23.パーティーの後
ノルドヴァル領は鉱山資源が豊富だが、魔術師を派遣する手間を省くために鉱山で働くひとたちに安定しない火薬を使わせて、何度も事故を起こしているという。それ自体も問題だとセシーリア殿下も国王陛下も考えてはいたようだった。
その矢先にノルドヴァル領の領主の娘夫婦が私がセシーリア殿下の婚約者に選ばれたことに嫉妬して仕掛けて来た。
新年からフォルティスセプスの毒を使ったり、火薬を使って落盤を起こしたり、証拠の残らないように慎重に行動していたのが、今回私に煽られてつい尻尾を出した。とはいえマンドラゴラが乱入してこなければ私は気付かないままに握手をしていて毒針で刺され、毒が効き始めた頃には助からなかったかもしれない。
マンドラゴラには大いに助けられた一件だった。
「大変な事件に巻き込んで申し訳ありませんでした」
「いいえ、わたくし楽しかったのですのよ?」
王都にお帰りになるセシーリア殿下を見送ろうとするとセシーリア殿下から意外な言葉が出た。
「陛下とわたくしは常に迎える側、他の貴族を歓迎する側でしたわ。それが今回はイデオン様にエスコートしてもらえて、ダンスを踊って、歌まで贈られて、とても自由に楽しめました。コンラード様もエディト様もファンヌ様もヨアキム様もとても可愛かったですし」
セシーリア殿下はセシーリア殿下で楽しんでおられたようだった。それならば良いのだが幾つか気になることはある。ずっと泣いているノルドヴァルの親子の息子のことだ。
「パパとママのところに行きたい……」
「牢獄に自分から入るのですか? 本当に愚かなのですね。従者としてこき使うと言っているではないですか」
ぐすぐすと涙を拭う彼は全く状況が分かっていないようだった。泣きながら私の方を恨めしそうに見ているが文句を言うことはセシーリア殿下の手前憚られるようだ。私に文句を言ってセシーリア殿下に頬を打たれたのが堪えているのだろう。
「ノルドヴァル領は領地の不可侵を侵しましたね。処罰はどうするおつもりですか?」
「陛下と相談いたしますが、ノルドヴァル領にはルンダール領に相応の慰謝料を払ってもらうことになります」
慰謝料が領民から搾り取られた税金だと思うと私は受け取れない気分になる。たった一組の愚かな夫婦のせいでノルドヴァル領全体に負担をかけるなんておかしい。
「慰謝料でノルドヴァルの鉱山に魔術師を配置するようにできませんか?」
「よろしいんですの、イデオン様?」
「ルンダールは立ち直りつつあります。ノルドヴァルの領民を苦しめることは本意ではありません」
それよりも慰謝料として支払われる金をきっちりと鉱山の魔術師配置に使って危険な火薬を使わせることのないようにしてほしい。私の願いをセシーリア殿下は受け止めてくれた。
「陛下にそのように伝えます。イデオン様……オリヴェル様もよろしいですか?」
「はい、イデオンの決めたことなら」
後ろでやり取りを聞いていたお兄ちゃんが呼ばれて、何事かとファンヌもヨアキムくんもエディトちゃんも集まって来た。ファンヌの足元には人参マンドラゴラがいて優雅に音楽に合わせて踊っている。
年季が入るほどマンドラゴラは効能を増していく。そのときの私は知らなかったことだがファンヌと四年も一緒にいる人参マンドラゴラは相当効能が強く、マンドラゴラの中でも女王のような立ち位置にいたのだった。
「ファンヌ様のマンドラゴラを見て、わたくしも欲しくなりましたの。一匹譲っていただけませんか?」
「もちろん良いですよ。良いよね、お兄ちゃん」
「喜んで。どのマンドラゴラがいいですか?」
裏庭の薬草畑にセシーリア殿下を案内するとファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんもぞろぞろとついてくる。
「だーたん、ぶーたん」
「わたくしのは、ニンジンさんですの」
「ぼく、リンゴちゃんかってるの。リンゴちゃーん」
呼ばれてリンゴちゃんが裏庭にのっそりと姿を現してセシーリア殿下は菫色の瞳を丸くする。
「これは、魔物ではなく、ウサギですか?」
「マンドラゴラの葉っぱを上げていたら大きくなってしまいました」
「子どもならば乗れそうですね」
「ぼくと……じゃない、わたしと、ファンヌちゃん、のれます」
一生懸命敬語でセシーリア殿下にお話しするヨアキムくんにセシーリア殿下は目を細めていた。
「わたくし、ファンヌ様と一緒の人参が良いですわ。あなたは?」
「いらないよっ! そんなもの!」
「なんでも良いそうですので、お願いします」
泣いているノルドヴァル領の夫婦の息子に関してはセシーリア殿下が押し切ってしまった。
ファンヌの人参マンドラゴラが畝の前に出て声をかける。
「ぴぃぎゃ!」
呼応するように良く肥えた人参マンドラゴラが畝から出て来た。
不思議なことにファンヌの人参マンドラゴラはカミラ先生から貰ったときと同じ大きさだが、私の大根マンドラゴラや蕪マンドラゴラは年月に応じて大きくなっている気がする。
「ありがとう。ちょっと待っててください。洗ってきます」
自分より大きな人参マンドラゴラを呼んだファンヌの人参マンドラゴラにねぎらいの声をかけて洗いに行こうとしたところで、私はネットから上手に出て来たスイカ猫の存在に気付いた。
「びにゃー」
泣いているノルドヴァルの夫婦の息子の足にスイカ猫は身体を摺り寄せている。
「慕ってくれるものがいたようですね。イデオン様、その子もお願いします」
「いらないよっ!」
「黙りなさい。わたくしが許したとき以外は発言はしないこと」
ビシバシと教育されている彼が今後大丈夫か心配だったが、スイカ猫が側にいるのならば心慰められるだろう。蛇口から流れる水で人参マンドラゴラもスイカ猫も綺麗に洗ってセシーリア殿下にお渡しした。
「ありがとうございます。大事に致しますわ。また何かあれば呼んでください。わたくしはイデオン様の婚約者なのですから」
笑顔で移転の魔術で魔術騎士に守られて帰っていくセシーリア殿下にお兄ちゃんは複雑そうな顔をしていた。
盛装から着替えてエディトちゃんはお昼寝に、私たちは部屋に戻って寛ぐ。お腹はいっぱいだったが話したいことがあったのでリビングに集まった私とお兄ちゃんとファンヌとヨアキムくんとカミラ先生とビョルンさんに、魔術騎士から通信が入っていた。
内容は毒物の鑑定結果だった。
「遅効性の毒物のようですね。毒草から抽出したもので、今回も痕跡を残さないつもりだったのでしょう」
「あんな小さな毒針だったら気付かなかったかもしれません」
「マンドラゴラが来てくれて本当に良かったですね」
指輪に付いていた毒針は本当に細くて小さなものだった。それでちくりと刺されたとしてもちょっと違和感はあっても気付かないままに過ごして、気付いたときには手遅れだったかもしれない。
ぞっとするような企みもマンドラゴラの乱入のおかげで未然に防げた。
「セシーリア殿下の前で歌った歌、上手でしたよ」
「その話は、しないでください……」
悪気なくカミラ先生は褒めてくれていると思うのだがやはり子どもの声で音も外していたので私は恥ずかしくて仕方がなかった。
「イデオンは僕の誕生日に歌を歌ってくれたことがあったよね?」
「覚えてるの?」
「とても可愛かったよ」
まだ私が3歳でお兄ちゃんの13歳のお誕生日の日のことだった。私は歌を歌ってお兄ちゃんをお祝いして、ファンヌは踊っていた。
そんな昔のことを覚えていてくれるくらいお兄ちゃんは誕生日を祝われた記憶がないのだと考えると切なくなる。お兄ちゃんの誕生日は毎年間違いなく祝おうと心に決めた日でもあった。
「色変わりキャベツがそろそろ収穫時期なんだけど、今回はダンくんとミカルくんを呼ぶ?」
「フレヤおねえさまも!」
「そうだね、フレヤちゃんも呼んでいい?」
秋に収穫する色変わりキャベツは大きく育っていた。
「キャベツ、そとがわのはっぱはすてるでしょう? ミカンちゃんとリンゴちゃんにたべてもらえばいいんじゃないかな?」
ヨアキムくんの発案でミカンちゃんもお屋敷に呼ぶことになりそうだった。
感想、評価、ブクマ、レビュー等、歓迎しております。
応援よろしくお願いします。作者のやる気と励みになります。