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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
六章 幼年学校で勉強します!(四年生編)
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4.予防注射の必要性

 幼年学校から帰って来たヨアキムくんの顔が真っ赤だったのに一番に気付いたのはリーサさんだった。


「ビョルン様、ヨアキム様の様子がおかしいです」

「あたまがいたいの……」


 熱を出したヨアキムくんの体にはぽつぽつと赤い水疱(すいほう)ができていた。シャツを脱がせたヨアキムくんを診察してビョルンさんが慌ててカミラ先生に問いかけた。


「カミラ様は水疱瘡(みずぼうそう)等の予防接種は受けられていますか?」

「予防接種は全種類受けたと思います」

「ご実家で一応確認されてください」


 妊娠中のカミラ先生は急いでオースルンド領の領主夫妻に連絡をして予防接種を受けた伝染病と罹って免疫のある伝染病を確認していた。結果カミラ先生は予防接種を受けていたのだが、私はきょとんとして聞いてしまった。


「予防接種って、なに?」


 この一言がお屋敷中を震撼させることになるとは思わずに。


「イデオンくん、小さい頃に注射を打ってもらいにお医者さんに行きませんでしたか?」

「いいえ、お医者さんには行ったことがないです」


 記憶にある限り私はお医者さんに行ったことがない。熱を出したときでも父はすぐに治るからと言ってリーサさんに灰皿を投げて追い払ったくらいなのだ。

 育児放棄に近かった両親が私やファンヌをお医者さんに連れて行っているはずがない。


「貴族の子どもだから受けているものとばかり思っていました……いえ、今からでも遅くありません、受けましょう」

「は、はい」


 こうしてファンヌと私はこの日から様々な予防接種を受けることになる。


「予防接種とは命の危険性のある伝染病のウイルスを弱体化させたものを先に身体に入れて、免疫力を作っておいて、罹らないようにするためのものです。妊娠中に罹ると胎児に影響があることもありますし、大人だと重篤化しやすいので予防接種は必要です」

「ヨアキムくんは水疱瘡を幼年学校でもらって来たのでしょうか? そしたら、ミカルくんやダンくんも……」

「エレンさんにすぐに確認に行ってもらいます」


 ミカルくんの家にはアイノちゃんという赤ちゃんもいるし、母乳を上げているお母さんもいる。伝染病を持ち込んだら大変なことは分かり切っていた。私の言葉にすぐにビョルンさんは対応してくれた。


「平民のひとたちは……私はフレヤちゃんが平民と言っていて、平民という言葉を聞いたのですが、貴族ではないひとのことを指すので間違っていませんよね」

「その通りですね」

「そのひとたちは予防接種を受けないんですか?」


 私の問いかけにビョルンさんは難しい顔になる。


「こういう伝染病は幼少期に罹ると症状が軽くて済むことが多いのですよ。ですから、罹っておけば大丈夫だろうとか、予防接種を信頼していないひとたちも多くて」


 予防接種が受けられる年齢も月齢何か月以上とか、何歳以上とか細かく決められているのでその知識がなく予防接種を受けないひとも多いとビョルンさんは教えてくれた。


「幼少期に罹ると症状が軽く済むって……お、お兄ちゃんは!?」


 ヨアキムくんから水疱瘡がうつってしまったらいけない。慌てた私にお兄ちゃんは落ち着いていた。


「母の育児日記に私は3歳のときに罹ったと記録してあったよ。罹ることはないと思う」

「良かった……」


 注射は痛くて嫌だけれど我慢して受けるしかない。ちくりと刺されて涙が出そうになったが私はぐっと我慢した。使用人さんの中でも水疱瘡が流行らないようにヨアキムくんが部屋に隔離されている間に予防接種を打ったか、水疱瘡に罹ったかを全員がチェックされた。


「今回の件はいい機会だったかもしれませんね。使用人全員に全ての予防接種を打ってもらいましょう」


 これでルンダール家の使用人さんは守られるけれど、カミラ先生の言葉に私は疑問を抱いていた。


「ルンダール家だけでいいのでしょうか?」

「予防接種を領民全員が受ける方法がありますか?」


 平民も貴族も関係なく予防接種を打っていないひとたちが予防接種を打つようにする方法。それをしておけば大人になって重篤化して亡くなることもないと考えると、その方法をなんとか考えないといけない。

 浮かんだのは幼年学校のことだった。


「幼年学校には領民はみんな行きますよね。入学のときにそれまでに罹っていない伝染病の予防接種を受けるようにしたらどうでしょう?」


 そうすれば大人全員にはもう間に合わなくてもこれから先の幼年学校に入る子どもたちには間に合う。義務教育なのだし給食が無料ということで貧しい子どもたちも一食分は食べられると通う幼年学校で、無料で予防接種が受けられるならば子どもたちだけでもきちんと守れるのではないだろうか。


「いい考えだと思います。今年度から早速そうしましょう」


 ヨアキムくんの水疱瘡をきっかけにルンダール領では幼年学校入学の際に受けていない予防接種を無料で受けられるシステムが作られるようになる。新しいシステムが作られるのは良いのだが、やはり大急ぎで予防接種を打った私とファンヌは免疫を作るのが間に合わなかった。

 普段からヨアキムくんとずっと一緒のファンヌがヨアキムくんが水疱瘡がほとんど良くなって水疱を痒がる頃に熱を出した。


「ようねんがっこうはおやすみしないとだめなの?」

「しっかり治してから通いましょうね」

「ヨアキムくんは?」

「もうちょっとで治ります」


 部屋に隔離されてファンヌはベッドに寝かされて不服そうだったとビョルンさんから聞いた。ファンヌもヨアキムくんもまだ7歳と6歳だったから良かった。


「びゃー! ぎゃー!」


 残念ながら罹ってしまったエディトちゃんは大声で泣き叫んでいた。熱と水疱のせいで機嫌が悪いのだろう。泣き声が隣りの部屋の私とお兄ちゃんにまで聞こえる。

 リーサさんは小さい頃に罹ったことがあるというから看病に当たれたが、ビョルンさんは大忙しだった。万が一のことがあってはいけないのでカミラ先生は手伝うことができない。

 エディトちゃんに会えないカミラ先生は非常に悲しかったようだ。

 ヨアキムくんが治るのと入れ違いに私が発熱したときには、ビョルンさんはもう完全に諦めて悟った顔だった。


「オリヴェル様には免疫がありますから同室でも平気ですね?」

「僕も医学を学んでいる身です。できるだけお手伝いします」


 ファンヌは治りかけていたけれど、エディトちゃんは水疱が痛いのと痒いのと熱で機嫌は最悪でリーサさんかビョルンさんが抱っこしていないと寝ないし、食べ物は吐いてしまう。

 私も頭が痛くて体が痛くて痒くて大変だったけれどお兄ちゃんは私の面倒をよく見てくれた。


「冷やしたら痛みと痒みが良くなるかもしれない。どう?」

「ん、気持ちいい」


 冷えたタオルで身体を拭いてもらうと痛みも痒みもかなり楽になる。掻くと水疱が破れて痕になるというのでエディトちゃんは手にミトンのようなものを被せられて固定されていて、私は必死に掻くのを我慢していた。

 結局、ヨアキムくん、ファンヌ、エディトちゃん、私の順番に水疱瘡に罹って行って、全員が完治するまでに二週間もの時間がかかってしまった。ビョルンさんは窶れて痩せた気がするし、ヨアキムくんは一人で幼年学校に行かなければいけない日があって不安で泣きそうだった。

 完全に隔離していたので使用人さんたちにはうつらなかったが、通学できるようになってから聞いてみれば幼年学校では水疱瘡でお休みしている子どもが何人もいたし、今もいるようだった。


「ダンくんのところは平気だった?」

「エレンさんがものすごい勢いでやってきて、俺とミカルと母ちゃんと父ちゃんに予防接種打って、お祖父様に罹ったことがあるか聞いて、使用人さんたちにも聞き取りしてたよ」


 ベルマン家もエレンさんの指導のもと、使用人さんたちに罹ったことがなくて受けたことのない伝染病の予防接種を行っていく方針になったようだった。


「ビョルンさんがサンドバリの家にも、ニリアン家にも声をかけてくれてるっていうけど……フレヤちゃんは?」

「私は多分、ちゃんと受けてると思うわ。帰ってお母さんに確認してみる」


 フレヤちゃんのご家庭はそういうこともちゃんとしているようだった。安心はしたがクラスにも休んでいる子がぽつぽつといる。一年生では大流行しているようだ。

 伝染病は恐ろしい。

 その予防策があるのならば領民全体に行き渡らせないといけないと改めて思わされた出来事だった。

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