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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
七章 幼年学校で勉強します! (五年生編)
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1.アシェル家の言い分

 私は誕生日を迎えて10歳に、エディトちゃんは3歳に、ファンヌは8歳になった春。無事に進級して私は五年生に、ファンヌとヨアキムくんは二年生になった。お兄ちゃんも研究課程の二年生になれたし、ヨアキムくんはオースルンド家の養子になれたし、全てが順調だと思っていた。

 アシェル家は何度も国王陛下に不服を申し立てていて、養子の件を通さないようにしたり、通った後も白紙に戻そうとさせたりしていたようだが、国王陛下がそれを跳ねのけ続けていると遂に言いがかり的なことを言いだしたのだという。


「国王陛下から知らせが来ました。『アシェル家は大事な跡継ぎとなる子どもをオースルンド家に養子にさせられたのだから、相応の金額を払うべきだ』とアシェル家が国の裁判所に訴えているそうです」


 大事な話があるときにはカミラ先生は夕食の前にみんなに話してくれる。まだ乳児のコンラードくんはともかく、エディトちゃんまで含めて全員が家族なので隠しごとは幼い子に伝えられない陰惨なこと以外はなしだった。

 驚いて目を丸くしているヨアキムくんに、ファンヌが憤慨している。


「ヨアキムくんはルンダール家で2さいから育ったのよ! 育ててもいないのになにを言っているのかしら!」

「よーたん、えーの、にぃたま!」


 同じくエディトちゃんも頬っぺたを膨らませていた。

 ファンヌの言う通りヨアキムくんは2歳でルンダール家にやってきた。何も分からない幼子に呪いを蓄積させて触れるものを害するようにさせた両親は牢獄に囚われて、アシェル家に戻しても呪いを抜くことができる保証がなかったのでファンヌの婚約者候補としてずっとルンダール家にいた。


「ヨアキムくんの呪いを恐れて、当初は全く言ってこなかったのに、呪いがある程度抜けたと知れば返せと言って来るのを何度退けたか」

「アシェル家は何年位前からヨアキムくんを返せと言い始めたのですか?」

「去年ですよ。幼年学校に通えるのを確認して、呪いが抜けたのを確信したようです」


 カミラ先生に冷静に問いかけるお兄ちゃん。

 去年と言われて私は顔を顰めるしかなかった。それよりずっと前にヨアキムくんは呪いが抜けていた。名残で呪いを自分の力で使うことはあるが節操なく使わないようにきちんと教育もされている。

 それなのに去年から急に騒ぎ出したアシェル家にヨアキムくんを連れ去られるなど冗談ではなかった。


「裁判所は取り合っていないのですよね?」

「今のところはそうですが、コーレ・ニリアンのように決闘を仕掛けてくるような愚か者でないことを祈ります」

「そうだったら、カミラ先生が倒してしまえるのでは?」

「……私に決闘を仕掛けるのならば良いのですよ」


 苦い表情になったカミラ先生に私は首を傾げる。

 決闘で物事を決めてしまおうというのは乱暴な考えだが、コーレ・ニリアンのときのようなことがないとも限らない。そのときには万全の状態のカミラ先生が倒してくれると私は勝手に思い込んでいた。


「既にオリヴェルは成人年齢を越しています。私はあくまでも当主代理。オリヴェルに決闘を申し込む可能性があります」

「お兄ちゃんに!?」


 攻撃の魔術が得意ではないお兄ちゃんはそうなると不利なのは分かり切っていた。代理を立てるとしてもそのことについてアシェル家が文句を言ってこないとも限らない。


「お兄ちゃんを戦わせちゃいけない」


 決闘を申し込まれる前に私はどうにかしてアシェル家を黙らせることを考えないといけないと策を巡らせていた。

 食事が終わるとお兄ちゃんとお風呂に入る。髪も一人で洗えるようになったけれど、実は私は髪を洗っている間に後ろに気配を感じて振り向くのが怖いときがあったりして5歳の頃に大急ぎで洗っていたために頭が臭かった。


「お兄ちゃん……幽霊っていると思う?」

「幽霊……魔物としてのアンデッドはいるよ」

「ひぇ!? いるの!?」


 髪を流してもらって湯船に浸かった私にお兄ちゃんも洗ってバスタブに入る。湯気の上がるバスタブからざぁっとお湯が零れた。5歳のときには余裕でお兄ちゃんを二人で座っていられたバスタブももう膝がくっ付くようになっている。

 自分の成長は毎年の幼年学校の身体測定で知っていたけれど、バスタブにもう二人で座れなくなるのではないかとちょっと寂しくなってしまう。


「イデオンは幽霊が怖いの?」

「う、うん……おかしいかな? 笑う?」

「笑ったりしないよ。僕は幽霊でもいいから、父と母が出て来てくれたらいいなって思ってるよ」

「お兄ちゃん……」


 照れ臭そうに言うお兄ちゃんの青い瞳には本気の色があった。3歳で亡くしたレイフ様のことも、5歳で亡くしたアンネリ様のこともお兄ちゃんはほとんど覚えていない。それが幽霊でも出て来てくれて会えたら嬉しいなんて。


「アンネリ様とレイフ様なら、私も怖くないな」


 微笑むとお兄ちゃんも穏やかに微笑んでいた。

 パジャマに着替えて私は明日の幼年学校の準備をして、お兄ちゃんは机について宿題をしていた。歯磨きをしに洗面所に行って戻ってくると、私の机の上にランタンが置いてあった。


「お兄ちゃん、これ……」

「前のは洞窟で失くしちゃったでしょう? 幽霊の怖いイデオンにお守り」


 今年はまだお誕生日お祝いをもらっていなかったし、落盤で洞窟の中でランタンを落としてしまって失くしたことは記憶に新しい。新しいランタンは点けると青い花が浮かび上がる意匠が凝らされていた。


「綺麗……お手洗いに行くときも怖くないや」

「やっぱり怖かったんだ。起こして良いのに」

「一人でお手洗いくらいいけるよ」


 怖いけれど一人でお手洗いには行ける。この年で行けないと恥ずかしいのでお兄ちゃんを起こすことができない私。暗闇はどうしても私にとっては怖いものだった。

 臆病な私でもお兄ちゃんは笑わずに寄り添ってくれる。

 翌日にはお兄ちゃんはヨアキムくんとファンヌにもランタンを上げたようだった。朝にパジャマのまま飛び込んできて見せに来た二人に、エディトちゃんが「えーは?」と自分を指さしている。


「エディトにはこれだよ」


 エディトちゃんに渡されたのは筒状の発光する小さなライトだった。持ち手があってそこから先が光るようになっている。


「色の切り替えができるんだ。ピンクと、水色と、薄紫」

「えーのライト!」

「わたくしのランタンは向日葵がうつしだされるのよ!」

「ぼくのは金魚!」


 それぞれに好きなものを選んでくれたお兄ちゃんのセンスに感謝しながら、薬草畑に世話に行く時間なので三人とも慌てて部屋に戻って着替えて来ていた。着替えて外に出るとリンゴちゃんが裏庭で待っている。

 子馬くらいの大きさになったリンゴちゃんは先に雑草を食べる作業を始めていた。


「わるいむち! ふぁーたん、わるいむち!」

「いい虫さんも、わるい虫さんもないのよ。虫さんはいっしょうけんめい生きてるだけなの」

「薬草にわるさをするから、もうしわけないけどくじょしてるだけなんだよ」


 青々と萌える薬草についた芋虫を指さして言うエディトちゃんをファンヌとヨアキムくんが窘めている。

 私が小さい頃に言われたことがそのままファンヌとヨアキムくんからエディトちゃんに伝わっている。あれは在りし日のお兄ちゃんと私の姿だった。


「ファンヌとヨアキムくんが教える方になるなんて」

「大きくなったよね」


 これだけヨアキムくんが成長したのはカミラ先生とビョルンさんが呪いを解く努力をして、私たちにもそうだがヨアキムくんにも分け隔てなく愛情を惜しみなく注ぎ続けてくれたからだ。それを無視してヨアキムくんの魔力が強いからとアシェル家に戻そうとする愚か者や、ヨアキムくんを養子にしたことでアシェル家にお金を払えと言う痴れ者は許せるはずがない。


「エディトちゃん、自分のことは、『わたくし』って言うのよ?」

「わたくち?」

「そうだよ、エディトちゃんすごい! すばらしい」

「わたくち、すばらち!」


 このやり取りもどこかで見たことがある。

 お兄ちゃんが私やファンヌにしてくれたことを、ファンヌやヨアキムくんはエディトちゃんにしっかりと伝えている。それはお兄ちゃんぶりたい、お姉ちゃんぶりたいだけではなくて、貴族として公の場では「わたくし」と言わなければいけないことを小さいうちからオースルンド領の跡継ぎになるかもしれないエディトちゃんに徹底させようという兄心、姉心なのだ。

 私もお兄ちゃんが教えてくれなければ自分のことを「私」という習慣がついていなかっただろう。幼年学校に入学したときには馬鹿にされたけれど、今では自然に自分のことを「私」と言えるのが王都にも行った身としてとてもありがたく思える。

 セシーリア殿下が連れて帰ったノルドヴァルの泣いていた男の子は正しい喋り方すらできていなかった。それを思えば私が受けた教育はお兄ちゃんの愛情だったのだろうとはっきりと分かる。

 お兄ちゃんから私とファンヌに、ファンヌからヨアキムくんに、ファンヌとヨアキムくんからエディトちゃんに引き継がれるもの。それはコンラードくんにも繋がるはずだ。

 それをヨアキムくんの養子の件に横やりを入れて断ち切ろうとするアシェル家の人間を私は許すことはできなかった。

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