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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
六章 幼年学校で勉強します!(四年生編)
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18.お兄ちゃんの実習中

 お兄ちゃんの実習中は薬草畑の世話をする暇もなくお兄ちゃんは診療所に出かけて、夜遅くに帰って来る生活になった。夏場で熱中症で倒れたり、体調を崩したり、暑さで判断力が鈍って怪我をしてしまったり、わいて出る蛇や毒虫の害にあったり、害獣を駆除しようとして怪我をしたり……限りないほど患者さんは朝から晩まで診療所に来るというのだ。


「イデオン、ごめん、薬草畑のことは任せて良い?」

「頑張るよ。お兄ちゃんも無理しないでね」


 早朝に移転の魔術でエレンさんの診療所に飛んでいくお兄ちゃんを見送って私は薬草畑の世話に向かった。ファンヌもヨアキムくんもいるし、エディトちゃんも順調に水やりを覚えていて、リンゴちゃんは雑草を食べてくれるので困ることは一つだけ。


「ひぃぃ……虫ぃ!」


 害虫を手袋を付けた手で摘まみ取ったはいいのだが、その柔らかさに生理的嫌悪が勝ってそれを潰せないで泣き出しそうになる私に、ファンヌがこくりと頷いた。


「にいさま、まかせて」

「ファンヌ、お願い」


 手袋を渡すと見えないところで虫を踏んで駆除してくれるファンヌは非常に心強かった。小さい頃から薬草畑で薬草の世話をしているけれど私は虫だけはどうしても慣れない。苦手で潰すのがとても無理だ。

 いい虫も悪い虫もない。薬草を育てるときにそれを阻害するから仕方なく駆除させてもらうだけだというお兄ちゃんの言葉はしっかりと覚えている。薬草を守るためには駆除しなければいけないのだけれど、どうしても潰すのが私には無理だった。

 害虫の駆除はファンヌが引き受けてくれて、エディトちゃんとヨアキムくんが水やりを担当して、私は薬草の収穫をする。収穫した薬草を保管庫に運んでおけばビョルンさんが一日一度は見に来てくれて、新鮮なうちに使う薬草は栄養剤の材料にして、乾かす薬草は干しておいてくれる。

 お兄ちゃん不在の間はみんなで協力して薬草畑を守る体制ができていた。


「お兄ちゃんが外に出るのが許されて一番に作ったのがこの薬草畑だったもんね」

「オリヴェルおにいちゃん、はたけつくったの?」

「そうだよ、ヨアキムくん。元はアンネリ様が裏庭でひっそり育ててた薬草畑で、荒れ果ててたのをもう一度復活させたんだ」


 その頃には薬草畑も広くはなかった。マンドラゴラの種を魔術学校の先生から分けてもらってお兄ちゃんが植えていたのが懐かしい。


「わたくし、きがついたらはたけがあったような」

「ファンヌは赤ちゃんだったもの」


 幼すぎて最初の頃は覚えていないファンヌにとって、薬草畑とは物心ついたらあったようなものだろう。私も相当小さかったので朧気にしか覚えていない。

 それでも今では庭中を使って噴水まで池に改造して作られた薬草畑は、お兄ちゃんとの大事な思い出の積み重ねだった。

 朝の作業を終えるとシャワーを浴びて朝ご飯を食べる。


「まっま、おひじゃ」

「今日は甘えたい気分なのですか? 良いですよ、エディト」


 朝食の後で寛いでいると授乳を終えたカミラ先生のお膝にエディトちゃんが乗りたがる。お膝に抱っこされてエディトちゃんはぎゅっとカミラ先生に抱き付いていた。


「まっま、すち」

「私もエディトが大好きですよ」

「こーたん、ぱっぱ、すち」

「コンラードもビョルンさんも、あなたのことが大好きだと思いますよ」


 暖かな親子の語らい。

 私にもファンヌにもなかったものだ。

 じっと見つめてしまっている私にカミラ先生は気付いたようだった。


「オリヴェルがいなくて寂しいのですね」

「寂しい……」


 両親が構ってくれない代わりにお兄ちゃんはいつもそばにいてくれた。寂しいときには抱っこしてくれて、夜は狭い子ども部屋のベッドで一緒に寝てくれた。お兄ちゃんが私にとってはエディトちゃんにとってのカミラ先生やビョルンさんのように、暖かさや安らぎを与えてくれる存在だったのだ。


「オリヴェルは今日は泊まり込みでしょう? 寂しかったらいつでも来て良いですからね」

「ありがとうございます。でも、大丈夫です」


 カミラ先生に言われたけれど私はそういう気分にはなれなかった。

 お兄ちゃん以外の誰かが私の寂しさを埋めてくれるなんてことはないのだと分かっていたから。

 その夜はよく眠れなかったけれど朝はいつも通りに起きて薬草畑の世話をした。お兄ちゃんが任せてくれた仕事を放りだすわけにはいかない。


「今日もお兄ちゃんは泊まり込みか……」


 深夜に急患が運び込まれることもある。そういうときのために夜の診療所でも経験を積んでおくことが医学も志しているお兄ちゃんには必要なのだ。頭では分かっているが寂しさは消せない。

 夜は眠れなくてお兄ちゃんがくれたランタンを手元に置いて魔術の灯りをずっと見ていた。お兄ちゃんは早く帰って来ないだろうか。


「イデオン……イデオン?」

「ふぁ!? お兄ちゃん!?」


 いつの間にかランタンを抱いて眠ってしまっていたようでお兄ちゃんに起こされて私は飛び起きた。お日様はとっくに登り切っている。


「いけない! 薬草畑!」

「眠れなかったんでしょう? 一日くらい大丈夫だから」

「お兄ちゃん、なんでこんなに早く帰って来たの?」

「二日続けての泊まり込みの後だから、今日は一日休むようにエレンさんに言われたんだ」


 余裕のある診療所では複数人で泊まり込みの医者を交代でやっているというがエレンさんは診療所に一人きりだ。


「診療所にもっと医者がいないと大変だと身に染みて分かったよ」


 欠伸を噛み殺しながら言うお兄ちゃんの言葉は実感を伴っていた。寝坊して朝食の席に行った私はお兄ちゃんと二人きりで朝ご飯を食べた。食べ終わるとお兄ちゃんはシャワーを浴びて眠ってしまった。

 今日は一日お兄ちゃんがいる。眠ってしまっているからゆっくり休ませてあげたいけれど、話したいこともたくさんあった。それをぐっと我慢して洞窟に行く日に話す時間が取れるかもしれないとそのときの私は思っていた。

 実習が無事に終わってお兄ちゃんは最後の実習日誌を書き終えて、完全な休みに入った。

 残り一週間だけの夏休みだけれど、お兄ちゃんとずっと一緒にいられる。


「いちゅちゅ! いくー!」

「エディトちゃん、薬草畑のお世話が終わってからだよ」

「いちゅちゅ! いちゅちゅよ!」


 実習の五日間が終わったことはエディトちゃんも毎日ビョルンさんと残りの日数を数えていたので分かっていた。早朝にウサギのポーチを下げて現れたエディトちゃんは長袖に長ズボンに麦藁帽子のいつもの薬草畑の世話をするスタイルだった。


「にいさま、オリヴェルおにいちゃん、はやくおわらせていきましょう!」

「しょーにゅーどー、はやくみたいな」


 ファンヌもポシェットを下げているし、ヨアキムくんも肩掛けのバッグを身に着けていた。薬草畑の世話が終わったらそのまま出かけかねない三人にお兄ちゃんが苦笑している。


「薬草畑の世話が終わって、シャワーを浴びて、朝ご飯を食べてからだよ?」

「はやくいきたいのー!」

「いちたいー!」

「ピクニックみたいだね」


 ファンヌとエディトちゃんとヨアキムくんは今日を余程楽しみにしていたようだった。そういう私も楽しみでならなかったのでひとのことは言えない。

 薬草畑に行く前にお兄ちゃんが厨房のスヴェンさんに声をかけてくれた。


「今日はイデオンとファンヌとヨアキムくんとエディトと出かけるので、お弁当をお願いします」

「分かりました。カスパル様やブレンダ様は?」

「今回は子どもだけなんですよ」


 ビョルンさんから安全な場所だとお墨付きがあったからこそお兄ちゃんの引率で子どもだけで行くことが許された洞窟。


「わたくし、ランタンもっていきますの!」

「ぼくも、ライトほしいな」

「僕のを貸してあげるよ。僕は魔術で灯りを作れるから」


 薬草畑の世話をしながらも話題はずっと今日行く洞窟のことばかりだった。


「ファンヌ、虫の駆除ができるようになったの?」

「私が苦手だからお願いしちゃった」

「わたくしにまかせていいのよ」


 ぶかぶかの手袋で虫を摘まんで取るファンヌは誇らしげな顔だった。

 楽しい洞窟へのピクニックの予感にみんな浮かれていた。


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