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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
六章 幼年学校で勉強します!(四年生編)
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31.ルンダール家のお風呂事情

「ぼくはしょしってカミラせんせい……じゃない、ははうえはいったけど、しょしってなんですか?」


 お兄ちゃんの誕生日パーティーでは聞けなかったことをヨアキムくんは遠慮なくカミラ先生に聞く。これまでもヨアキムくんはたくさん知らないことを聞いていたがカミラ先生とビョルンさんの養子になることが決まって話し方もしっかりしてきて、ヨアキムくんは一層二人に敬意を払うつもりになったようだった。


「庶子というのは貴族が愛人との間に作った子どものことです。ヨアキムくんの本当のお母さんである乳母さんはアシェル家の使用人だったそうです。主人に迫られて断ることができなかったのでしょう」

「ろうやにいるちちは、ほんとうのちちですか?」

「そうです。それでも、ヨアキムくんの魔力の才能を見て引き取っておきながら、憎んで呪いを蓄積させた母親を止めなかった時点で、父親とも言えない最低野郎だと思います」

「カミラ様、お言葉が」

「最低くそ野郎だと思います!」


 ビョルンさんに窘められたけれどカミラ先生の怒りは治まらなかった。ヨアキムくんをお膝の上に抱っこして話を聞かせている。


「うちの子になったからには、エディトとコンラードと同じように精一杯愛して大事に育てます。くそ野郎たちのことは忘れて構いません」

「ぼく、そんなにあのひとたちのことはおぼえていないんです。ファンヌちゃんにつれてこられて、ルンダールけにきてからがぼくのほんとうのせいかつがはじまったようなきがします」

「それでいいと思いますよ。ヨアキムくんはあんなに小さかったのに呪いを蓄積されてそれを抜くためにずっと努力して、甘えるのも我慢していました。その分私たちが甘えさせてあげたいとカミラ様も思っているのですよ」


 優しく語り掛けるビョルンさんの膝の上にはエディトちゃんが座っていて、四人の前にはコンラードくんのベビーベッドがあって、家族五人の穏やかな幸せな様子が見られた。

 ずっとヨアキムくんがアシェル家の子どもでルンダール家からどこかにやられてしまうはずはないのだが、それでもどこかに連れて行かれてしまったらどうしようという不安は心の底にあった。

 それがカミラ先生とビョルンさんの養子になることで完全になくなる。


「ぼくも、ちちうえやははうえとおふろにはいってもいいですか?」


 エディトちゃんもコンラードくんもできる限りカミラ先生やビョルンさんは自分たちでお風呂に入れている。まだ一人ではお風呂に入れないヨアキムくんはリーサさんに洗ってもらっていたが、カミラ先生とビョルンさんがお父さんとお母さんになるのならば洗ってもらいたい気持ちもあるのだろう。

 私の場合はお兄ちゃんが洗ってくれていたけれど、ヨアキムくんはずっとリーサさんに洗ってもらっている。


「一緒に入れないときもありますが、時間が合うときにはぜひ」

「エディトやコンラードと入るときに抱っこしててもらえるとすごく助かります」


 快くカミラ先生もビョルンさんも受け入れてくれてヨアキムくんは白い頬をリンゴのように真っ赤にして嬉しそうに微笑んでいた。その様子を見ているファンヌにカミラ先生が手招きをする。


「ファンヌちゃんも遠慮しなくて良いのですよ?」

「わたくしは、リーサさんとはいります。わたくしは、へいき」

「コンラードと入るときには抱っこしていてくれる子がいる方が助かるのですが」

「そ、そうなの? それなら」


 ヨアキムくんとカミラ先生とビョルンさんが家族になって距離が近くなっても、ファンヌが疎外感を感じることのないようにカミラ先生もビョルンさんも気遣ってくれていた。

 新年のパーティーでは正式にヨアキムくんがオースルンド家の養子になったことが発表されて、お兄ちゃんのお祖父様とお祖母様も駆け付けてくれた。


「孫がどんどん増えていくなんて嬉しいね」

「カスパルとブレンダも甥っ子や姪っ子が増えて少しは大人になったかしら」

「僕はもう大人ですよ」

「私を子どもみたいに言わないで」


 お兄ちゃんのお祖父様とお祖母様の前ではカスパルさんもブレンダさんも子ども扱いだった。コンラードくんも生まれてルンダール領も落ち着いてきたのでカスパルさんとブレンダさんはルンダール領とオースルンド領を行き来するようになっていた。

 将来はオースルンド領の領主の補佐となる二人はオースルンド領の政治についても学ばなければいけない。移転の魔術を使って行き来する二人は忙しそうだが活き活きとしていた。


「おじいさま、おばあさま、これからもよろしくおねがいします」

「ヨアキムくんが孫になって本当に嬉しいですよ」

「こちらこそよろしくね」


 挨拶をしに行ったヨアキムくんはお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様にぎゅっと抱き締められていた。

 無事にヨアキムくんがオースルンド家の養子として認められて冬休みが終わって幼年学校ではヨアキムくんのことをカミラ先生とビョルンさんが校長先生と担任の先生に話しに行っていたようだ。


「ぼく、ヨアキム・オースルンドになったんだよ」

「まぁ、ヨアキムくんはヨアキムくんだな」

「そうだけど、オースルンドになったの!」


 ミカルくんに一生懸命説明するヨアキムくんが可愛い。

 一年生の教室を覗いてなんの問題もないことを確かめて戻ろうとした私の耳に女の子の声が聞こえた。


「ヨアキムくんはしょしなんでしょう? あいじんのこどもだなんて、けがらわしい」


 幼年学校は義務教育なので貴族の子どもも通っている。お兄ちゃんの誕生日のパーティーに出席した貴族の子どもが話を聞いていて、数人でヨアキムくんが庶子であることを触れ回ったようだった。

 使用人さんが主人に迫られれば拒むことができないことなど私のような恋愛に疎い子どもですら分かっているのに、可愛いヨアキムくんのことを汚らわしいとは何事だ。

 怒りに任せて教室に入ろうとする私の足を止めたのは、ヨアキムくんの冷静な声だった。


「あいじんでも、ぼくのおかあさんはぼくのことをいのちをかけてそだててくれたんだよ。なにもしらないのに、かってなことをいわないで」


 冷ややかな声が教室の中に響く。ヨアキムくんの口からそんな冷たい声が出るなんて私は知らなかった。


「ヨアキムくん、なにもわかってないひととははなしてもむだよ。むししましょう」


 ファンヌもその子たちを相手にしないことにしたようだった。

 ヨアキムくんには同じクラスにファンヌもミカルくんもいる。心配はいらないのだが兄としてのお節介で私は担任のソーニャ先生にこの騒ぎのことは伝えておいた。


「貴族社会ではよくあることなのかもしれませんが、平民の子たちからしてみれば変な目で見てしまうことかもしれませんね。ヨアキムくんに今後そういうことがないか気を付けておきます」

「よろしくおねがいします」


 一年生と二年生のときに私の担任だったソーニャ先生は冷静で平等なひとだ。信頼のおける先生なので相談してみて良かったと安堵する。

 それはそれとして、心配性の兄としてはカミラ先生にもビョルンさんにもこのことはしっかりと伝えておいた。


「公の場でアシェル家の人間を退けるためとはいえ、私が軽率に言い過ぎましたね」

「イデオンくん、教えてくれてありがとう。ヨアキムくんが気にしていないならいいんだけれどね」


 カミラ先生もビョルンさんもお礼を言って私の話をよく聞いてくれた。

 部屋に戻るとお兄ちゃんが荷物を鞄に詰めていた。


「研修?」

「うん、明日、薬草採取に行って来る。帰りは遅くなるけど、明日中には帰るから待っててね」

「待ってる。お兄ちゃん、研究課程は進級試験があるの?」


 私の問いかけにお兄ちゃんが鞄に衣服を揃えながら答える。


「教科一つ一つに試験があって単位を取っていく形式だね。薬草採取なんかは実習科目だから、実際に採取すれば単位がもらえる」

「単位ってなぁに?」

「卒業に必要な試験の合格数かな?」

「ふぅん。お泊りじゃないのに着替えを入れてるのは?」

「また汚れるようなところだから、どろどろの服で帰りたくないんだ」


 今度はお兄ちゃんはどんなところで薬草採取をしてくるのだろう。

 立体映像を撮って来てくれるようにお願いして、私は机について宿題を広げた。宿題を手早く済ませてしまうとお兄ちゃんに見なおしてもらう。


「明日はお兄ちゃんの帰りが遅いから見直してもらえないのか」

「遅くなっても置いておいてくれたら見直すし、お風呂は一緒に入ろう」


 そうだ、お風呂だ。

 私がここ数日気になっていたのはお風呂のことだった。


「もう10歳になるから、一人でお風呂に入れるんだけど……」

「一緒には入りたくない?」

「お兄ちゃんが遅くなるときには、先に入ってることにもできるよ」

「イデオンがそうしたいなら良いけど……」


 ちょっと寂しい。

 お兄ちゃんの口からその言葉が零れると私は泣きそうな顔になってしまう。私だって寂しい。


「寂しいけど、お兄ちゃんが遅くなって疲れてるのに、私と入ったら大変かと思って」

「そんなことは全然ないよ。イデオンは髪を洗うのも上手になってきたし」

「本当に?」

「僕はイデオンに嘘は吐かないよ」


 もうすぐ10歳になるのに、まだ私はお兄ちゃんとお風呂に入らないことはできなかった。

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