27.一曲目の役に立つ歌
食べ物や飲み物に混入されるのは毒物だけではない。相手を意のままに操る呪いだとか、眠れなくする薬物だとか、逆に眠らせてしまう薬物だとか様々な種類があった。
セシーリア殿下からの通信で知ったのは国王陛下の食事に睡眠薬を混ぜた輩がいたことだった。国王陛下は島国であるこの国以外の大陸の国の重鎮とも会談をして食事をする。
若い国王陛下の面子を潰そうと睡眠薬を入れた食事を食べさせて他国の重鎮の前で恥をかかせようとした輩がいた。口に入れるより先に感知試験紙を料理にこっそりと浸して国王陛下がそれに気付いたというのだ。
国王陛下ともあろうお方が公の場で魔術を使って食べ物をいちいち調べるのは他国の会談相手にとっても失礼となる。そもそもこの国は魔術師が多いが他国はそうでもないのだから、魔術を使うこと自体憚られる雰囲気なのだという。
『イデオン様の感知試験紙が役に立ってくれましたわ』
報告してくださるセシーリア殿下はとても嬉しそうだった。私と偽りの婚約を結ぶくらい大事な妹の国王陛下を守れたことが私への評価につながったのだろう。その事件からルンダール領に感知試験紙の注文が殺到した。
今年の分の色変わりキャベツは私たちが育てたものは全部使ってしまっていたので、ルンダール領の中の農家で作っているものがいないか探して買い付けて感知試験紙を作って売ってもまだまだ足りない。
毒物や呪いなどの異物混入を調べるのが得意ではない貴族や魔術師にとっては死活問題となるのだから、売れるのも当然と思っていたがこんなにも早く注文が来るとは思っていなかった。
来年度に向けて色変わりキャベツを栽培してくれる農家を募って、感知試験紙を作る工場も建てられることになった。
慌ただしく過ぎた秋。街路樹の葉っぱも全て落ちて寒々しい冬がやって来る。国の最南端なので暖かい方ではあるのだが、ルンダールの冬もそれなりに寒く、積もるほどではないが雪が降ることがある。
「今年のマンドラゴラの生育は良かったようで、他の領地からも買い付けに来ているようですよ」
「マンドラゴラの栄養剤はどうですか?」
「材料となる薬草がよく売れていますね」
今年は農家も豊かに冬を越せそうだと分かって、カミラ先生の報告とお兄ちゃんの話に私たちはほっとしていた。
部屋では魔術のストーブの火が揺れてカミラ先生の横顔とコンラードくんの眠るベビーベッドを照らしている。スイカ猫のスーちゃんはコンラードくんのお守という使命感があるのかベビーベッドでコンラードくんに添い寝をしていた。人参マンドラゴラのニンちゃんはベビーベッドの下でコンラードくんを守る姿勢である。
穏やかな冬の夕方、冷える外の気温を感じさせないほど子ども部屋は暖かに保たれていた。
秋から歌のレッスンを始めた私は、毎週休日に来てくれるお歌のアントン先生にピアノと声楽を習っていた。ピアノは最初は指で押さえるので精いっぱいだったけれど今では短いフレーズの簡単な練習曲ならば弾けるようになっていた。
「イデオン様は覚えが良いですね」
「ファンヌやヨアキムくんやエディトちゃんの歌の伴奏ができますか?」
「それでは、簡単な曲ですが挑戦してみますか?」
アントン先生が教えてくれた曲に私は聞き覚えがあった。この曲は歌ったことがある。
「もしかして、これは……」
歌詞は朧気にしか覚えていなかったので発声練習のときの要領で「ららら」で口に出して歌うとアントン先生は朱色の目を丸くしていた。
「知っている曲ですか?」
「お兄ちゃんの……兄上のお誕生日で歌ったことがあります」
リーサさんが教えてくれた旋律の簡単な短いフレーズを繰り返す歌。
「それは恋の歌ですね」
「恋の……」
言われて驚いてしまう。
「簡単な歌で旋律も覚えやすいので子守唄などによく使われますが、恋心を歌った歌ですよ」
「そうだったんですか」
「恋するひとに応えて欲しいと呼びかける歌です」
眠れない私やファンヌにリーサさんが歌ってくれていた歌は恋歌だった。それを私は知らずにお兄ちゃんに歌っていた。
なんだか恥ずかしいような気分になるけれど、ファンヌもヨアキムくんもエディトちゃんも歌うのだからその辺はもう気にしなくて良いだろう。ピアノの練習を何度かしてファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんに合わせて弾こうとするが難しい。出だしが合わないし、前奏で間違ってしまってファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんを拍子抜けさせてしまう。
「伴奏は難しいんですね……」
「それが学べただけでも良いことです」
伴奏とは歌い手に合わせなければいけないからどうしても出だしが合わなくなったり前奏で息が合わなかったりすることがあると学んだ。もっともっと上達しないと伴奏は無理そうだ。
ピアノの練習が終わるとアントン先生は発声練習をして今日弾いた曲を歌わせてくれた。歌詞の書かれた楽譜を読んで歌うと確かに恋の歌だと分かる。
覚えていた旋律だったし、伴奏でも弾いたのですっかり歌えるようになったそれをアントン先生はファンヌの人参マンドラゴラと私の大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラ、エディトちゃんのマンドラゴラのダーちゃんとブーちゃんの前で歌わせた。
歌いだすと同時にマンドラゴラたちがくるくると回って踊り出す。
「優しい旋律の呼びかける曲なので、マンドラゴラや植物が暴走したときに使うと良いかもしれませんね」
「暴走を止められますか?」
「イデオン様のマンドラゴラは脱走することがあると聞きました。そういうときに歌ってみればどうでしょう」
さすがは歌に魔術を乗せることを専門としているアントン先生だ。歌う歌を選ぶだけでなくその利用方法まで教えてくれる。
この歌はマンドラゴラやその他の植物が暴走したときに歌えばいい。とりあえずは暴走を防げる魔術を持った歌を使えるようになったことに私は安堵していた。
アントン先生にお礼を言って玄関まで送って行くと入れ替わりにお兄ちゃんが帰って来た。
「お兄ちゃん、聞いて欲しい歌があるの」
手を引いてお兄ちゃんを音楽室に連れて行くと、ファンヌにヨアキムくんにエディトちゃんにファンヌの人参マンドラゴラに私の大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラにエディトちゃんのマンドラゴラのダーちゃんとブーちゃんとギャラリーがぞろぞろとついてきた。みんな家族なのでそれほど気にしないでピアノの椅子の高さを合わせて座る。
私が一人のときも練習できるようにアントン先生はピアノの椅子の高さ調整の仕方を教えてくれていた。ピアノの椅子には高さを調整する横穴が付いていて、私は上から二番目、ファンヌやヨアキムくんやエディトちゃんがピアノを弾きたいときには一番上に合わせることにしている。エディトちゃんはそれでも高さが足りないのでクッションが必要なのだが。
ピアノを弾きながら今日習った曲を歌ってみるとファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんが手を繋いでぐるぐると回って踊る。マンドラゴラたちも楽しそうに踊っていた。
「懐かしいな。これ、イデオンが僕の誕生日に歌ってくれた曲でしょう?」
「覚えてた? こんな歌詞だなんて知らなかった」
「僕も歌詞は詳しく知らなかった。それにしても、弾きながら歌えるなんてすごいね」
宿題で出された新曲の譜読みのためにピアノで音を取りながら歌うのには慣れていたのでもしかすると他のひとの伴奏は無理でも自分の歌の伴奏は弾きながら歌えるかもしれない。そう思って挑戦してみたのだけれど、何度か間違えはしたもののお兄ちゃんは私をすごく褒めてくれた。
「この歌がマンドラゴラの暴走を止められるかもしれないって教えてもらったよ」
「脱走するマンドラゴラを止められる歌があったら、便利だろうね」
「ビョルンさんの『マッチョナール』を使っても平気だね」
『マッチョナール』で急速に成長したマンドラゴラが畑から逃げ出して捕まえるのが大変だった去年のことはよく覚えている。それが私の歌でどうにかなるのならば『マッチョナール』と共に私も役に立つようになるのではないだろうか。
「私の歌を録音した魔術具とか、使えるかな?」
「録音でも魔術が発動するか調べてみないといけないね」
開花したばかりの私の才能の使い道についてお兄ちゃんと私はワクワクしながら話し合っていた。
感想、評価、ブクマ、レビュー等、歓迎しております。
応援よろしくお願いします。作者のやる気と励みになります。