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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
六章 幼年学校で勉強します!(四年生編)
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7.エディトちゃんとビョルンさんと、私たちの両親

「まっま、あかたん」

「そうだよ、ママは赤ちゃんがお腹にいるからね」

「ぱぁぱ、らっこ」

「私の抱っこでいいかな?」


 ビョルンさんとエディトちゃんの触れ合いを見ていると私は両親のことを思い出す。お腹が目立ち始めたカミラ先生の代わりにエディトちゃんをたくさん抱っこしてあげて、お風呂もリーサさんが入れると言ってもできるだけ一緒に入って、おやつやご飯を食べる手伝いもする。カミラ先生も当然のようにしていたのだが悪阻があるようになってから少し体がきつくなったのかビョルンさんがエディトちゃんのことはほとんどしていた。

 予防接種を受けてビョルンさんを警戒してリーサさんの足元に隠れたり、引きずり出されたら泣いていたりしたエディトちゃんも、お風呂は注射をされないと理解してビョルンさんと入っていたし、おやつやご飯は喜んで食べさせてもらっていた。

 貴族の親というのは乳母さんに養育を任せて自分は社交界で華やかに体面を保つのが大事なのだと両親を見て学んでいただけに、ビョルンさんとエディトちゃんとの関わりは私にとっては驚きだった。


「ぱぁぱ、こえ」

「動物図鑑が見たいのかな。いいよ、お膝においで」


 休憩時間には積極的に子ども部屋にやってきてエディトちゃんを抱っこして遊んであげているビョルンさん。ずるずると引きずって持ってきた重い動物図鑑を受け取ってエディトちゃんを膝に乗せてテーブルの上で広げる。


「ちゅんちゅん」

「鳥だけど、これはスズメじゃなくてペンギンだね」

「ぺんじん」

「そうペンギン」


 図鑑でエディトちゃんの指さす場所を読んであげているビョルンさん。


「貴族の親は子育てに関わらないものだと思ってた」


 おやつの時間にお兄ちゃんに言えばお兄ちゃんは私の両親のことが頭を過ったのだろう苦い顔をしていた。


「僕の母も小さい頃遊んでくれた記憶が朧気にあるよ」

「お兄ちゃんのお母様も?」


 それならおかしいのは私の認識の方かもしれない。

 さっぱりとした果物中心のおやつを食べているカミラ先生とエディトちゃんのお口にスプーンで掬ったフルーツヨーグルトを運んでいるビョルンさんに、私は向き直った。


「カミラ先生とビョルンさんは幼少期にご両親に遊んでもらった記憶がありますか?」

「普段は乳母まかせだったけれど、夏には長期の休みをとって一緒に旅行に行ったりしましたね」

「私はレイフ兄上がいて、カスパルとブレンダがいて、兄弟で遊んだ記憶が強いです。でも、食事の時間とお茶の時間は必ず一緒でした」


 ビョルンさんにもカミラ先生にもご両親との触れ合いの記憶があった。

 私には両親と触れ合った記憶なんてない。無理やり抱き上げられて服が食い込んで痛くて嫌だった思い出しかない。ファンヌは更に両親との記憶は少ないだろう。


「リーサさんがいて、オリヴェルおにいちゃんがいて、にいさまがいたから、わたくし、べつにきにしてないわ」

「ぼくもいたよ」

「ヨアキムくんも、カミラせんせいも、ビョルンさんもいたわね」


 自分の子どもに呪いを蓄積させて触れるものに呪いを移すようなことをしたヨアキムくんの両親がヨアキムくんと触れ合っていたとは思えない。私とファンヌとヨアキムくんは両親に愛されたことのない子どもだった。


「私もお兄ちゃんがいたし、ファンヌもヨアキムくんも、カミラ先生もビョルンさんもいたから」

「僕にはずっとイデオンとファンヌがいてくれたよ」


 両親が顧みてくれないお屋敷の中でお兄ちゃんと私とファンヌは身を寄せ合っていないと生きていけなかった。助けてくれる大人もリーサさんとスヴェンさんとセバスティアンさんくらいで、カミラ先生が来るまでは両親に対抗できる大人などいなかった。

 苦しい中を生き抜いた私だからこそ、エディトちゃんにはそんな経験はさせたくないし、2歳でお屋敷に来たヨアキムくんにも幸せになって欲しいと願っている。生まれて来る赤ちゃんだって同じくだ。


「カミラ先生、動物園に行きましょう」

「イデオンくん、動物園に行きたくなったのですか?」

「エディトちゃんは動物園に行ったことがありません。それに、魔物を研究している場所でフォルティスセプスの研究がされているかを確かめたいです」


 動物図鑑を見ているエディトちゃんはとても楽しそうだった。ヨアキムくんも動物園に行きたがっていた年代だし絶対に動物園で楽しめると思うのだ。

 ヨアキムくんやファンヌの喋りが早くて、エディトちゃんがゆっくりなのは愛されている証拠かもしれないと私は考えていた。はっきりと言葉にしないと通じない私やファンヌやヨアキムくんのように過酷な環境ではなく、エディトちゃんは拙い言葉でもビョルンさんや周囲のひとたちが意味を汲み取ってくれる。

 これが二歳児の標準だということをそのときの私は知らずにいたのだが、まだ9歳なので仕方がないだろう。


「動物園に行きましょうか。オリヴェル、空いている日がありますか?」

「次の週末なら、研修は入っていませんよ」


 研究課程に入学してお兄ちゃんは非常に忙しくなっていた。医学を学ぶための研修や実習、薬学を深めるための研修などが休日にも入って、週一日休めれば良い方だった。それでもお兄ちゃんは毎日休むことなく研究課程に通っていた。


「それでは、次の週末は動物園に行きましょうね。エディト、動物が見られますよ?」

「ぺんじんたん?」

「ペンギンは初夏だから元気がないかもしれませんが、他の動物は元気になっていますよ」


 季節は春から初夏へと移り変わりつつあった。

 夏に出産予定のカミラ先生のお腹も大きくなっている。

 カミラ先生のお腹にぺとりとくっ付いて耳を付けてエディトちゃんがじっと音を聞いている。


「あかたん、ねぇね」

「えぇ、赤ちゃん、お姉ちゃんが聞いてますよ」

「ぽんぽん」

「蹴ってますね」


 カミラ先生のお腹に語り掛けるエディトちゃんは産まれるのを楽しみにしているのか、自分の下に弟妹ができるのが複雑なのかはよく分からない。実の子どもが産まれても私たちへの態度が変わらなかったカミラ先生だから弟妹が産まれてもエディトちゃんへの態度が変わるわけではないだろうが、母乳を上げたりするからどうしても下の子への関わりが多くなってしまうだろう。


「赤ちゃんが産まれる前に動物園に行ったり、できることはしておきましょうね」


 赤ちゃんが生まれてからしばらくは赤ちゃんは外出できないし、カミラ先生もそれに制限される。エディトちゃんが生まれた年のように今年は夏休みはどこにも行かないで過ごすのかもしれない。


「僕も夏休みがどこまでとれるか分からないからなぁ」

「お兄ちゃんも忙しいの?」

「研究課程の実習が入るはずなんだ」


 実際に医療現場に行って実務を手伝って来る。そういう実習が夏休みには入るのだという。

 お兄ちゃんもいなくて、カミラ先生は赤ちゃんを産んで外出できない夏休み。つまらなくも思えるかもしれないが、その分私はエディトちゃんと産まれてくる弟妹にたくさん構ってあげようと決めていた。もう9歳なのだから色んなお手伝いができるはずなのだ。

 エディトちゃんのときにはまだ7歳だったので体も小さくできないことが多かったがあのときよりは大きくなった。


「赤ちゃんが産まれたら抱っこしてあげるんだ」

「わたくしもします」

「ファンヌは落としちゃうかもしれないから」

「わたくし、にくたいきょうか、つかえます」


 そうだった。

 非力な私よりもファンヌの方が余程抱っこは安定するかもしれない。


「ぼく、うたいバラをまいにちつんできてあげる」

「あの音を聞いてるとよく眠れるもんね」

「うん、ほかにも、おへやにバラをいっぱいかざる」


 ヨアキムくんはヨアキムくんなりにできることを考えているようだった。


「みんなに歓迎されてこの子も私も幸せですね」


 お腹を撫でながら目を伏せて呟くカミラ先生にビョルンさんが寄り添う。


「産むことはできませんが、それ以外のお手伝いはなんでもします。健康に元気な赤ちゃんを産んでください」

「はい。今度の子はどっちに似ているでしょうね」


 ぽやぽやの麦藁色の髪がビョルンさんに似ていて、顔立ちもビョルンさんに似ていて、青い目だけがカミラ先生に似ているエディトちゃん。その弟か妹はどちらに似ているのだろう。

 まだ見ぬ赤ん坊を全員が祝福して待っていた。

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