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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
六章 幼年学校で勉強します!(四年生編)
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25.私の歌とマンドラゴラ大暴走

 色変わりキャベツで作った感知試験紙は好評だった。常に毒殺や呪いに警戒しておかなければいけない貴族たちにとっては手軽に毒や呪いがかかっていないか調べられて、持ち運びも便利という利点しかないそれは分けたサンドバリ家でもベルマン家でもセシーリア殿下の王家でも使われていると聞いた。


「色変わりキャベツを育てる農家を募らなければいけませんね。これは大きな事業になりますよ」


 評判を聞いたカミラ先生も乗り気だった。

 全ての貴族が魔術は使えても毒や呪いの感知に優れているわけではない。得意分野があるわけで、お兄ちゃんやビョルンさんは毒や呪いの感知に優れているがカミラ先生やカスパルさんやブレンダさんはそれほど得意でもない。


「リーサさんにも持っておいていただきましょう」


 今のところ公表されてはいないがリーサさんはいずれオースルンド領の領主の息子であるカスパルさんと結婚する可能性が高い。そうなると貴族社会の闇を見ることになるかもしれない。

 魔術を全く使えないリーサさんのようなひとにとっても感知試験紙は非常に役に立つはずだった。

 カミラ先生の提案でリーサさんにも感知試験紙が渡されて使い方が説明された。


「わたくしもこのようなものを使わねばならなくなるのですね」

「恐ろしいですか?」

「分かりません。イデオン様が倒れているのを見ておりますから必要なことは分かりますが、まだ実感がわいておりません」


 私が感知試験紙の説明をするとリーサさんは微妙な表情をしていた。

 色変わりキャベツを育てる農家が出てくれば、向日葵駝鳥の石鹸とシャンプーの次は、色変わりキャベツの感知試験紙がルンダール領の新しい特産品に加わるかもしれない。


「ノルドヴァル領の件はどうなりましたか?」

「イデオンくんに支払うはずの慰謝料で鉱山に魔術師が配置されて、危険な火薬を使わなくて良くなっているようです」


 扱いが難しく小さな火花でも大爆発を起こす火薬は魔術が使える私たちからしてみれば相当恐ろしいものに感じられた。魔術で制御して範囲を区切って爆発を起こし鉱山を掘った方が安全に思える。

 火薬というものをよく知らない9歳の私だからこそ考えたことかもしれないが、洞窟での落盤の恐ろしさを思えば当時の私が火薬を非常に恐れていたのも仕方がないだろう。

 魔術を使えないひとの暮らしを知っているようで私はよく知らなかった。

 周囲にはお兄ちゃんを始めとして、幼い頃から肉体強化を使えたファンヌ、呪いを使えるヨアキムくん、「魔女」とまで呼ばれるカミラ先生、医学と薬学の頼れる医者のビョルンさん、その年で肉体強化を使うエディトちゃん、攻撃に優れたカスパルさん、結界と使役の魔術に優れたブレンダさんと優秀な魔術師が周囲にいすぎた。その中で間違いなく私は一番才能のない類の魔術師で魔術学校に行っていないのだから仕方がないけれど魔術の一つも使えなかった。


「私は何の魔術が得意なんだろう」

「イデオン、僕、少し考えたことがあるんだ」

「お兄ちゃん、何か気付いたの?」


 話を終えてカミラ先生の執務室から部屋に帰る途中にお兄ちゃんが足を止めた。立ち止まったお兄ちゃんを見上げると、手を繋がれる。


「ちょっとだけお散歩に行かない?」

「うん、行くよ」


 お兄ちゃんと二人きりのお散歩。

 研究課程が忙しくなっていてなかなか二人だけの時間が取れないので、私は浮かれてお兄ちゃんと歩き出した。手を引いてお兄ちゃんが連れて行ってくれたのはマンドラゴラの植えてある畑の前だった。


「セシーリア殿下が来た日、イデオンは歌ったよね?」

「うん、へたくそだったけど……」

「ここで歌ってくれる?」


 急に言われてあの歌がとても上手とは思えない私は恥ずかしくなって脚をもじもじと擦り合わせるがお兄ちゃんは待っている。

 息を吸い込んで「あ、あー」と音を取って思い切って歌い始めた。

 ほんの短いワンフレーズの曲だ。数秒で終わってしまう曲が響いて消えた直後、マンドラゴラの畑に異変が起きた。

 いつも持っている私の肩掛けのバッグからはマンドラゴラと南瓜頭犬が飛び出して、畑の畝からはマンドラゴラが一斉に飛び出してくる。


「え!? ど、どういうこと!?」

「やっぱり。マンドラゴラが急に会場に入って来たからおかしいと思ってたんだ」

「私が、呼んだの!?」


 マンドラゴラたちは天に向かって「びぎゃああああああ!」と咆哮を上げている。それに呼応するように空を大きな影が過ってドラゴンさんまで降りて来た。


「薬草が潰れちゃう! そこは降りちゃだめー!」

「こっちに! こっちに降りてください!」


 叫ぶ私と誘導するお兄ちゃん。

 薬草畑のない比較的空いている場所にドラゴンが降り立つと、マンドラゴラが私の足の下に入って私を持ち上げてしまう。


「な、なに!? なんなの!?」


 戸惑っている間にマンドラゴラに持ち上げられた私はドラゴンさんに乗せられて空を飛んでいた。落ちないように必死に鬣にしがみ付いているのが精いっぱいで何が起こっているか全く分からない。

 一番前でドラゴンさんの首に跨っているのは私の大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラだ。


「何するつもりなの?」


 問いかけは冷たい風に遮られて消えてしまう。大声で叫んで下ろしてもらおうとしてもドラゴンさんは操られているかのように反応しなかった。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」

『イデオン、降りられたらすぐに知らせて!』

「分かった!」


 首から下げた魔術具でお兄ちゃんとはなんとか話せたがそれだけで通信も途切れてしまう。

 ズシンッと重い音の後でドラゴンさんが降り立ったのは見たこともない堅牢なお屋敷の離れのような場所だった。南瓜頭犬に乗った私の大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラが竹串を掲げて号令を出す。


「びょええええええ!」


 それに合わせてマンドラゴラはお屋敷に突撃して行った。

 「死の絶叫」は建物にも効くらしい。唖然としている私の前で建物が砕けて崩れ落ちていく。


「お、お兄ちゃん、どこかに連れて来られた……寒い」

『叔母上とすぐにそっちに向かうよ』

「ここ、どこ?」

『ノルドヴァルみたいだ』


 ノルドヴァル領!?

 騒ぎに気が付いて駆けて来たノルドヴァル領の領主夫妻はマンドラゴラが瓦礫にしていく建物を見て呆然と立ち尽くしていた。


「イデオン様、ですね?」

「は、はい」

「この離れは娘夫婦が一家で使っていたものです」


 説明されて全てが繋がった気がした。

 慰謝料で鉱山の安全が守られることで私は納得したが、マンドラゴラは私を殺そうとしたことに納得していなかった。怒りに任せてドラゴンさんまで呼んで私を殺そうとしたノルドヴァル領の夫婦の住んでいた離れを破壊する行為に出たのだ。


「えーっと……マンドラゴラが勝手にやったことなので……」

「ルンダール領のマンドラゴラですからねぇ」


 止めることのできない暴走に私は言い訳をするしかできない。


「にいさまー! わたくしがたすけに……たすけに? あれぇ?」

「イデオンにいさま……ぶじ?」


 カミラ先生と手を繋いで移転の魔術でやって来たファンヌは振り上げた包丁の行き先に迷っているようだった。ヨアキムくんも呪いの準備をしていたようだが、ここにいるのは呆然と立ち尽くす私とノルドヴァルの領主夫婦。目の前ではマンドラゴラによる破壊行為が行われている。


「なんで止めないのですか?」

『止まると思うか?』

「思いませんけど……ちょっといい気味だと思ってますけど!」


 ドラゴンさんを叱責するカミラ先生もどこまでも正直だった。遅れて移転の魔術で着いたお兄ちゃんが私を抱き締めてくれる。


「イデオン、平気……みたいだね」

「うん、なんだか、平気なんだけど……」


 どう見てもノルドヴァル領の領主のお屋敷の離れは平気ではない。完全に瓦礫と化した離れから出て来たマンドラゴラはやり遂げた顔でドラゴンさんに再びよじ登り始めた。

 何事もなかったかのようにファンヌが菜切り包丁をポシェットに片付けてカミラ先生の手を取る。


「かえりましょう」

「そうですね……マンドラゴラのしたことですものね。誰も罪には問えませんね」


 きらりとカミラ先生の視線が鋭くノルドヴァルの領主夫婦を睨んだ気がした。カミラ先生も娘夫婦のやったことを許していないのだろう。


「マンドラゴラのやったことですから……」


 答える領主夫婦の様子は悲哀に満ちていたが知ったことではない。

 私はお兄ちゃんと手を繋いで王都を経由して移転の魔術で戻って、カミラ先生はファンヌとヨアキムくんを連れてルンダール領に戻って、マンドラゴラたちはドラゴンさんに連れて帰られた。


「イデオンの歌は物凄い効果があるみたいだね」

「私の歌のせいなの!?」

「使役系の魔術が使えるのかもしれない。これから歌の種類によって変わるか調べて行こうね」


 その日私は自分の知らない才能に気付いた。

 とはいえ、これが何の役に立つのかそのときの私には全く分からなかった。


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