24.いつか花咲く
早起きをして薬草畑で身体を動かす。水やりも雑草抜きも害虫駆除も、カミラ先生が来てから、格段に楽になった。肉体強化の魔術を使っているのか、カミラ先生はとても力が強い。大きなバケツに水をなみなみと入れても、軽々と運べた。
バケツに入っている水が多いほど、次に汲まれるのを待たずに如雨露に入れ替えて畝にかけていける。水やりを私とファンヌが、雑草抜きをリーサさんがしてくれて、害虫駆除とバケツの水汲みがカミラ先生の役目だった。
世話が終わると、収穫時期になっている薬草を摘んでいく。
お兄ちゃんに私が教えてもらったように、今度は私がファンヌに教える番だった。
「間違っていたら私が訂正しますから、ファンヌちゃんに教えてみてください。他人に教えるのは、自分が理解しているかを試すいいチャンスです」
「はい。ファンヌ、このやくそうの、いろがうすい、ちいさなはっぱは、しんめだからつんじゃだめなの」
「ちいたい、いろのうちゅいはっぱは、め」
「しんめは、これからのびていくからね。つむのは、そのしたのいろのこい、おおきなはっぱ」
「おっちーはっぱ」
真剣に話を聞いて、ファンヌが小さな手で摘もうとするのに、カミラ先生が言葉を添えてくれる。
「茎が折れないように気を付けてくださいね。茎のぎりぎりで摘むのです」
「くち、おらない」
「一本の薬草で摘み過ぎると枯れてしまいますからね。数枚摘んだら、次の薬草に移ってください」
「にぃたま、すうまいって、なんまい?」
「2、3まいかな?」
次々と指示が来るので、目を回しそうになっているが、ファンヌはどうにか理解して、薬草を収穫して行った。収穫した薬草は、束ねて干して乾かす。
朝ご飯を食べると、場所をカミラ先生の部屋に移動して、カミラ先生が紐で薬草の根元を縛って、天井に張った紐から吊るすのを見せてもらった。
「明日はマンドラゴラの種も植えましょう」
「たねが、あるんですか?」
「持ってきましたよ。アンネリ様がご健在の頃は、オースルンド領はルンダール領からマンドラゴラを仕入れていたものです」
それが今は完全にマンドラゴラが、ルンダール領の中ですら行き渡らない状況になっている。
領民の中には農地を手放さなければ生きていけないものもいるし、この冬を越せないものもいるのではないだろうか。早く領地の立て直しをしなければいけないが、私はまだ5歳で、あまりにも力がなかった。
「イデオンくんと、ファンヌちゃんは、本当のところ、どこまで勉強ができるのですか?」
薬草の処理が終わると、子ども部屋に移動して、椅子に座って教科書を広げるカミラ先生に、私とファンヌは顔を見合わせた。
「むずかしいたんごいがいなら、もじはほとんどよめます」
「じ、ちょっちょ、よめう」
お兄ちゃんにたくさん本を読んでもらっていたので、自然と文字は読めるように覚えてしまった。ファンヌの方は、簡単な単語と私とお兄ちゃんと自分の名前が読めるくらいだった。
「書く方はどうですか?」
「やったことがありません」
「なぁい」
正直に答えると、カミラ先生は少し考えていたようだった。この国にもペンや万年筆はあるのだが、安価なのはインクとつけペンで、まだ手の小さい私は、それをうまく握れなくて、文字がぐにゃぐにゃになってしまう。ファンヌに至っては、つけペンを勢いよくインク瓶につけて、インクを飛ばす始末だった。
「クレヨンを知っていますか?」
「くれよん?」
「子ども用の絵を描く道具なのですが……3歳と5歳と聞いていたので、一応準備してはきたのです」
全体が色のついた芯のようになっていて、それに紙が巻かれて持てるようになっているクレヨンは、私の手でも持てそうだった。ほとんど初めて文字を書くので歪んでしまうが、頭の中では自分の書きたい形は分かっている。
読めるのに書けない。
もどかしい状況を、私はクレヨンから練習を始めた。どうしても大きく書かないと形がきちんと作れないので、紙も大きくなるが、カミラ先生は辛抱強く私の練習に付き合ってくれた。
クレヨンを握ったファンヌは、大きく「り」とぐねぐねの字で書いた後に、リンゴの絵を紙に描いていた。
「そうです、それはリンゴのりですよ。ファンヌちゃん、とても上手です」
「わたくち、すばらち!」
「イデオンくんも初めて書いたにしては、とても上手です」
手首が書くことに慣れて安定してきたら、次は鉛筆というものを使うのだとカミラ先生は教えてくれた。幼児用に太く作ってある色鉛筆の箱は、開けただけでも美しくて見惚れてしまう。
「こんなたかそうなものを、いいのですか?」
「家庭教師をするので、なにを使ったらいいのか、私の知り合いの学校の先生に聞いて、たくさん用意して来たんですよ。せっかくだから、使ってください」
お兄ちゃんが死んでしまったと聞いて、真偽を確かめるためにルンダール家に来たカミラ先生は、お兄ちゃんが愛して育てていた私とファンヌにも興味津々だったようだ。憎い両親の子どもだからと、偏見を持たずに来てくれたカミラ先生。
「本当にオリヴェルが亡くなっていたとしたら、私はオリヴェルの遺志を継げる子を育てようと思っていたのです」
「カミラせんせい……」
このひとは、ただの優しいだけではなくて、ルンダール領の隣りの領地の次期領主としても、お兄ちゃんの叔母としても、ルンダール領の再建を真剣に考えてくれている人物だった。
「魔女」と呼ばれるほどに魔術の才能があるカミラ先生にとって、魔術の才能があまりない私は、教え甲斐のない生徒なのではないだろうか。不安が胸を過る。
「わたしは、とうしゅさまにはなれません」
「なりたくないという意味ですか?」
「わたしには、まじゅつのさいのうがないと、りょうしんがいっていました」
才能がないから、早いうちから英才教育をして、底上げをしようという愚かな考えを持ったのだろうが、そんなことで魔力が上がるはずがない。ルンダール家の兄弟の中で、一番才能があるのはお兄ちゃん、次がファンヌ、一番下が私だった。私は落ちこぼれなのだ。
今はお兄ちゃんをお屋敷に戻すために必死になっているが、それが終わったら、私はどうなるのだろう。お屋敷に残してもらったとしても、私の魔力でお兄ちゃんの役に立てるのだろうか。
「イデオンくんの魔力が、極めて低いというわけではないですよ」
「でも、おにいちゃんの……あにうえの、ちからになれるとはおもいません」
「私は害虫を焼き殺せますが、マンドラゴラを自分の元に寄せるようなことはできません。オリヴェルも魔術の才能は高いですが、あの子は戦闘向きではありません」
「どういうことですか?」
「イデオンくんには、イデオンくんのできることがあります。今は何もないように思えても、意外な才能があるかもしれません。あなたは、まだ5歳なのですよ?」
意外な才能が、私にあるのだろうか。
隣りの椅子で一生懸命レモンの絵を、黄色で塗っているファンヌを見つめる。力も私より強いし、私よりも根性のあるファンヌは、戦闘向きなのかもしれない。けれど、3歳の時点でそれが分かるわけがない。
未来に才能が開花するのを信じて、カミラ先生は私に勉強を教えてくれている。私の才能はなんなのだろう。
「それに、イデオンくんは、5歳にしては物凄く賢いです。知識は力です。例え魔力が低くても、知識だけでイデオンくんはのし上がれるかもしれません」
私は賢い。
薄々勘付いていたことだが、はっきりと口にされると、沈んでいた気持ちが浮き上がるような気がする。
お兄ちゃんが付けてくれた知識を、これからのために伸ばしていかなければいけない。
今夜、お兄ちゃんに魔術の通信で伝えることは、いっぱいありそうだった。
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