21.お披露目パーティーでの罠
新学期が始まってまだ暑さは残るが秋になった。
コンラードくんのお披露目のパーティーの日には薬草畑の世話を休んで私たちは朝からセシーリア殿下とその護衛を迎えるのに忙しかった。護衛たちは皆魔術騎士で人数は四人、その他にも屋敷の中に多数の警備兵が配置された。
「お久しぶりです、イデオン様。わたくし、視察で王都を離れたことはあっても、他の領地のパーティーに出席するのは初めてですのよ」
「おいでくださってありがとうございます。今回は私の暗殺の罠もありますので重々気を付けてくださいませ」
「そのお話、詳しく教えていただけますか?」
王都に報告は上がっているが私の口から聞きたいということで私はフォルティスセプスの毒を飲んだ新年の事件から、その事件の濡れ衣を着せられて使用人さんが殺されてしまったこと、そして夏休みのピクニックで行った洞窟で落盤が起きて落石に押しつぶされそうになったことを詳しく話した。
「どーんちて、ごろごろーちて、だーたん、ぶーたん、いこで、こあかったの」
身振り手振りを加えてエディトちゃんも説明する。
「ダーちゃんとブーちゃんはエディトちゃんがかっている、ダイコンマンドラゴラとカブマンドラゴラのことですわ。わたくしがなまえをつけましたの」
「あぶないっていちばんにきづいて、にげておしえてくれたの」
ファンヌとヨアキムくんにも説明されてセシーリア殿下は真剣に話を聞いていた。
「いけませんわ、大変なお話なのに、エディト様とファンヌ様とヨアキム様が可愛すぎて、頬が緩みそうになります」
「その気持ちはとてもよく分かります」
私もエディトちゃんとファンヌとヨアキムくんは可愛いと思っていたのでセシーリア殿下に同感だった。話が終わった頃に私たちはパーティー用の大広間に呼ばれた。給仕をする使用人さんたちも一人一人警備兵に検分されてから会場に入ってきていた。
「成功することを祈りましょう」
「何よりも、コンラードくんのお誕生のお祝いを」
「イデオンくん……優しいのですね。ありがとうございます」
パーティーの一番の目的はコンラードくんが誕生したお披露目なのである。目的を忘れてしまってはいけない。一番に祝われるのはコンラードくんなのだ。
早めに会場に入って来たサンドバリ家のひとたちがカミラ先生とビョルンさんに近付いてくる。産着を着たコンラードくんをカミラ先生が抱っこしているのをあっという間に取り囲んでしまった。
「わたくしにも抱っこさせてもらえますか」
「髪の毛はカミラ様に似たのですね。お目目はビョルンに似て」
「本当に可愛い」
「かーいーの!」
弟が可愛いと言われて物凄く誇らしそうな顔をしているエディトちゃんにもすぐに視線が集まる。
「エディト様はお喋りが上手になったのですね」
「えー、おたべり、できう」
「ドレスもとても可愛いですよ」
「ふぁーたん、くえた」
「ファンヌ様のお譲りなのですね」
オースルンドの領主の家系に生まれて、今はルンダールの当主代理をしていると言うのにカミラ先生は全然贅沢なところがなかった。両親が自分の身を飾るのにお金をかけていたことを覚えているし、公の場に私を出すときには小さな子どもには贅沢な服を着せていたことも覚えている私にはそれが意外だった。
ベビーベッドもお譲り、オムツもお譲り、ドレスもお譲りで、どれも丁寧に使われているので綺麗だったが新しく作ろうという気持ちはないようだった。エディトちゃんの方もファンヌが着ていたものを着られるというので喜んでいるので良いのだろう。
ベルマン家の一行にはダンくんやミカルくんも来ていて私は挨拶をしにいった。
「今日はちょっと怖いことが起こるかもしれないけど」
「噂の婚約者のセシーリア殿下がくるんだろ?」
「セシーリアでんか、かわいい?」
セシーリア殿下が来ることはダンくんとミカルくんにも知られているようだ。説明をしようとしたところで私はカミラ先生に呼ばれてしまった。
「セシーリア殿下が参ります。イデオンくん、エスコートを」
促されて私は奥の扉に向かった。魔術騎士が扉を開けてセシーリア殿下が細身の体によく合うマーメイドラインのドレスを着て入って来る。手を差し出すと微笑んで私の手に手を重ねてくれた。
カミラ先生のところまでエスコートしていくとセシーリア殿下はコンラードくんを見て頭を下げた。
「ご子息のお誕生本当におめでとうございます。コンラード様、どうぞよろしくお願いしますね」
「お祝いいただき誠にありがとうございます」
「堅苦しいことはやめにしましょう。コンラード様を抱っこさせていただけますか? 首の据わっていない赤ちゃんを抱っこするのは初めてなのです」
抱き方を教えてもらってセシーリア殿下がコンラードくんを抱っこする。慣れていないぎこちなさかコンラードくんはもぞもぞと動いて少し泣いたが、安定する位置を見つけて落ち着いた。
「なんて小さいのでしょう。産まれたばかりの赤ちゃんはこんなに小さいのですね」
「これでも少しは大きくなった方なのですよ」
「まぁ! もっと小さかったのですの?」
コンラードくんの話で盛り上がっている間に他の貴族たちも会場に入ってきていた。その中にノルドヴァル領の親子を見つけて私はセシーリア殿下に手を差し出した。
「のみももを取りに行きませんか?」
あ、緊張して噛んでしまった。
かっこよくエスコートするつもりだったのに台無しだ。
「はい、喜んで」
噛んでしまって恥ずかしくて顔を真っ赤にする私を笑ったりせずにセシーリア殿下は手を繋いでくれた。グラスに入った冷たいフルーツティーにセシーリア殿下が手を翳して異物混入がないことを確かめて私にも渡してくれる。
「ありがとうございます」
「イデオン様は紳士ですね」
「お兄ちゃんが……じゃなくて、兄上が教えてくれたのです」
小さい頃からお兄ちゃんは私が貴族社会で生きて行けるように言葉遣いやその他の知識などをしっかりとつけてくれていた。
「オリヴェル様は研究課程に進まれているのですね……少し羨ましいです」
「セシーリア殿下は?」
「わたくしは国政もあったので、魔術学校にも行けず、家庭教師から習っておりました」
姉上まで犠牲になることはない。
国王陛下はそんなことを言っていた。国のために尽くすということは自分の選択肢がないということなのだろうか。
「イデオン様のおかげでわたくしは相当自由になりましたのよ。ですから今回の件はお礼です」
結婚話が持って来られることが無くなり安心して国王陛下のお傍にいられる。そのことを感謝されているのだと理解して私の方こそお礼を言おうとしたがセシーリア殿下は呼ばれてしまって言葉にできなかった。
妹の国王陛下を大事に思っているセシーリア殿下と、お兄ちゃんを大事に思っている私。お互いに気持ちは分かるのかもしれない。
「セシーリア殿下は大人だな」
「きれーなひとだね」
ダンくんとミカルくんが話しかけるのに私は頷いた。
「なんであんなひとが私を選んだか分からないんだけど」
「それ、本気で言ってるか?」
「へ?」
「イデオン可愛くて年上に好かれそうだもんな」
ダンくんの言っていることがちょっと分からない。
クエスチョンマークを頭の上に浮かべているとノルドヴァル家の親子が視界の端に見えた。
ノルドヴァル領の親子がセシーリア殿下に挨拶をしているのを確認して、私はグラスを給仕の使用人さんに返して、ダンくんとミカルくんに片手をあげて挨拶をしてセシーリア殿下の元に歩み寄った。
「踊っていただけますか?」
「わたくしでよろしければ」
挨拶をしている目の前でセシーリア殿下を奪っていく。
くすくすと笑いながらセシーリア殿下は私の手を取って踊り始めた。背の高さが足りないので両手を繋ぐような形になっているが、そのままぐるぐると回ると本当にダンスを踊っているようで楽しい。
鋭い視線が私とセシーリア殿下に向けられているのは分かっている。
そろそろ仕上げだ。
音楽が終わると私はセシーリア殿下の前に膝を付いた。
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