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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
六章 幼年学校で勉強します!(四年生編)
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13.経口補水液の作り方

 キャベツには春キャベツと冬キャベツと言って別々の時期に収穫できるものがある。それは普通のキャベツの場合で色変わりキャベツの収穫は春に植えて秋だった。

 日差しが照り付けて帽子と日除けの上着でも防げずに汗びっしょりになる夏、日が昇る前に水やりを終えておくのだがそれでも登り始めたお日様に気温が上がって作業を終える頃には汗が滴るほど出ていた。

 水をやるまでは萎れていた畝の薬草やキャベツやマンドラゴラも新鮮な水をもらって活き活きと生き返る。鮮やかな緑が目に眩しく、葉っぱを伝う水滴が涼し気でもあった。

 近くの木では蝉が鳴き始めている。

 本格的な夏が来た。

 薬草畑の世話が終わるとシャワーを浴びてお兄ちゃんに移転の魔術で幼年学校に送ってもらう。ハグをして別れるのも一学期は今日が最後。

 明日からの夏休みの予定にはフレヤちゃんとカリータさんのお屋敷に行くことも含まれていた。


「フレヤちゃん、お兄ちゃんがお休みなのがこの日と、この日なんだけど、どっちがいい?」

「できれば早い方がいいわ」

「分かった」


 研究課程で忙しいお兄ちゃんの夏休みはあるようで本当に休める日が少ない。夏休み期間中も課題のために研究課程の校舎に行ったり、実際のお医者さんのところに行って実習をしたりするのだ。

 お兄ちゃんはエレンさんの診療所に実習を申し込んで了承されている。

 薬学だけでなく医学も学ぶお兄ちゃんは専門科目が一つの学生よりもずっと忙しいのだ。


「フレヤちゃん、今年の夏は大丈夫そう?」

「暑くなりそうだし、熱中症には気を付けるつもりよ」

「経口補水液って知ってる?」

「なにそれ?」


 ルンダール領には私の両親が重税を課した時期があって、その時期に街医者も次々と辞めて正確な医学的知識を教える場にも行けない生活状態が続いたせいもあって、基礎的な医学の知識が領民に抜けているのではないかと思い始めたのはもう三年以上前のこと。ミカルくんが肌を出して夏場に外で作業をして水も飲まずに気分が悪くなるというのを聞いたときだった。

 あれから私もビョルンさんや医学を学ぶお兄ちゃん、街医者のエレンさんからたくさんのことを学んだ。

 今年お兄ちゃんが教えてくれたのが経口補水液というものだった。体内に吸収されやすく脱水状態を早く治すというものだ。


「レシピがあるの?」

「うん、お水にお砂糖と塩を入れるだけなんだけどね」


 一定量の水に砂糖と少量の塩を入れる。それだけなのだが、それで吸収が格段に良くなるらしい。


「割合はこのくらいなのね……あの水筒に入れて作ってみるわ。ありがとう」


 毎年熱中症に悩まされているフレヤちゃんの家ではそれが役に立ちそうで、魔術を使って冷やせる水筒をプレゼントしたのも使ってもらえているようだ。フレヤちゃんだけではなく領民全体に知識が行き渡るようにしなければいけない。

 私は思い切って幼年学校の校長室を訪ねてみた。

 以前にお祖父様を不審者と間違えて逃げて来たときに校長先生は何かあったらいつでも来るようにと言ってくださっていた。


「幼年学校の全クラスに経口補水液の作り方を知らせることができませんか?」


 夏休み前の最後の登校日。

 これから始まる夏休みには熱中症も増えるだろうから、経口補水液の知識がこの幼年学校の中だけでも広まって欲しいと私は思ったのだ。

 これより広めるにはカミラ先生の手を借りなければいけないけれど、私のできる範囲では手を打っておきたい。


「大事な知識ですね。全クラスで伝えるようにしましょう」


 校長先生は快く請け負ってくれただけでなく、夏休みの過ごし方の書かれたプリントに急遽経口補水液のことを書き足して配ってくれた。

 自分のできることはやったと心置きなくお屋敷に戻った私はカミラ先生にそのことを報告して、カミラ先生からも領民全体に経口補水液のことが広まるようにお願いをした。


「校長室に一人で行ったのですか? とても勇気のある行いでしたね」

「前にお祖父様を不審者と間違えたときに校長先生が助けてくださったので、また助けてくださると思っていました」

「領民にも周知できるようにしていきましょうね」


 魔術を使うわけでもない、特別な道具がいるわけでもない、お水に砂糖と少しの塩を入れるだけの経口補水液は知ってさえいれば誰でも作れる簡単なものだ。それが熱中症対策になるなんてお兄ちゃんが教えてくれなければ私は知らなかった。


「お兄ちゃんが教えてくれたから……」

「それをすぐに広めようと行動できるのがイデオンくんのすごいところですよ」


 褒められて嬉しかったがお兄ちゃんに功績はあるような気がしている私に、カミラ先生は更に言葉を続けてくれた。


「知識のあるオリヴェルと行動力のあるイデオンくん。二人がいればルンダール領の未来も明るいですね」


 お兄ちゃんと二人で認められる。

 その事実は私の心を明るく照らし出した。

 ずっとお兄ちゃんの傍にいよう。9歳の私が改めて決意した瞬間だった。

 おやつの時間の前にお兄ちゃんが帰って来ると飛び付いて報告する。


「経口補水液のこと、校長先生が幼年学校全体に知らせてくれたし、カミラ先生もルンダール領全体に周知するようにするって」

「役に立ったみたいで良かった。今年は熱中症が減ると良いんだけどね」


 ルンダール領はこの国の中でも南方で暑い地域になる。その分だけ日照時間が長くて農作物がよく育つのだが、夏の暑さはかなり厳しいものだった。フレヤちゃんも何度も熱中症になったと言っているし、暑さで苦しんでいるひとたちはたくさんいるはずだ。

 ルンダール領の主な特産品は各種薬草にマンドラゴラ、向日葵駝鳥と青花の石鹸とシャンプーだから農家をしっかりと支えないとルンダール領が豊かにはならない。農家が農地を売り払わなければ税金を払えなかったような父のような政治をしていたらルンダール領はあっという間に寂れてしまっていただろう。

 向日葵駝鳥と青花の石鹸とシャンプーの事業で豊かになり始めたルンダール領だが、結局は向日葵駝鳥と青花を作る農家がいなければ成り立たなくて、それに高級なシャンプーに入れる蜂蜜を作る養蜂家もいなければいけない。養蜂家さんたちについては、蜂を借りてきて受粉させるのにも使えるのだから守っていかなければ農業も成り立たなくなってしまう。


「ルンダール領は農家に支えられてるもんね」

「そのことを忘れないようにしなくちゃ」


 マンドラゴラ品評会には他の領地からも買い付けに来ているというのを思い出して、過ったのはノルドヴァル領のことだった。領地に結界は張られているがそれらは魔物を寄せ付けないためであって、他の領地の人間を入れないというような効果はない。

 私たちも気軽に移転の魔術でオースルンド領や王都に行くように、貴族にしてみれば魔術師がほとんどなので距離などないに等しかった。

 入ろうと思えばいつでもノルドヴァル領からルンダール領に入って来ることができる。お屋敷に結界は張られているけれど、ルンダール家のお屋敷もパーティーのときには貴族たちが入って来られるようになっている。


「もう一度、パーティーを開けば、真犯人は尻尾を出すだろうか」

「イデオン、危ないことを考えていない?」

「次はもうお兄ちゃんが調べたものしか口にしないよ」


 そうすれば大丈夫だと信じている私にお兄ちゃんは眉を顰める。


「後ろから刺されるかもしれないよ」

「ひぇ!?」

「怖いことを言うけど、それくらいはしてもおかしくない相手なんだよ」


 背中に悪寒が走って飛び上がる私にお兄ちゃんは私の身体を抱き締めてくれた。食べ物や飲み物ならば気を付けて口にしなければいいが刺されてしまうのはどうしようもない。

 後ろから刺されるなんて想像したくもないくらい怖いことで、涙が出てきそうになる。

 震える私と、それを乗り越えなければ本当の平穏は来ないと分かっている私との間で、葛藤が生まれていた。それでもいつかは決断しなければいけないこともそのときの私はしっかりと理解していた。

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