ。

 話を聞けば聞くほどゴーストは私では倒せない恐ろしいもののようで震えてしまう。半泣きになっている私をお兄ちゃんは抱き締めてくれて、ファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんが口々に言う。


「わたくし、にいさまを守ります!」

「ぼくも、のろい、使います!」

「わたくちも、えいっ! すゆ!」


 物理的な攻撃や魔術が効かないから恐ろしいのだし、それ以前にゴーストは死を思わせるのが怖くて堪らなかった。人間はいつか必ず死ぬ。そんなことは分かっているのだが私は「死」が怖くて堪らない。

 死んだ先になにがあるのか私は知らない。死んだら誰も生き返れないのだから死んだらどうなるかなんて知るはずがない。死んでしまったらお兄ちゃんとも会えなくなるし、可愛いファンヌやヨアキムくんやエディトちゃんやコンラードくん、大好きなカミラ先生やビョルンさんやカスパルさんやブレンダさんたち、家族とも二度と会えなくなってしまう。

 闇雲に「死」の気配を怖がる私は幼いまだ10歳の子どもだった。


「イデオン、怖がらせてごめんね」

「お兄ちゃんが悪いわけじゃないもの」


 涙目で私は呼ばれて音楽室に向かった。

 最初の頃は興味津々で一緒にレッスンを受けていたファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんだったが、最近は飽きたのかときどきしか声楽のレッスンに混ざらない。レッスンを受けなければいけないのは私なので構わないのだが、アントン先生はちょっと寂しそうだった。


「今日はファンヌ様とヨアキム様とエディト様は参加しないのですね」

「コンラードくんと遊びたいみたいです」

「そういう年頃ですもんね。では、始めましょうか」


 まずは発声練習でピアノに合わせて低い音から高い音までを「ららら」で歌っていく。


「喉の奥を開くようにイメージして」


 これが中々難しくて上手に声が出ない。


「欠伸をするような感じで」


 言葉を探して教えてくれるアントン先生に、少しずつだが発声の仕方を覚えて来る。

 発声練習が終わるとアントン先生が新しい曲の譜面をくれた。

 最初にアントン先生が曲を弾いて歌ってくれる。

 今までに聞いたことのないような旋律に私は譜面に書かれている歌詞をよく読んでみた。

 創世の始祖のドラゴンを崇める歌のようだ。


「これは?」

「イデオン様に新しい挑戦をしていただこうと思いまして」

「どういうことですか?」

「神聖魔術をご存じですか?」

「え!? なんで、それを!?」


 一番興味のある分野について話をされて私はアントン先生が子ども部屋での話を聞いていたのではないかと驚いてしまった。しかしそれは全くの偶然のようだった。


「最近、王都でアンデッド系の魔物を使った事件が起きています。セシーリア殿下と婚約されているイデオン様には必要な曲かもしれないと思い、こちらの譜面を用意しました」

「私に神聖魔術が使えるということですか?」

「歌を聞いた限り、カミラ様は使役の能力と仰っていましたが、イデオン様の能力は『祈り』に近い感覚がしたのです」


 歌に関する魔術の専門家ではないカミラ先生は私の歌がマンドラゴラを使役するのだと教えてくれた。けれど歌の魔術の専門家であるアントン先生が聞いたところ私の歌は『祈り』に近いのだという。


「マンドラゴラたちも使役されているのではなく、助けを求める祈りに応えている形だと私は判断しました」


 神聖魔術の才能を持つ魔術師は非常に稀だという話をさっきお兄ちゃんに聞いたばかりだった。それが私にあるだなんて信じられないけれど、アントン先生がそう言ってくれるのならば練習してみる価値はあるだろう。


「歌わせてください」

「はい、伴奏を弾きますので、ワンフレーズごとに歌って行きましょう」


 一度に全部覚えることはできないが私はその祈りの歌を歌ってみた。自分ではよく分からないが魔術がこもっているのだろうか。


「どうですか、アントン先生?」

「まだ練習中なので完全に魔術を込めるまでには至っていませんが、可能性はあると思います」

「毎日練習します! 今までもしてましたけど」


 私の歌で私が一番怖いアンデッドを昇華できるかもしれない。それを思えば努力する価値はあった。

 歌のレッスンから戻って来た私はお兄ちゃんに一番に報告した。


「私、神聖魔術の才能があるかもしれないってアントン先生に言われたよ!」

「本当に?」

「マンドラゴラも使役されてるんじゃなくて、私の祈りに応えてくれてる可能性があるんだって」


 新しい才能を見つけた私は興奮して嬉しくて堪らなかったのだが、お兄ちゃんの表情は優れなかった。


「神聖魔術の才能のあるものは稀だからセシーリア殿下はイデオンを放さないかもしれない」


 今回のようにアンデッドを憑りつかせた魔術具が送られて来たときに、私はその対処ができるかもしれない。そうなると婚約者としてだけでなく、王都を守る神聖魔術師として私はセシーリア殿下に抜擢されるかもしれない。

 そのことをお兄ちゃんは心配しているようだった。


「大丈夫だと思うよ」


 私自身がルンダール領を離れる気が全くなかったので、そう答えたが、未来は分からないとお兄ちゃんは不安そうだった。

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