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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
六章 幼年学校で勉強します!(四年生編)
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3.まな板との和解

 本当は分かっている。

 身を守るために伝説の武器を持ち歩いた方が良いということは。

 それでも私はまな板を見つめて机の上に置いたのだった。

 ことの発端はファンヌが幼年学校に通学するにあたって包丁を使わないように言い聞かされていたことなのだが、私も不要なものは幼年学校に持って行ってはいけないのではないかと思い始めた。


「びぎょ?」

「ぎゃ?」

「ぎゃわん?」


 肩掛けのバッグから出した大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラと南瓜頭犬。三匹を前にしてもう四年生になるのだから置いて行こうと心に決めたのだが、私が教科書や筆記用具を肩掛けのバッグに入れる隙に三匹は入り込んでしまった。


「もう私も四年生なんだから、一人で大丈夫だよ」

「びゃや!」

「ぎゃや!」

「びょわん!」


 中が魔術で拡張されたバッグの中で自己主張されてしまって私は黙るしかなかった。やっぱりずっと一緒にいるマンドラゴラや南瓜頭犬と離れるのは嫌だし、何度もマンドラゴラと南瓜頭犬は私を助けてくれた。

 馬車で連れ去られたときには南瓜頭犬に跨ってお兄ちゃんとファンヌとヨアキムくんを呼んで来てくれたし、お兄ちゃんに書類を届けに行って迷子になったときにはお兄ちゃんを探して連れて来てくれた。

 大事な私のマンドラゴラと南瓜頭犬。

 置いて行くことはできないと考え直して、他のものを置いて行こうと目に留めたのがまな板だった。

 マンドラゴラや南瓜頭犬のようにこのまな板に私は納得していない。

 確かに角度を調整し、速度を増し、威力を増大させて的確に相手の急所を狙えることには違いなかったが、どうしてまな板なのか分からない。ブーメランでも良かったわけではないだろうか。投げて手元に戻るのならば。

 ドラゴンさん曰くお兄ちゃんとの調理の記憶が私の伝説の武器をまな板にしたというが、そもそもまな板は武器ではない。包丁は刃物なのでまだ理解できるがまな板は絶対に理解できない。

 幼年学校にはヨアキムくんもファンヌも通うようになったからまな板が活躍するようなことはないだろう。行きも帰りもお兄ちゃんが移転の魔術で送ってくれるので危険はない。

 そうしてまな板を置いて私はお兄ちゃんと手を繋いで移転の魔術で幼年学校まで送ってもらった。


「オリヴェルおにいちゃん!」

「いってまいりますわ!」


 馬車で来ていたヨアキムくんとファンヌもいて、二人の前で私はお兄ちゃんとハグをして「行ってきます」と「行ってらっしゃい」をする。

 これがないと幼年学校に来た気がしないのだから仕方がない。

 手を振って研究課程に移転の魔術で飛んでいくお兄ちゃんを見送ってファンヌとヨアキムくんと校舎に入る。


「ファンヌ、ヨアキムくん、行ってらっしゃい」

「はぁい! にいさまもいってらっしゃい」

「にいさま、こまったらわたくしのきょうしつにきてもいいのよ」


 二人とは手を握って一年生のクラスの前でお別れをする。

 四年生のクラスに入って席につこうと机を見たら、まな板があった。


「ふぇ!? なんで!?」

「どうした、イデオン?」

「イデオンくん、何かあったの?」


 声を上げてしまった私を心配してダンくんとフレヤちゃんが近付いてくる。机の上にまな板を指さして私は二人に問いかけていた。


「こ、これ、いつからあった?」

「え? まな板? なんでこんなものが?」

「誰、イデオンくんの机にまな板置いたの」


 二人とも全然気付いていなかったようだ。

 お屋敷に置いてきたのに追いかけて来るまな板。ちょっとしたホラーである。

 放っておくわけにもいかないので、私はまな板を肩掛けのバッグの中に仕舞った。

 一年生のクラスでは問題なくヨアキムくんもファンヌも過ごせたようで、窓から校庭に集まって先に帰っていくのが見えた。入学から一週間くらいは給食を食べたらすぐに帰るので四年生とは下校時間が違うのだ。

 私が一年生と二年生のときの担任のソーニャ先生が担任をしてくださっているから、その点は安心だった。ダンくんとの喧嘩やファンヌとヨアキムくんの乱入、沢山の問題が起きたけれどソーニャ先生は落ち着いて対処してくださった。

 窓から見ている私に気付いたのかヨアキムくんとファンヌが大きく手を振る。私も教室の中から緑萌える校庭に手を振った。

 一度失敗したくらいでは負けないのが私である。

 翌日もまな板をお屋敷の机の上に置いてきた。動かないように重しに教科書や本をたくさん乗せて、まな板に言い聞かせる。


「幼年学校は安全なんだからね。来ちゃダメだよ!」


 まな板はまな板なので返事をするわけがない。肩掛けのバッグから顔を出していた大根マンドラゴラが「びぎょ?」と不思議そうに私を見ていた。

 お兄ちゃんに移転の魔術で送ってもらって教室に着くと、机の上には何もない。ホッとして教科書を机の引き出しに入れようとしたら違和感があった。


「まな板……」


 引き出しの中にいればバレないとでも思ったのだろうか。まな板が思考するのかどうかは分からないけれど、隠れたつもりになっているまな板をため息を吐きながら肩掛けのバッグに仕舞う。

 何が何でもまな板は私について来たいようだった。

 お屋敷に戻ってからお兄ちゃんに相談する。


「まな板をお屋敷に置いて行こうとしたんだけどね……」

「え!? そんな危険なことしたの」

「い、いけなかった?」


 幼年学校に必要のないものは持って行かない。

 それが原則だと思っていたから当然置いて行くものだと考えていたが、お兄ちゃんは全く別の考えのようだった。


「イデオンは狙われてるかもしれないんだよ。セシーリア殿下と婚約しているんだから」


 王族と婚約しているということを妬む貴族はいる。

 それ以上に媚を売って利益を得ようとする貴族が多かったので気に留めていなかったが、お兄ちゃんは私を心配してくれていた。


「新年のパーティーで紅茶に毒を入れた人物も分かっていないんだし」

「毒はまな板ではどうしようもなくない?」

「毒を入れようとする人物は、後ろから刺して来ようとするかもしれない」


 アンネリ様を私の両親に毒殺されて、レイフ様は魔術具をすり替えられて病気に罹って死んでしまったし、ルンダール家のお祖父様とお祖母様も馬車に魔物を寄せ付ける呪いをかけられて殺されたお兄ちゃん。そのお兄ちゃんの口から暗殺のことが出ると重みが違った。

 後ろから刺される。

 背中が寒くなるような感覚に私はぶるりと震える。


「まな板は盾にもなるでしょう? いつも持ってて」

「はい……」

「それに手元に置いておかないと、他の相手が触ったらどうなるか覚えてないの?」


 ファンヌに全く害意のないカミラ先生がファンヌの菜切り包丁に触ったとき電流が走っていたのを私は思い出す。幼年学校で机の上に乗っていて誰かが触っていたらと思うと私は背筋が寒くなった。


「そうだった。私が管理しないといけなかったね」

「イデオンはもっと自分を大事にして」


 抱き締められて私は自分の浅慮を恥じて涙が出てきそうだった。


「ごめんなさい……本当は持ち歩かないと危険だって分かってたの」

「うん、イデオンは賢い子だもんね」

「でも、まな板だから、納得できてなくて」


 まな板が伝説の武器だなんて納得できない。

 私とまな板との間には亀裂が走っていた。しかし、お兄ちゃんがそう言うのならばまな板と和解しても良い気になってくる。


「ごめんね。これからも私を守ってね」


 肩掛けのバッグからまな板を取り出して語り掛けても、まな板はまな板なので返事はしない。


「やっぱり、マンドラゴラや南瓜頭犬の方が可愛いんだけど……」

「それは分かる」


 私の不満をお兄ちゃんは理解してくれた。呼ばれたのかと大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラと南瓜頭犬が肩掛けのバッグから飛び出てまな板を担いで踊り出す。

 不思議なことに私以外の相手が触ると電流が走るはずのまな板をマンドラゴラと南瓜頭犬は平気で持っていた。


「もしかして……お兄ちゃん、これに触ってみてくれる」

「いいよ……あれ? 電流流れないね」


 伝説の武器は学習するのではないだろうか。

 置いて行かれれば持ち主を追いかけるし、持ち主の大事な相手には電流を流さない。

 検証するためにファンヌを呼んで包丁をカミラ先生に触ってもらったが、電流は流れなかった。ビョルンさんもリーサさんもカスパルさんもブレンダさんもヨアキムくんもエディトちゃんも平気だった。私のまな板も同じだ。


「成長してる……」


 伝説の武器と付き合い始めて二年と少し。

 伝説の武器は二つに分裂し、親しい相手には電流を流さないと確かに成長していた。

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