26.私の才能
使役系の魔術。
それがどういうものなのか私にはよく分からない。
久しぶりにカミラ先生の授業を受けることになった。
「使役の魔術と魅了の呪いはよく似ていますが根本は違います。魅了の呪いは自分の思うように心にもないことをさせることが主ですが、使役の魔術は元々心がないもの、また思考力の低いものを自分の思うように動いてもらうように協力してもらう魔術です」
イデオンくんらしい魔術だと言われても、目の前でマンドラゴラを大暴走させてしまった私は自分の能力を制御できなければいけないのではないかと真剣に考えていた。
「そもそも、イデオンくんが育てるマンドラゴラ以外のマンドラゴラにはそんなに意志というものがありません」
「それは、ダンくんの畑でもお兄ちゃんに言われました」
「自分から畝から出て来たり、自分から食べられることを選んだりしないのです。『死の絶叫』だって、収穫されたくない生存本能で反射的に上げるだけで、そこに意志があるわけではありません」
「ほへ?」
収穫するときに酷く「死の絶叫」を上げるのはマンドラゴラが収穫されたくないからだと私は勝手に思い込んでいた。そんな複雑な思考はなくただの生存本能だと言われると驚いてしまう。
「エディトちゃんのダーちゃんとブーちゃんが献身的にエディトちゃんに噛まれても『死の絶叫』を上げずにエディトちゃんを守り続けているのも?」
「ごく稀なことですね。私がファンヌちゃんに上げた人参マンドラゴラも、イデオンくんの影響で変わったように考えられます。使役系だけではなく、植物の能力を伸ばす才能もあるようですね」
なんの才能もないと思い込んでいた私が無意識のうちにマンドラゴラたちに影響を与えていた。驚きを隠せない私にカミラ先生はにやりと悪い笑みを浮かべた。
「ノルドヴァル領の領主の屋敷の離れを破壊した件は、マンドラゴラのやったことですから罪には問われませんでした。それどころかノルドヴァル領への良い見せしめになったことでしょう。ノルドヴァル領だけでなく、イデオンくんに手を出すとこうなるのだと大陸中に知らしめるいい機会になりました」
「よ、良かったんですか!?」
大暴走をさせてしまって申し訳なかったと思っている私とカミラ先生とは全く違う考えのようだった。
「イデオンくん、身を守るためにマンドラゴラを利用するくらいの気持ちは持って良いと思いますよ。あなたはセシーリア殿下の婚約者で、命を狙われやすい位置にいるのですから」
「そうは言っても……どうすればいいのですか?」
何をすれば私の能力が磨かれるのか分からない。
悩ましく眉根を寄せた私にカミラ先生はにっこりと微笑んだ。
「精度を上げればマンドラゴラのみならず、スイカ猫や南瓜頭犬、他にもニワトリメロンにハチドリイチゴなど、植物ならば何でも操れるようになるかもしれません」
「操るなんて、嫌です」
「そうでしたね。イデオンくんの身を守るために協力してもらうのですね。私の言い方が悪かったです、すみません」
「身を守るために協力してもらう……」
操って言うことを聞かせるのは嫌だったけれど、私やお兄ちゃんを守るために協力してくれるのならば助かることには違いない。
精度を上げる方法としてカミラ先生が提案したのは、私に声楽のレッスンを受けることだった。
「歌を使うのですか?」
「マンドラゴラはイデオンくんの歌に反応して押し寄せました。イデオンくんの歌声からは植物に影響を与える周波が出ている可能性があります」
私のレッスンのために音楽室が急遽作られたのだった。ピアノの入った音楽室をファンヌもヨアキムくんもエディトちゃんも興味津々で探索する。音楽室にはブレンダさんが結界を張っているので歌声に混じった魔力が外に漏れだすことはないようになっていた。
「イデオンにいさま、おうたのれんしゅうをするの?」
「わたくしもうたいたいですわ」
「えーも、おうた」
私一人だけで声楽を始めるというのも心細かったので、参加してくれる気満々のヨアキムくんとファンヌとエディトちゃんは有難かった。声楽の先生が来るとみんなでご挨拶をする。
「ピアノを弾いたことがありますか?」
「触ったことはありません」
「押すだけで音の出る楽器ですよ。ピアノも一緒に習ってみませんか?」
「良いんですか?」
「ファンヌ様やヨアキム様やエディト様の歌の伴奏が出来たら良いと思われませんか?」
声楽の先生は穏やかな男性で年はカミラ先生よりも少し上くらいだった。
ピアノの椅子の高さを合わせてくれて弾き方を教えてくれる。最初は鍵盤を押さえる力が弱くてしばらくは指運びの練習をするように言われてピアノの練習は終わった。
続いて先生のピアノに合わせて声を出す。
「らららで歌ってくださいね」
「はい!」
「らららね」
「ぼく、がんばる」
「らー!」
私とファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんで先生が先に弾いた音に続けて、伴奏に合わせて「ららら」で声を出す練習をする。これを発声練習というようだ。
発声練習が一通り終わったところで、先生は私にピアノの前に出るように促した。
「一曲歌える歌があると聞いて来ました。歌ってもらえますか?」
「はい、音がちょっと不安定なんですけど」
確か聖地に向かう兵士を鼓舞する歌だったじゃないだろうか。
恋の歌とか愛の歌はよく分からないし難しかったので、幼年学校の歴史の教科書に載っていた歌を選んだった。
短いフレーズを歌うと先生が聞いてからピアノに向き直った。
「伴奏に合わせて歌ってみてください」
言われた通りにすると自分の音がどれだけ外れていたのか分かる。伴奏を聞きながらだと声が大きく出せなくて私は細い声でしか歌えなかった。
「魔力を感じますね。マンドラゴラがこれを聞いてノルドヴァル領の領主のお屋敷の離れを壊したのが分かります」
「これはそんな危険な曲でしたか?」
「兵士を鼓舞する曲で、音が合っていなかったので暴走を引き起こしてしまったのでしょう」
魔術的な観点から私の歌を分析してくれる先生はとても心強かった。
「正しい音程で歌えれば、マンドラゴラを兵士として呼び出すことができるかもしれません」
「今のは正しくなかったですか? ピアノの伴奏に合わせて歌ったものは」
「音程は正しかったですが、音程を合わせることに集中しすぎて魔力がほとんど篭っていませんでした」
音程を合わせようとすると魔力が籠らない。魔力を込めようとすると音程が外れて暴走を引き起こしてしまう。
レッスンが進むまでは私の歌は封印しておいた方が良さそうだった。
その後でファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんと私で輪になるようにして手を繋いでぐるぐる回りながら円舞の歌を歌った。ピアノに合わせて体を動かしながら歌っていると汗が滲む。心地よく歌っているとマンドラゴラのダーちゃんとブーちゃんに私の大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラ、ファンヌの人参マンドラゴラに、コンラードくんの人参マンドラゴラが輪になって踊っていた。
「マンドラゴラも楽しそうですね。今日のレッスンはこれで終わりです。ピアノの指運びと発声練習は毎日してくださいね」
「ありがとうございました」
先生のレッスンが終わってまた次の週に先生は来てくれるということで帰って行った。
おやつの時間にはお兄ちゃんも帰って来て今日のレッスンの話を聞いてくれる。
「私の歌には魔力があるって言われたよ」
「そうだったんだね」
「マンドラゴラと踊って歌ったんだ」
派手な能力ではないけれど私にも魔術の才能があった。そのことは私を浮かれさせるのに十分だった。
今までファンヌやヨアキムくん、エディトちゃんまで魔術を使えていたのに私は使えない。やはりコンプレックスではあったのだと思う。
「うちのマンドラゴラが特別だったのもイデオンの才能だったんだね」
「そうだと思う……ちょっと嬉しい」
正直な感想を口にするとお兄ちゃんがくすくすと笑う。
「イデオンには魔術よりもずっとすごい才能があるのに、気付いてないの?」
「私に、才能?」
ずっと自分には何もないと思い込んでいたが今回の件で魔術の才能もないわけではないことが分かった。しかし、お兄ちゃんは私にそれ以上の才能があるという。
「イデオンは賢いっていつも言ってるじゃないか」
「それは、周囲の大人たちが私を馬鹿にしないで話を聞いてくれるからだよ」
「イデオンの話が筋が通っていて聞くに値するから聞いてもらえているんだよ?」
そんなことはない。
私はそう思わずにはいられなかった。
お兄ちゃんは小さな頃から私やファンヌの分かりにくい言葉も聞いてくれたし、カミラ先生もビョルンさんも私の言うことで私を馬鹿にすることは一度もなかった。発言しても許される環境でないと私は何も言えないままに黙り込んでいただろう。
環境が良かったのだと私が主張してもお兄ちゃんは私が賢いというのを曲げようとしない。
褒められるのは嬉しかったがそれだけの能力が本当に自分にあるのかその当時の私は疑問でならなかった。
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