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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
六章 幼年学校で勉強します!(四年生編)
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12.ドラゴンの伝承とミカルくんのウサギ

 ミカルくんの切なる願いで動物園から連れて帰られた明るいオレンジ色に似た茶色のウサギ。名前はミカンちゃんというらしい。雌のウサギで巨大なリンゴちゃんに比べるとちんまりとしている。

 動物園に行った週末が終わって幼年学校に登校するとダンくんから相談を持ち掛けられた。


「ウサギ、ミカンちゃんって名前付けたんだけど、マンドラゴラの葉っぱをやっても大きくならないんだよ」

「ミカルくんは普通にウサギを飼いたいんじゃなくて、大きくしたいの?」

「リンゴちゃんに憧れててな。それで、今日、ルンダールのお屋敷に行って良いか?」


 ミカルくんからリンゴちゃんの食事などについて質問があると聞いて私は快く了承した。動物園の話を聞いてフレヤちゃんは羨ましそうにしていた。


「ダンくんのところもイデオンくんのところも動物園に行ったのね。私も行きたかったなぁ」

「誘えば良かったね、ごめん」

「ううん、畑仕事の手伝いもあるし、列車代も払えなかったわ」


 ベルマン家に引き取られてダンくんはお金に困るようなことはなくなったけれど、一般の平民と呼ばれるひとたちにとっては王都までの列車代はかなりの高額だった。

 貴族と領民だと思っていて私はフレヤちゃんに聞くまで「平民」という言葉を知らなかったのだけれど、貴族ではないひとたちを貴族とわける意味でそう呼ぶ。カミラ先生もビョルンさんも自分が貴族だということに奢ったりするひとたちではなく、貴族ということもあまり口に出さないのでそれに対する言葉があるなんて知らなかった。

 貴族と平民、違うのは生まれた家だけではない。貴族はほとんどが魔術師になる才能を持って生まれる血統で、平民は魔術師の血が薄いのだということも今ではしっかりと分かっていた。


「列車代……今度うちの手伝いをしてもらって稼いで行く?」

「次の機会があるのなら行きたいわ」


 フレヤちゃんは旅行などに誘っていなかったけれど、行きたいところがあるのかもしれない。動物園にだって海にだって誘う機会はあったはずなのに、ダンくんのように頻繁に家に来ていなかったし、女の子だということで遠慮してしまっていた。


「もしかして、フレヤちゃんは魔物に興味があったりする?」

「そうなの。動物園には魔物を研究する施設もあって展示もしているでしょう」


 当たりだった。

 ファンヌが魔物に憧れて動物園で見たがったようにフレヤちゃんも魔物に興味がある。そうと分かれば誘う場所は決まっていた。


「フォルティスセプスの毒の研究論文を書いたカリータ・シベリウスさんってひとのお屋敷で魔物をたくさん飼ってるみたいなんだ。そこに行くときにフレヤちゃんも誘うよ」

「私も行って良いの?」

「カミラ先生に聞いてみるけど、絶対良いって言うに決まってるよ」


 学びたい生徒の味方であるカミラ先生がフレヤちゃんがカリータさんのお屋敷に行くのを嫌がるはずがない。

 幼年学校から帰って一番に聞いてみると、カミラ先生は私が思っていた通りの反応をくれた。


「フレヤちゃんの将来に関わる見学になるかもしれませんね。魔物の研究学者は少ないと聞きます。いい勉強になるでしょう」

「ありがとうございます」


 お礼を言ってついでに私は平民という言葉を知ってから疑問に思っていたことを口にした。


「どうして、貴族に魔術師が多くて、平民には少ないんですか?」

「それはこの国……いえ、世界の成り立ちの話をしなければいけませんね」


 カミラ先生が話してくれたのは壮大な神話だった。

 太古、この世界には一匹のドラゴンがいた。その体は巨大で大陸よりも大きかったという。そのドラゴンが命尽きたときに、翼から土地が生まれ、血から海が生まれ、肉からは様々な動物や魔物が生まれた。神獣と呼ばれるドラゴンも生まれたが太古のドラゴンとは全くの別物だとカミラ先生は説明してくれた。


「その中で生まれた生物の一つが人間です。心臓から生まれたものだけが魔術師として魔術を使えて、その他の人間は魔術を使えなかったと語り継がれています」

「魔術師と魔術を使えないひとがはっきり分かれていたんですか? でも、今は平民の中でも魔術を使えるひとが生まれますよね?」


 ダンくんやミカルくんやフレヤちゃんは両親は魔力を持っていないが、魔力を持って生まれた例だ。


「魔術師たちが国を治めて王族や貴族になった後に、人間と混血をしたのです。その過程で魔術師と人間は混ざり合いました。混ざる前は魔術師は人間ではなかったという説もあります」


 魔術師と人間が混ざり合って今生きているひとたちが作られた。血統でしか魔力が受け継がれないのでダンくんやミカルくんやフレヤちゃんは隔世遺伝ということになる。

 人間と混血して薄まった魔術師の血を再び濃くしようと無茶な近親婚や魔力のあるものを無理やりに結婚させることが相次いで、今では国の法律で近親婚や人身売買が取り締まられていることもカミラ先生は教えてくれた。


「イデオン、叔母上、神話のお話ですか?」

「神話の話から、現行の法律の話をしていました」

「ダンくんとミカルくんが来ていますよ」


 話している間にお兄ちゃんが帰って来る時間になっていたようだ。ダンくんとミカルくんも子ども部屋で話を聞いている私と、後ろでそっと耳をそばだてていたファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんに近付いてきた。


「おはなし、よかったのか?」

「うん、終わったところだよ。いらっしゃい、ミカルくん、ダンくん」

「なんか難しい話してたな」


 聞いていたのか二人は首を傾げていたが持っていたケージからウサギのミカンちゃんを出した。ミカンちゃんは元気よく跳ねまわってくんくんと鼻をひくつかせて家具を嗅いでいる。


「ウサギちゃんだ!」

「ちいさいのね」

「ファンヌ、リンゴちゃんが大きすぎるだけだからね?」


 ぴょこぴょこと飛び回るミカンちゃんはまだ子ウサギのようで小さくて可愛かった。

 ミカルくんがミカンちゃんを抱っこしてヨアキムくんと私に聞く。


「なにをたべさせたらおおきくなるのか、おしえてください」

「なんだろうね……最初はマンドラゴラの葉っぱだったけど」

「うちのまんどらごらのはっぱをたべさせても、おおきさがかわらないんだけど」


 どうしてもミカルくんはミカンちゃんに大きくなって欲しいようだった。

 考えられることを一つ一つ上げていく。


「薬草畑の雑草を食べてるから、薬草もちょっとは食べてるかも」

「ぼく、うねのマンドラゴラがでてきて、はっぱをいちまいずつあげてるの、みたよ」

「あぁ、そういうこともあったね」

「イデオンにいさまのマンドラゴラも、エディトちゃんのマンドラゴラも、ファンヌちゃんのマンドラゴラもあげてた」


 え!?

 それは気付いていなかった。

 マンドラゴラの葉っぱは栄養剤を飲ませていれば抜けても生えるので一本くらいなくなっていても気付かない。ヨアキムくんは私のマンドラゴラやエディトちゃんのマンドラゴラやファンヌのマンドラゴラが葉っぱを上げている場面を見たようなのだ。


「栄養剤をもらって年季の入ってるマンドラゴラの葉っぱじゃないとダメなのか」

「ねぇ、ウサギのじゅみょうって、どれくらい?」


 それは私も知らないことだった。

 リンゴちゃんが規格外のウサギなので気にしていなかったが、普通のウサギには寿命というものがあるだろう。そういうものをすっ飛ばしてリンゴちゃんは何年も生きる気になっていた。


「書庫で調べてみようか」

「おーにぃ、あい!」

「あ、エディトちゃん、動物図鑑!」


 話は聞いていたとばかりに動物園に行く前から動物図鑑を気に入って書庫から借りてずっと手元に置いているエディトちゃんが、分厚いそれを軽々と持ってお兄ちゃんに渡した。

 ミカルくんの心配もあるので読んでみると絶望的なことが書いてあった。


「野生では一、二年……飼育しても五年、長くて七年……」

「うそっ!? いまからマンドラゴラそだててもまにあわないじゃないか!?」


 年季の入ったマンドラゴラをダンくんの一家は飼っていない。ファンヌのマンドラゴラがルンダール家では一番年季が入っているが、私のマンドラゴラもかなり長く一緒にいて栄養剤もよく飲んでいる。

 私たちの気持ちを読み取ったかのようにファンヌのポシェットから人参マンドラゴラが飛び出し、私の肩掛けのバッグから大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラが飛び出す。それにエディトちゃんのマンドラゴラのダーちゃんとブーちゃんも加わって、それぞれ自分の頭に生えている葉っぱを一枚ずつ引き抜いて優雅な仕草でミカルくんに手渡した。


「い、いいのか?」

「びぎゃ」

「びょえ」

「ぎゃぎゃ」

「ぎゃい!」

「ぴゃい!」


 マンドラゴラとミカルくんとの間で感動的なやり取りが行われていた。


「俺もマンドラゴラを飼って育てるよ。それまでは、また頼みに来てもいいか?」

「ダンくん、畝のマンドラゴラもいるから、定期的においでよ」


 無事にミカルくんのミカンちゃんに対する心配は晴れたようだった。


「アイノがおおきくなったら、のせてやるんだ」

「リンゴちゃんみたいにおおきくなるといいね」


 嬉しそうにマンドラゴラの葉っぱを抱いてミカンちゃんを呼ぶミカルくんに、ヨアキムくんが笑顔で寄り添っている。

 ルンダール領のウサギの定義を壊すウサギがまた誕生しそうだったが、それもまたミカルくんの願いなのだから仕方がないだろう。

 しゃくしゃくとマンドラゴラの葉っぱを食べるミカンちゃんは目に見えて大きくなっているのは気のせいではなかった。

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