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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
六章 幼年学校で勉強します!(四年生編)
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5.予防接種と海辺の貴族

「ちくん、やーの!」


 予防接種は日にちを開けて受けなければいけない。

 受ける日に体調が悪かったり熱があったりすると受けてはいけないことになっている。

 ヨアキムくんとファンヌは幼年学校でも受けられることになったが、私とエディトちゃんは受けていない予防接種がたくさんあった。ビョルンさんも忘れていたわけではないが、エディトちゃんに予防接種をする機会を見計らっていたようなのだ。

 子ども部屋に呼ばれて私は検温を終えて袖を捲って二の腕にちくんと予防接種の注射を刺される。薬液が入るときは冷たくて痛いのだがぐっと我慢して終わるとビョルンさんがそこに絆創膏を貼ってくれる。

 次にエディトちゃんの方を見ると既にリーサさんの後ろに隠れていた。


「エディト、これは大事な注射だからね」

「やーの!」

「受けなきゃダメだよ」

「ぱぁぱ、ちやーい! びゃーーー!」


 大泣きでリーサさんの後ろから引きずり出されたエディトちゃんは押さえつけられて結局予防接種の注射を打たれてしまった。抵抗するのに魔術具を外して肉体強化の魔術を使わないあたりやらなければいけないことだと理解しているのだろうが、まだ2歳なのでどうしても泣いて叫んで嫌がってしまう。

 最近はビョルンさんの顔を見ただけで「ちくん……」と呟いてリーサさんの後ろに隠れたり、警戒心を露わにするから父親のビョルンさんからしてみればやるせない気分だろう。

 おやつのときも警戒するエディトちゃんを抱っこして食べさせ、お風呂も最初は「いやん、いやん!」と泣くエディトちゃんを連れてバスルームに入ってほっかほかにして出して、全ての予防接種が終わるまでビョルンさんは耐えた。


「もう、なぁい?」

「ないよ、よく頑張ったね、エディト」

「ぱぁぱ、ちくん、ちない?」

「エディトがお病気のときはするかな」

「いやー! びゃー!」


 すっかりと注射はエディトちゃんのトラウマになってしまったようだった。それでもしっかりとビョルンさんに抱き付いて泣くのだから、どれだけ警戒されて泣かれようと毎日おやつを食べさせてお風呂に入れていたビョルンさんの努力は報われるというものだった。

 私に関しては痛かったけれどお兄ちゃんが終わるたびに慰めてくれたし、お兄ちゃんも受けていない予防接種があったりしたので一緒にうけたりした。


「薬液が入るときが一番痛いね」

「エディトちゃんが泣いちゃうのも分かるよ」

「小さいからね」


 ヨアキムくんとファンヌも幼年学校で予防接種を受けて来た。


「わたくし、ないてません」

「ぼく、ちょっとないた」

「わたくしがなでなでしてあげたのよ」


 二人一緒なのでヨアキムくんとファンヌも平気のようだった。幼年学校では水疱瘡の子は少しずつ減っていた。流行が収まって来たのだ。

 無事にダンくん一家は誰も罹らずに済んだし、フレヤちゃんも予防接種を受けていたので罹らなかった。

 予防接種がひと段落した頃にカミラ先生が持ってきたのは海辺の街の不穏な噂だった。


「シードラゴンが出た海岸を覚えていますか?」

「ヨーセフくんの住んでいる街ですね」

「あの地域を治める貴族が変わり者だという噂なのです」


 シードラゴンが出たのもその貴族のせいではないかと口に出したかったが誰も言えなかったという。変わり者の貴族は魔物を育てるのが趣味なのだ。


「魔物を育てているんですか?」

「そうです。色んな魔物を結界に閉じ込めて無害化させて研究のために飼っていると言っています」


 その中にフォルティスセプスがいればその貴族が怪しいのではないだろうか。

 今年のお正月に私の口にした紅茶に毒が入れられていたのは誰も忘れていない。それがあったからカミラ先生は調べてくれたのだ。


「無害化しているとはいえ、魔物は魔物ですからね」

「シードラゴンもその貴族の家から逃げたと思われているんですか?」

「その貴族はシードラゴンは飼っていないと否定していました」


 既に呼んで尋問も行ったが、適切な方法で研究目的で飼っているし、国の許可も取ってあると貴族は堂々としたものだったという。


「魔物に襲われることがないように結界を強める研究をしていたり、魔物に襲われたひとの石化や解毒の方法を研究発表していたり、信用できない貴族ではなかったのですよね」

「石化や解毒……解毒のために毒の研究をしているのならば、毒物が手元にあったりしますよね?」

「それも全部ナンバリングして保管庫に保管していると言っていました」


 その貴族が犯人ではない可能性はある。そんなに目立つ魔物の研究をしている人物が私の紅茶にフォルティスセプスの毒を入れる利益がない。フォルティスセプスの毒が出れば一番に疑われる類のひとだ。

 それよりも私が気になっているのはそのひとの論文だった。


「論文は王都にも提出されていますよね?」

「毒物や石化の中和方法は非常に貴重ですからね」


 王都の動物園には魔物のスペースがあった。あそこでも魔物が研究されていて毒や石化の解除方法が探されているはずだった。

 疑いの目をそらすために海辺の貴族をスケープゴートにして誰かがフォルティスセプスの毒の論文を読んだのならば、それは検証してみる価値がある。


「論文を取り寄せられますか?」

「イデオンくんには難しいかもしれませんよ?」

「お兄ちゃんと一緒に読みます。お兄ちゃん、いい?」

「なんでも手伝うよ」


 お兄ちゃんの了承を得て私はカミラ先生にフォルティスセプスの毒の論文を取りよせてもらった。海辺の貴族は要請に応じて快く論文を私たち宛てに魔術で送ってくれた。

 早速部屋に戻ってお兄ちゃんの机に椅子を寄せて二人で論文の分厚い冊子を捲る。図解入りでフォルティスセプスが描かれていた。体長、毒の牙の長さ、吹き出す毒の射程距離など、細かく書かれている。


「これ、毒の採取方法」

「本当だ、書かれてるね」


 研究の際には全身を魔術で保護してフォルティスセプスの首の後ろを掴んで大きなガラスのビーカーに上顎を乗せて牙をビーカーの中に収納するようにして毒を噴出させたと書いてあった。

 素人ではとてもできそうにないが、こういう方法で毒の採取ができるのは理解できる。


「これと同じ方法を王都の動物園の魔物担当の職員さんなら実行できないかな?」

「王都の動物園の魔物担当の職員さんが毒を採取して横流ししたと思ってる?」

「うん、そうじゃないかなと思ってる」


 海辺の貴族はあまりにも怪しすぎて逆に怪しくない気がするのだ。はっきりと研究していると明言していて論文まで書いている人物がフォルティスセプスの毒と分かる方法で相手を毒殺したりしないだろう。そんなことをすれば疑われるだけだ。


「この貴族にも会ってみたいね」

「話を聞きたいよね」


 お兄ちゃんと話しているとファンヌとヨアキムくんが部屋に入って来た。当然のようにファンヌがお兄ちゃんの膝、ヨアキムくんが私の膝に乗って論文の冊子を読み出す。


「フォルティスセプスですって」

「どく、こうやってとるんだって」

「にいさまをくるしめたどくよ」


 話に加わりたいのは分かったけれど、ちょっと強引で驚いてしまう。ファンヌだけでなくヨアキムくんも当然のようにお膝に乗って来るのだ。今まで遠慮していたのかもしれないがヨアキムくんも甘えてくれる。そう思うと嬉しいが資料が読めなくて邪魔でもある。


「いくのね?」

「え? 聞いてたの?」

「わたくし、ついていきます」

「ぼくもいく」


 海辺の貴族のところに行きたいという話をファンヌもヨアキムくんも聞いていたようだった。魔物に興味のあるファンヌが行きたがらないわけがないと分かっていたが、こうなってしまうと仕方がない。


「カミラ先生に許可を取ってみんなで行こうか」

「イデオンのまな板とファンヌの包丁とヨアキムくんの呪いがあるから安心ではあるけど……」


 話が纏まろうとしていたところへマンドラゴラのダーちゃんとブーちゃんを両脇に抱えたエディトちゃんが部屋に入って来た。お兄ちゃんの膝に座っているファンヌの膝によじ登って座る。


「こあい! わりゅい!」


 資料の挿絵を指さして宣言してエディトちゃんは私とお兄ちゃんの顔を見てこくりと頷いた。


「えー、いく」

「エディトは行かないよ?」

「いくぅ!」


 さすがにエディトちゃんは連れて行けない。魔物がいる場所でどんなところか分からないのだ。


「いくぅ! びゃー!」


 暴れて泣き始めたエディトちゃんはリーサさんに引き渡されてお気に入りの絵本を読んで宥められていた。その間に私たちはカミラ先生に許可をとることにした。

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[良い点] イデオンくんの賢さ頼みにならずに、家族(伝説武器&畑の収穫物を含む)と悩みながら力を合わせて解決にあたっているところ、好きです。 [気になる点] ちょっとずつ未来の情報がポロリしていて、先…
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