22.再会
「オリヴェル……オリヴェルですか?」
「まちがいありません、あにうえです、カミラせんせい」
私の報告を聞いて、カミラ先生が大人くらいの上背のあるお兄ちゃんを抱き締める。ここでは話がしにくいということで、お兄ちゃんは私とファンヌとカミラ先生を安宿に連れて行ってくれた。
「旦那様と奥様は、私が一銭も持っていないと思っていたのでしょう。下町に捨てて、戻ってきたら命はないと言って去って行きました」
安宿はお手洗いが共同で臭く、シャワーもない。汗でべっとりとしたお兄ちゃんの髪や肌は、少し臭う気がした。
そんなことは全く気にならず、私もファンヌも、お兄ちゃんの膝の上に乗り上がり、胴に抱き付いていた。もう一度会えた嬉しさに涙が止まらない。
「幸い少しはお金があったので、できるだけ安い宿を探して、ここに泊まって、なんとか持ち出せた薬草を売りながら、年齢を偽って働ける場所を探そうと思っていたところです」
「間に合って良かった。お腹は空いていませんか、オリヴェル」
「す、少し……」
顔を赤らめたお兄ちゃんのお腹が、きゅるきゅると鳴る。手持ちのお金でできるだけ長く宿にいるためにも、お兄ちゃんが食事を最低限で我慢していたのだろう。顔色が悪いのも、お腹が空いているからに違いなかった。
「私はカミラ・オースルンド。あなたの父、レイフの妹で、あなたの叔母です」
「叔母上……私を助けに来てくれたのですか?」
亡くなったお兄ちゃんの父親の妹だというカミラ先生。お屋敷では誰も私の両親に逆らえず、お兄ちゃんが死んだと告げられるまで動かなかったことを、カミラ先生は悔いているようだった。
「もっと早くに動いていれば……」
「いえ、僕……じゃない、私にとっては、大事な時間でした。イデオンとファンヌが傍にいてくれて、二人と過ごせたことは、幸せでした」
もうお屋敷には戻れないのが当然のように言うお兄ちゃんに、私はふつふつと怒りが沸いてくる。見回した部屋の壁や天井に、どこか見覚えがある気がして、私ははっと息を飲んだ。
ひび割れた壁、雨漏りのしそうな天井……ここは、夢で見たお兄ちゃんが死んだ部屋によく似ていた。
ここにお兄ちゃんをいさせてはいけない。
「おやしきにもどれないとしても、あにうえにすむばしょを、かくほできませんか?」
「もちろんです。私はそのために来たのですから」
部屋から出て、カミラ先生は宿の支払いを終えて、お兄ちゃんを連れて宿から出た。お兄ちゃんに私を抱っこさせて、カミラ先生がファンヌを抱っこして、開いている方の手でカミラ先生とお兄ちゃんが手を繋ぐ。
「移転の魔術を使いますよ」
「はい、よろしくお願いします」
移転の魔術で飛んだ先は、魔術学校のようだったが、お兄ちゃんはその学校を知らない様子だった。
「ここは……?」
「オースルンド領の魔術学校です。ここの寮に入って、体勢が整うまで、この領地の魔術学校で学んでください」
「魔術学校に通って良いのですか?」
「オースルンドの次期領主が許すのです。誰が文句を言えましょう」
オースルンド家の甥として、魔術学校に入学する手続きを終えて、寮の部屋に案内されたお兄ちゃんは、お手洗いもシャワーも付いていることに感激していた。
「普通ならば、複数で使う部屋が多いのですが、私の甥っ子ですから、特別に一人部屋を使わせてもらいました」
「叔母上、ありがとうございます」
「これは、あなたが植えて、イデオンくんとファンヌちゃんが守ったマンドラゴラを売って得たお金です。これ以外にも、不自由のないように資金援助をします。でも、これは、イデオンくんとファンヌちゃんの気持ちとして、大事に使ってください」
お金の入った袋を、カミラ先生が私とファンヌに持たせる。お兄ちゃんのところまで歩いて行って袋を差し出すと、お兄ちゃんは袋を受け取らず、私とファンヌを二人纏めて抱き締めた。
「ありがとう……イデオン、ファンヌ、本当にありがとう」
「おにいちゃん、いきててくれてよかったの……ぜったい、おやしきにかえれるようにするから」
涙ぐみながらお兄ちゃんに言えば、お兄ちゃんの表情が曇る。
「イデオンの気持ちは嬉しいけれど、僕を死んだと宣言した以上、僕がお屋敷に戻れるのは、旦那様と奥様が追い出された後しかなくなる」
「ちちうえと、ははうえを、しょうこをつかんで、おいだすよ!」
「そのときに、イデオンとファンヌも追い出されてしまわないだろうか」
両親が追い出されても、お兄ちゃんは私とファンヌを傍に置いてくれると約束していたが、その場にお兄ちゃんがいなくて、当主になっていなければ、その約束は果たされない。
両親を断罪することは、私たちの居場所をなくすことに等しいと、お兄ちゃんは気付いていた。
「それでも、かまわない。わたしのしあわせは、おにいちゃんがしあわせになることだから」
「いーのいーの」
私の考えに、ファンヌも賛同してくれる。両親が断罪されて追い出されて、私たちが宿無しになっても、それは仕方のないことだ。あの両親の血を引いているのだから、私たちが許されることなく、貴族社会から爪はじきにされたとしても、それは覚悟の上だった。
「なんて健気な良い子たちなんでしょう……あの両親から生まれたとは思えない。やはりオリヴェルの教育が良かったのですね」
「叔母上も、イデオンとファンヌに言ってあげてください」
「えぇ、言いますとも。あなたたちの高潔な心、真摯なオリヴェルへの愛情、私はしっかりと見届けています。いずれ、あの二人が引きずりおろされ、法の裁きを受けることとなろうとも、私はイデオンくんとファンヌちゃんを守ります」
ルンダール家の隣りの領地、オースルンド領の次期領主様から、私とファンヌの地位を守るというお墨付きをいただいてしまった。
今更ながらに、私たちは物凄い味方を得たのだと気付いた。
着替えなども用意してもらって、お兄ちゃんはシャワーを浴びてさっぱりとしたようだった。寮の食堂に移動して、食事をしながら話を続ける。
カミラ先生が目くらましの結界を張っているので、目立つ3歳児と5歳児と長身の美女にお兄ちゃんの一団は、誰にも気付かれていなかった。よほどお腹が空いていたのか、一気に食べ終えてしまってから、お兄ちゃんが顔を赤くする。
「お行儀が悪くてすみません」
「気にすることはありませんよ。あなたは私の甥なのですから。普段は『僕』と言っているのですか? 構えず、いつも通りに話してください」
「ありがとうございます、叔母上」
「本当に亡くなったレイフ兄上にそっくりで」
目頭を押さえるカミラ先生はお兄ちゃんの中に、自分の兄の姿を見ているようだった。
「アンネリさまは、どくさつされたかもしれないのです」
「それは、本当ですか?」
「まだしょうこはつかめていませんが、しょうこをつかめば、りょうしんをだんざいできるはずです」
説明する私に、お兄ちゃんが詳細を付け加える。
「少しずつ毒を浸透させる呪いがあると、文献で読んだことがあります」
「えぇ、禁呪ですが、確かにあります」
「母は記憶にある限り元気なひとで、毎日薬草畑の世話をしていました。それが急に病気になって亡くなるなんておかしいと思って」
呪いの魔術はかけた相手の痕跡が残る。
それを突き付ければ、両親を引きずりおろせるのではないかと思っていた私とお兄ちゃんは、少しばかり甘かった。
「呪いを生業としているものに依頼したかもしれません。そうなると、捕まえられてもそのものだけになってしまいそうですね……」
言われて私もお兄ちゃんも、両親が魔術の才能がそれほど高くないことに気付いた。魔術の才能が高くない父親は、跡継ぎになれずに、ルンダール家に入り婿に来た。そんな父親が難しい毒の呪いを使えたかどうかは、確かに疑問だ。
「もっと、かくじつな、しょうこを……」
お兄ちゃんの安全は確保できた。
これから先、両親を引きずりおろすことが、私の目標となっていた。
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