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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
六章 幼年学校で勉強します!(四年生編)
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14.カリータさんのお屋敷

 約束の日、フレヤちゃんはつば広の魔術のかかった帽子を被ってリュックサックを背負って日除けの上着を着てルンダールのお屋敷にやってきた。紙袋を抱いていて出て来たお兄ちゃんにそれを渡す。


「これ、親戚の庭の木で採れたスモモです。今日はよろしくお願いします」


 真っ赤な皮のスモモはよく熟れていてとても美味しそうだった。


「冷やしてお昼に食べようね」

「カリータさんのお屋敷で冷やしてもらおう」


 お兄ちゃんの言葉に私が提案する。

 今回のカリータさんのお屋敷の視察はカミラ先生のお腹が大きくなっているのでカミラ先生とビョルンさんは安全のためにお屋敷に残ることになっていた。保護者としてカスパルさんとブレンダさんが来てくれるのだが、一緒に行く気満々のエディトちゃんは頑なに二人の抱っこを拒んでいた。


「やーの! らっこ、ないの」

「抱っこしないと移転の魔術が使えないんだけどな」

「やーの! かーおじた、ぶーおばた、やーの!」


 普段はビョルンさんが抱っこしていることが多いし、そろそろ次の赤ちゃんが産まれる気配も感じているエディトちゃんはカスパルさんとブレンダさんに抱っこされてくれない。

 抱っこしていないとこんなに小さい子は途中で手が外れたら移転の魔術で通る異空間に飲み込まれてどこに行ったか分からなくなってしまう。困り切ったカスパルさんにリーサさんがエディトちゃんの前に出てくれた。


「わたくしが抱っこ致しましょうか?」

「りーた、いーの」


 ふくれっ面で首をぶんぶん振っていたエディトちゃんがリーサさんに言われるとにぱっと笑顔になる。

 お兄ちゃんが私とフレヤちゃんと手を繋いで、ブレンダさんがファンヌとヨアキムくんと手を繋いで、カスパルさんがエディトちゃんを抱っこしたリーサさんと手を繋いで移転の魔術でカリータさんのお屋敷に行くことになった。


「リーサさんは本当なら今日は休めるはずだったのに、すみません」

「いいえ、カスパル様と出かけられますし」

「そ、そうですか?」


 目を伏せて頬を染めるリーサさんとカスパルさんは良い感じに見える。お兄ちゃんが研究課程を卒業してカミラ先生がオースルンド領に帰る年にリーサさんもカスパルさんと一緒に帰る約束をしていたが、ファンヌとヨアキムくんは幼年学校に入学したのでお付き合いは始まっているはずだ。


「仲良しなのね」

「カスパルさんはリーサさんのことが好きで、リーサさんもカスパルさんとお付き合いする返事をしてあるんだ」

「リーサさんは平民なのに、領主様の息子さんとお付き合いをするなんて勇気があるのね」


 二人を見つめるフレヤちゃんの目には尊敬が込められていた。

 貴族社会で魔術を使えない平民がどう扱われるかなんて分かり切っている。それを乗り越えるだけの愛情がカスパルさんとリーサさんの間には生まれているのだろう。


「私にはよく分からないけど、愛ってすごいね」

「イデオンくんにはちょっと早いかもしれないわね」


 フレヤちゃんには再三言われているけれど私は恋愛に疎いようだった。一年生のときに上級生に絡まれた件もあって面倒だと擦り込まれていたし、ほっぺたにキスをされて魅了の魔術を使われたヘッダさんのときにはお兄ちゃんに言いたくないことを言ってしまってものすごく傷付いて落ち込んだ。


「恋愛なんてしなくていいよ」

「そういうひとが、恋に落ちたら大変なんだって言うわよ」

「そういうフレヤちゃんはどうなの?」

「私はイデオンくんみたいに婚約もしなくていい身分だから」


 婚約のことを言われてしまうと私は困ってしまう。

 あれはセシーリア殿下が10年の猶予を得るための口実だったのだが、そうとしてもお兄ちゃんの前でキスをしたように見せかけられたのはかなりショックだった。まだ8歳だった私がキスをされたように見えたのがお兄ちゃんは心配だったようであのことは何度も話に上がっていた。

 恋愛をするには幼すぎるからこそセシーリア殿下が私を選んだのは分かるのだが、ちょっとだけお兄ちゃんの前で見せつけなくても良かったのにと思ってしまう。

 思考を切り替えて私はカリータさんのお屋敷のことに集中することにした。

 カリータさんのお屋敷の前庭はごく普通の綺麗に整えられた花壇や噴水のある貴族のお庭だった。


「いらっしゃいませ。今日はようこそいらっしゃいました」

「よろしくお願いします。弟のイデオンの同級生のフレヤちゃんです。こちらはフレヤちゃんから頂いたスモモです。冷やしてお昼に食べませんか?」

「これはありがとうございます。冷やしておきますね」


 代表して挨拶をするお兄ちゃんは堂々としてカッコいい。フレヤちゃんから貰った紙袋を渡すとカリータさんが使用人さんにそれを渡して冷やすように命じている。

 庭を歩きながらカリータさんは説明してくれた。


「庭の方には、ケンタウロス、パン、ケルベロス、グリフォンがおります。地下室にフォルティスセプスとオオトカゲを飼っております。どちらから見ますか?」


 どちらからでも良かったが室内に入ると一度帽子や上着を脱がなければいけないのを考えると、外が先の方が良い気がしていた。


「裏庭からお願いしてもいいですか?」

「ケンタウロス、のれますか?」

「残念ながら、檻には入れないようになっています」

「ミノタウロス……ごめんなさい」


 目を輝かせて聞いたヨアキムくんと逆でファンヌは珍しく申し訳なさそうに頭を下げていた。以前に飼っていたミノタウロスはドラゴンさんが連れて来てファンヌが止めを刺して捌いて食べてしまった。


「良いのですよ。前にも言いましたでしょう?」

「ありがとうございます、カリータさん」


 深々と頭を下げるファンヌは無謀にミノタウロスに飛びかかって行ったあの頃の幼いファンヌではなかった。きちんと考えて謝罪ができるようになったファンヌの成長に私は感動してしまう。

 裏庭には距離を置いて幾つかの檻が設置してあった。ケンタウロスは馬の頭の部分に人間のような上半身のついた魔物で、パンは人間に似た上半身にヤギの下半身の魔物で、ケルベロスは三つ頭のある炎を吐く漆黒の犬で、グリフォンは獅子の身体に鷲の翼と頭の魔物だった。

 ケンタウロスの檻の前でエディトちゃんとファンヌとヨアキムくんが仰け反っている。


「おおきいのー!」

「おっちー!」

「これは、たべるところがいっぱいありそうですね」


 さすがに菜切り包丁は出さないけれど着眼点の違うファンヌに、カリータさんが重々しく頷く。


「普通の馬肉よりも格段に美味しいと言われています。問題は捌いて時間が経つと臭みが出て来てしまうことなのですが」

「カリータさんも魔物は食べる派なんですか!?」


 オースルンド領で捕まえて来たワイバーンやコカトリスをカミラ先生が領民に振舞っていたと聞いたけれど、ここにも魔物を食べる猛者がいたなんて。驚きで声が大きくなってしまったので檻の中のケンタウロスが蹄を鳴らして威嚇してくる。

 ちょっと怖いのでお兄ちゃんの脚にしがみ付く私にカリータさんは穏やかに言う。


「結界も檻もドラゴンでもない限り破れませんので大丈夫ですよ」


 そうなのだ、破ってしまったドラゴンさんを私は知っている。

 今日だけは絶対に出て来てくれないように祈ったが、その祈りも虚しかった。パンを見て、ケルベロスを見て、グリフォンを見ていると、空に大きな影が過る。


「ここは魔物を取っていい場所ではありません!」


 降り立ったドラゴンさんは私たちの姿に驚いているようだった。


『良く肥えた魔物がおるので……』

「ここはわたくしが管理している魔物しかおりません。全て安全にわたくしが育てているものです」

「カリータさんのお屋敷から、ミノタウロスを盗んだでしょう! そのことでカリータさんは気にしてたんだからね!」


 私とカリータさんの文句にドラゴンさんはたじたじになっているようだった。


『人間が魔物を飼うなどと思うておらなかったから……』

「どうみても檻でまもられているでしょう。きちんと見てください」


 冷静に見えるがカリータさんもドラゴンさんに文句を言えるくらいには怒っていたようだった。しゅんと頭を下げてドラゴンさんは項垂れる。


『幼子に魔物を取って来ようと思うたのに』

「結構です。魔物の料理ならばわたくしが振舞います」

『我は不要だったか……』

「むしろ迷惑です。ここにいると研究致しますよ?」

『す、すまなかった。我は去ろう』


 謝って飛び去るドラゴンさんの姿に私はカリータさんに拍手喝さいを送りたいくらいだった。カミラ先生以外でドラゴンさんとまともに話し合えるひとがいたなんて。魔物を普段から相手にしているカリータさんの度胸は伊達ではなかった。

 それにしても神獣とも言われるドラゴンさんを研究材料にしようとするなんてカリータさんはなんて肝の据わったひとなのだろう。改めて尊敬してしまった。


「カリータさんって素敵ね。私も将来あんな風になりたいわ」

「すごくすてきですの。フレヤおねえさまなら、なれますわ」

「かっちょいー」


 憧れるフレヤちゃんをファンヌが応援して、エディトちゃんもお目目をきらきらさせている。強い女性というのは女の子たちの憧れの的のようだった。

 続いて地下室でフォルティスセプスとオオトカゲを見せてもらった。


「どちらも猛毒を持っていますが、わたくしの外科的処置で毒袋を切除し、無毒化しています」


 巨大なフォルティスセプスもオオトカゲも結界と檻に阻まれて私たちに害をなすことはなかった。

 ついでに毒物の保管庫も見せてもらった。

 厳重に鍵がかけられた保管庫は魔術でも封印がかけられていた。鍵を開けて魔術を解いて中に入ると真っ暗でひやりと冷たい。毒物が変質しないように温度と湿度管理がしっかりとされているのだろう。

 灯りをつけて鍵と封印の魔術のかかった棚に並ぶ黒い遮光の瓶の一つを示される。それがカリータさんがルンダールのお屋敷に持って来たときから変わらない様子であることを私たちは確かめた。


「昼食は食べて行かれますよね。簡単ですが用意してあります」

「ありがとうございます」


 エディトちゃんはスタイを首に付けてリーサさんの膝に座り、私たちも食卓に着いた。


「マーグヌムカペルの肉のステーキとパンとスープを用意しております」

「マーグヌムカペル?」

「ヤギに似た巨大な魔物で近隣の農家を荒らすので駆除したものを捌いて肉にしました」


 マーグヌムカペルの肉はチーズソースがかかっていて臭みもなく美味しかった。

 食べ終わって冷えたスモモを齧りながらフレヤちゃんが質問する。


「カリータ様は近隣の農家を荒らす魔物を駆除しているのですか?」

「雇ってある魔術師と共にわたくしが治めさせていただいている土地では魔物は駆除したり捕まえたりしております」

「そういう魔物は研究にも使いますか?」

「もちろん、研究の余地のある魔物は研究に使いますよ」


 話を聞いているフレヤちゃんの頬は興奮で赤く染まっていた。

 移転の魔術でお屋敷に帰るとフレヤちゃんは拳を握って宣言する。


「私も将来カリータ様みたいな魔物研究家になりたいわ!」

「応援するよ」

「今度動物園に行くときには誘ってね。それまでにお小遣いを貯めておくから」


 カリータさんのお屋敷に行った経験はフレヤちゃんの将来にまで影響を与えていた。

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