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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
一章 お兄ちゃんのために両親を引きずりおろします!
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21.カミラ先生の授業

 毎日の早朝の薬草畑のお世話に、カミラ先生が加わった。

 始めの日は、カミラ先生は私とファンヌの早起きに驚いたと話してくれた。


「家庭教師として行ったときに寝ていたので、貴族の子どもに多い夜更かしのお寝坊さんかと思ったら、早朝に動く気配がして、大急ぎで追いかけたのですよ」

「おひさまがのぼるまえに、みずやりはすませなきゃいけないって、あにうえがおしえてくれたんです」

「早寝早起きはとても良い生活習慣です。続けて行きましょうね」

「とてもいーの?」


 褒められたことに気付いて、ファンヌが嬉しそうに飛び跳ねる。

 薬草に水をやる如雨露も、少し大きなものをカミラ先生が買ってきてくれたので、お兄ちゃんから貰った象さん如雨露はお部屋で花瓶として使うことにして部屋に置いてきた。しっかりとした装飾の少ない如雨露に持てるだけ水を入れて、私は薬草の水やりにバケツとの間を往復する。よく見ると、ファンヌの方がたくさん水を入れて運べている気がするが、妹が誇らしいだけで、劣等感に苛まれたりはしなかった。


「ファンヌ、すごいね。ちからもちさん」

「わたくち、ちからもちたん!」


 褒めるとますますファンヌが頑張る。指を振って術式を編んで、カミラ先生は害虫を、薬草から引き離して焼き殺していた。


「わたくし、虫が苦手で……でも、オリヴェル様のためならば頑張らねばと思って、半泣きでやっておりました。潰すのはとても無理で、遠くに投げるのが関の山で」

「リーサさんも苦手なことをオリヴェルのために、本当にありがとうございます。叔母として、オリヴェルに良くしてくれたこと、心より感謝いたします」


 リーサさんが献身的に私とファンヌの面倒を見ても、後ろ盾になっていたはずのお兄ちゃんの面倒を見ても、一度も両親はリーサさんを顧みることがなかった。それどころか、灰皿を投げ付けて怪我をさせたことまである。

 胸に手を当てて深く感謝の意を示すカミラ先生に、リーサさんは涙ぐんでいた。

 汗だくになったファンヌと、中身を冷たくする効果のある魔術のかかった水筒からアイスティーを飲んで一休みした後は、カミラ先生の授業が始まる。

 薬草の名前や効能などを教えてもらって、私は頷きながら聞いていた。ファンヌの足元では、カミラ先生に貰った人参マンドラゴラが踊っている。


「少し厳しい授業をしてもよろしいでしょうか?」

「がんばります!」

「がんばりまつ!」


 気合を入れる私とファンヌに、カミラ先生は微笑んで頷いた。

 指先で私の額に魔術で文字を描き、ファンヌにも同じようにする。


「リーサさん、先に部屋に帰って、朝食の準備をお願いします」

「心得ました」


 リーサさんが充分に離れたところで、カミラ先生は、一番奥の畝に植えてあったマンドラゴラを、一本ずつ引き抜き始めたのだ。


「びぎょええええええええ!」

「びょええええええええ!」

「ぎゅぎゃああああああああ!」


 物凄い『死の絶叫』に鼓膜がびりびりと震えるが、先にカミラ先生がかけてくれたのは防御の魔術のようで、私もファンヌも頭痛も吐き気ももよおさなかった。抜かれたマンドラゴラたちは、カミラ先生の手をすり抜けて、走って逃げだす。

 顔のついた根っこが手足のようになっている、人参、大根、蕪、ジャガイモ、ゴボウなどのマンドラゴラが散り散りに逃げていくのを、私とファンヌが呆然と見ていると、カミラ先生が声をかける。


「イデオンくん、ファンヌちゃん、捕まえるのです!」

「は、はい!」


 逃げ出した大根マンドラゴラが薬草の茂みに隠れたところを、両手で捕まえようとしたら、すかっと手ごたえがなく、逃げられてしまう。転がるように疾走する蕪マンドラゴラに、ファンヌがジャンプをして飛びかかるが、べちゃりと土の上に落ちる。


「頭を使うのですよ」

「あたまを……ファンヌ、そっちにまわって」

「あい!」


 二人で挟み撃ちにしようとしても、逃げられてしまう。


「つかまえた!」

「にぃたま、ちやうの。わたくちの」


 踊っている人参マンドラゴラを捕まえたと思ったら、ファンヌのものだったりして、なかなかマンドラゴラは捕まらない。

 疲れ切ってはぁはぁと息を切らせていると、ふざけるようにマンドラゴラが一列に並んで、目の前でラインダンスを始める。ぎりぎりと奥歯を噛んでいると、物凄い勢いでファンヌがラインダンスの後ろからタックルを決めて、大根マンドラゴラの胴をしっかりと抱き締めた。


「ちゅかまえたー!」

「ファンヌちゃん、やりますね」

「う……うぅ……あにうえ……」


 こんなことではお兄ちゃんが見つかっても仕送りができない。涙が出てきて、土の上に膝を付いた私を、マンドラゴラたちが取り囲む。

 捕まえたいのだが、朝ご飯も食べていない私は、もう疲れ切って動くことができなかった。


「びょえ?」

「ぎょわ?」

「ぎゃぎゃ」


 肩をぽんぽんと叩かれて、私はマンドラゴラを見上げた。蕪に、人参に、大根に、ゴボウ、様々なマンドラゴラが心配そうに私を見下ろしている。


「わたしにつかまってくれるの?」

「びゃ」

「うられちゃうんだよ?」

「びぎょえ」


 オリヴェル様のためならば仕方がない。

 マンドラゴラはそう言ってくれているようだった。逃げなくなったマンドラゴラを一匹一匹捕まえて、カミラ先生のところに持っていくと、髪を撫でられる。


「マンドラゴラに認められましたね。よく頑張りました」


 褒めてもらえて、涙が溢れた。

 お兄ちゃんがいなくなってから、私は泣き虫になってしまった。

 ぐすぐすと洟を啜っていると、収穫したマンドラゴラを袋に詰めたカミラ先生が、私とファンヌを促す。


「朝食が終わったら、課外授業ですよ」

「かがいじゅぎょう、って、なんですか?」

「街に出て授業をするのです」


 街に出る。

 それは私にとっても、ファンヌにとっても、初めての経験だった。

 シャワーを浴びて、朝ご飯を食べて、リーサさんに余所行き用の服に着替えさせてもらう。多少窮屈だったが、私は幼児用のスラックスとシャツと薄いカーディガン、ファンヌは可愛らしいワンピースにカーディガンという出で立ちだった。


「準備は出来ましたか?」

「先生、イデオン様とファンヌ様をよろしくお願いいたします」


 リーサさんに送り出されて、私とファンヌはカミラ先生と馬車に乗って街まで出て行った。カミラ先生の行き先は、スヴェンさんやお兄ちゃんが薬草を売っていた、薬草市だった。


「マンドラゴラの良質なものがあるのですが……最近の流通はどうですか?」


 カミラ先生が袋の中身を見せながら、市で「薬草買い取ります」と看板を出している露店に入って行く。


「マンドラゴラが!? 最近は全然ですよ。どれどれ……結構年季が入っているようですね」

「質は良いはずですよ」

「マンドラゴラの栄養剤の材料なら、最近売りに来てた青年がいましたが、材料は足りてますか?」


 栄養剤の材料の薬草。

 露店の主人の言葉に、私はお兄ちゃんの部屋の中を思い出していた。

 お兄ちゃんが捨てられた日、走って行ったお兄ちゃんの部屋には、アンネリ様の立体映像を映し出すロケットペンダントも、干して乾かしていた薬草もなかった。


「あにうえかもしれません。カミラせんせい、くわしくきいてみてください」

「その子はどういう子でしたか?」

「奥さんと同じような黒髪に青い目で、親に頼まれて売りに来ていると言っていましたよ。そろそろ来る時間……あ、あの子です」


 店に入って来ようとする人物に、店主が指を差す。振り返った私は、見覚えのある人物に、涙ながらに叫んで飛び付いていた。


「おにいちゃん!」

「イデオン!? ファンヌも……どうして、ここに?」


 その人物は、私が会いたくて会いたくてたまらなかったお兄ちゃん、本人だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 非常にほっこりさせられるストーリーです、イデオン可愛くてヤバイ(語彙力) お兄ちゃんが居なくなってここからどうなるんだこれ⋯⋯と不安な中に現れたカミラ先生の心強さよ。 ここから先が楽しみで…
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