10.毒の出所を探して
魔物を研究する施設にはカリータさんも同席してもらうことになっていた。専門的な説明がある場合にはカリータさんの解説が必要かも知れなかったし、なによりも私には一つカリータさんの言葉で引っかかっていることがあったのだ。
――ルンダールのお屋敷に始末書を出そうとしたら、王都の魔物を研究する動物園施設の方に回されてしまったようで
ミノタウロスをドラゴンさんがカリータさんの飼育していた檻から奪ってきてしまった事件の際に、ルンダール領で起きたことだったのになぜか始末書が王都の魔物を研究する施設に送られてしまった。その件について私は何か怪しいものを感じ取っていた。
魔物を飼育している場所とは別の棟に研究施設はあって、カリータさんとはそこの前で待ち合わせをしていた。
「わたくしは魔物研究の関係で何度もこちらを訪れておりますので、何かございましたら仰ってください」
「カリータさん、よろしくお願いします」
頭を下げて私たち一行は研究施設に入って行った。研究者の中の代表がやってきて私たちを応接室に通す。
「ルンダール家のイデオン様がフォルティスセプスの毒で暗殺されかけた件に関してはこちらでも聞いております」
「その件に関して今回は尋ねようと思って来ました」
カミラ先生が私に代わって挨拶をして代表のひとと話をしてくれる。9歳の私では舐められることも多いし、知識的に足りていないこと、セシーリア殿下の婚約者とはいえ権力を振るえないこともあるのでここはカミラ先生が適任だとお願いしたのだ。
「こちらでもフォルティスセプスは飼われていますよね?」
「毒袋を切除して展示しておりますので、危険はありません」
「その毒袋の処理はどうされましたか?」
一年ほど前に飼っていたフォルティスセプスが死んでしまって、それは骨格標本にして置いてあるので私たちも動物園の魔物の研究施設で飼われているのが新しいフォルティスセプスだということは知っていた。展示されている骨格標本の前に死んだ年がかかれているので、フォルティスセプスが一年ほど前に入れ替わったというのは誰でも分かる。
「毒を採取して適切に処分致しました。粘膜に触れるだけで即死する毒ですから扱いには気を付けております」
「毒は採取したのですね?」
「その毒も適切に処理しております」
適切に、適切にと言うばかりで具体的な方法が出て来ない。
その辺を詳しく聞いて欲しくて私はカリータさんに囁いた。
「適切な処理とはどんなものか聞いてもらえますか?」
「分かりました。採取した毒は処理をしたと仰っていますが、どのように処理をされましたか? 確か、焼却処理では毒袋は焼くことができても、そこに残った毒が毒霧となって広がる可能性があるので推奨されておりませんが」
「焼却処理ではありません。研究課程の教授に送って、薬草との中和で無毒化する処理を行ってもらったはずです」
「はず?」
口を挟んでしまった私に視線が集まる。
こうなったら考えていることを口にするしかない。
「その教授と連絡が取れますか?」
「え、えぇ、もちろんです」
魔術具で通信をして緊急の用事ということで教授と繋いでもらうと教授は首を傾げていた。
『送られて来た毒を無害化はしましたが、妙なことがあったんですよね』
「どんなことですか? 些細なことでも教えてください」
『フォルティスセプスほどの毒ならば無害化するまでに使う薬草の量は膨大になるのに、少なかった気がして』
「記録に取ってありますか?」
取ってある記録を送ってもらってカリータさんがそれを検分する。
フォルティスセプスの毒を中和して無害化するには倍以上の薬草の量がかかるはずなのにその毒は半分以下で中和されたと記録にあった。それ以前の骨格標本にされたフォルティスセプスから採取した毒を中和したときと比べてみると一目瞭然だった。
「教授の仰っていた通り薬草の量が少なすぎますね……」
難しい顔のカリータさんにダンくんとミカルくんが私に聞いてくる。
「どういうことなんだ?」
「なんのおはなし?」
どう説明すればいいのか分からないが私は正直にダンくんとミカルくんに話すことにした。
「新年のパーティーで私が口にした紅茶に入っていたのは、魔術では感知の難しいフォルティスセプスの毒だったんだ」
「それはきいたよ」
「知ってる」
「その毒は粘膜に触れるだけで即死するほどの猛毒で、私は魔術具を何重にも付けてたから命拾いした。その毒をこの研究所は処理するのに王都の研究課程の教授に薬草で中和して無害化してもらってたみたいなんだけど、薬草の量が明らかにおかしいんだよ」
私がダンくんとミカルくんに説明している間もカリータさんは代表のひとに追及の手を止めなかった。
「この報告書はこちらに来ていなかったのですか?」
「フォルティスセプスの担当のもののところに来て、問題がないと判断されたようで、私の方には上がって来ていませんでした」
「フォルティスセプスの担当の方を呼んでいただけますか?」
カリータさんが声をかけて代表のひとが渋々立ち上がる。こんな大問題が起きていたなんて代表のひとも知らされていなかったのだろう。
しかし、知らされていなかったでは許されない。フォルティスセプスだけではなくこの研究所ではひとに害をなす魔物を飼育して研究しているのだ。それら全てが安全に管理されていなければいけないに決まっている。見落としがあったということで誰かの命が危険に晒されるような現場なのだ。
「毒に関しては使用人が金をもらってイデオンに盛ったってことで解決したんじゃないのか?」
「使用人さんがそんなことをしたと思いたくないし、もしそうだとしても誰かが使用人さんに毒を渡してお金で買収したわけだから、黒幕を捕えなきゃ解決はしないよね」
「そうか……イデオン、お前、そんなことまで考えていたのか」
感心するようなダンくんだがミカルくんはぷるぷると震えていた。貴族の恐ろしさをこの年で知らせるのは酷だったか。
「イデオンくんがいきててよかった……おれ、にいちゃんとアイノととうちゃんとかあちゃんをまもれるようになる」
「ミカル……」
「じいちゃんもまもってやる」
おや。
恐怖ではなかったようだ。
ミカルくんは一人の貴族の子息としてこの事実を受け止めて戦うことを心に決めている。初めて会ったときには我が儘な子だと思っていたけれど、ミカルくんの中でもここ数年で変化があったようだった。
「イデオン、隠さないでくれてありがとう。俺、大事なひとを守れるようになるよ」
「その手助けができるようにうちでは色変わりキャベツを育ててるんだ」
「色変わりキャベツ?」
話をしていると研究所内が急に騒がしくなった。
応接室から出てみんなで走っていくと研究所のロビーで一人の男性が代表のひとの首にナイフを突きつけてじりじりと逃げようとしていた。
「近付いたらこいつを殺すぞ!」
「にいさま、わたくしのほうちょうのでばんね!」
「包丁はやめて!」
嬉々として人参のポシェットから包丁を取り出そうとするファンヌを止めて私は肩掛けのバッグからまな板を取り出した。呼ぶまでもなく大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラが南瓜頭犬に跨って出て来る。
「頼んだよ」
「びゃい!」
いい返事をしたマンドラゴラにお願いして気付かれないように男性の後ろに回らせる。持っていた竹串を大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラが男性の足に刺した。
「ぎゃっ!?」
痛みに代表のひとから手が緩んだ隙に私はまな板を投げ付けていた。へろへろに力の入っていない9歳の私でもまな板は速度と角度と威力を補正して見事に男性の股間に角をぶつける。
あれは痛い。
悶絶して倒れて動けなくなった男性は他の職員さんに押さえ付けられて確保された。
警備兵を呼ぶ前にその男性から話を聞かなければいけない。
「そのひとを縛って応接室に連れて来てください」
まな板を拾って肩掛けのバッグに仕舞いながら私は代表のひとに声をかけていた。
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