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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
六章 幼年学校で勉強します!(四年生編)
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1.ファンヌとヨアキムくんの入学式

 幼年学校の入学式は特別なもの。私の入学式にはお兄ちゃんとカミラ先生とビョルンさんとファンヌとヨアキムくんが来てくれた。そのときに自分が小さい方だと分かってショックを受けて泣きそうになってしまったが、それも今はいい思い出だ。

 ファンヌとヨアキムくんの入学式にはファンヌは可愛い黄色のワンピースを着て、ヨアキムくんはオレンジと茶色のチェックのサロペットパンツを着て準備していた。マンドラゴラのダーちゃんとブーちゃんを抱き締めながらエディトちゃんが「えー、えー」と自己主張しているのがファンヌが私の入学式のときに一緒に幼年学校に入学するつもりだったことを思い出させてちょっとドキドキしてしまう。

 さすがに2歳のエディトちゃんが幼年学校に乱入することはない。そのときの私は甘いことを考えていた。

 お腹周りがゆったりしたドレスを着たカミラ先生とエディトちゃんを抱っこしたビョルンさん、それにスーツ姿のお兄ちゃんと私で入学式を見届けることになった。

 馬車が幼年学校に着くとダンくんとミカルくんの家の馬車も同じくらいについていて、ダンくんのお父さんがアイノちゃんを抱っこして、お祖父様がダンくんのお母さんに手を貸して馬車から降ろしていた。


「ミカルくーん!」

「おはよう、ファンヌちゃん、ヨアキムくん」

「これからよろしくおねがいしますわ」


 入学するヨアキムくん、ミカルくん、ファンヌは誇らしげに挨拶を交わしている。ミカルくんの着ている赤茶色のショートパンツとベストに白いシャツは、今日のために誂えさせたものだろう。

 三年前の夏休みが終わろうとしていた日、ダンくんはミカルくんを連れて保育所の入所式にミカルくんが着ていくものがないと私に相談しに来た。お兄ちゃんが私のお譲りの服をダンくんのお小遣いと交換に渡してあげたのが遠い昔のようだ。

 ベルマン家の養子になった二人は堂々と綺麗な服を着て入学式に臨める。ダンくんのお父さんとお母さんも血色がよくなって痩せ細っていたのが中肉に近付いてきた気がする。


「ミカルくん、行ってらっしゃい」

「いってきます、じいちゃん!」


 新入生は先に教室に集められるのでお祖父様が手を振ってミカルくんを送り出し、ミカルくんも元気に手を上げて答えていた。


「わたくし、じょうずにおへんじできます」

「ぼくもおへんじするから、きいててね」

「行ってらっしゃい、ファンヌ、ヨアキムくん」


 手を繋いで先生に連れられて行く二人にビョルンさんの腕の中でエディトちゃんがもがいているのが見えた。ファンヌのことを憧れて慕っているだけに自分がどうして入学できないのか2歳児なりに解せないのだろう。


「エディトはもうちょっと大きくなってからだね」

「えー! いくぅ!」


 お喋りも上手になってきて、自分も行くと主張するエディトちゃんをお兄ちゃんが穏やかに宥めていた。保護者席に座っているとお祖父様とダンくんとダンくんのご両親も近くに座った。


「今度からミカルと一緒に馬車で通うなんて信じられないよ」

「私はお兄ちゃんと移転の魔術で通うのかな」

「いいなぁ、イデオンはお兄ちゃんがいて」

「ダンくんは逆かもよ」

「逆?」

「いつか、ミカルくんやアイノちゃんを移転の魔術で送って行く方かも」


 魔術の才能があってベルマン家の養子になったので魔術学校に行けることは決まっているダンくん。魔術学校で移転の魔術は早くに習うが、一人での使用許可が下りるのは確か四年生からだから、生まれの早いダンくんは16歳になっているだろう。その頃にはアイノちゃんも幼年学校に通う年頃だ。


「俺がミカルやアイノを……そうか、ちょっとそれ、いいな」


 お兄ちゃんがいる私に憧れているダンくんは、逆に自分がお兄ちゃんとしてアイノちゃんやミカルくんを送って行けるかもしれない可能性に気付いてにやにやとしていた。ダンくんにこれからお兄ちゃんができることはないだろうけれど、自分がお兄ちゃんであることが弟や妹たちに与える影響を考えて満足してくれたらそれはそれでいいことなのだろう。

 ダンくんのお父さんに抱っこされているアイノちゃんはさっきまで眠っていたが、起き出してお目目をきょろきょろさせて周囲を見ている。顔を覗き込むダンくんにきゃっきゃと笑ったりするからアイノちゃんもダンくんが大好きで、ダンくんもアイノちゃんが大好きなのだろう。


「アイノはお姫様みたいに育てるんだ」

「お姫様?」

「そう。俺やミカルみたいな大変な思いはさせない。でも、薬草のことは教えるために畑仕事はさせるけど」


 借金をしていてダンくんの家はミカルくんが産まれてから大変で、ミカルくんの面倒はほとんどダンくんが見て来たような状態だった。ご両親は働きづくめでそれでも利子が増え続けて借金は減らず、畑仕事に内職にと寝る間もなかった。それが今はベルマン家でご両親も満ち足りた生活ができている。


「最近、アイノを風呂に入れるときに、父ちゃんが俺の髪も洗ってくれるんだよ。ミカルは母ちゃんと入ってるし」


 余裕があるとはこういうことなのだろう。ダンくん一家はとても幸せそうに見えた。


「ミルクを用意する間、アイノちゃんを私が抱っこしましょうかね」

「お願いします、ボリス様」


 ダンくんのお父さんがアイノちゃんのミルクを用意する間、交代してアイノちゃんを抱っこするお祖父様は目じりが下がって笑み崩れている。ダンくんとミカルくんとアイノちゃんがベルマン家に幸福を運んできてくれたことには間違いがなかった。


「新入生、入場します。暖かな拍手で迎えてあげてください」


 一年生の担任になるらしいソーニャ先生の声が響いて、ソーニャ先生の後ろにファンヌを先頭に新一年生が続いて歩いてくる。生まれた順番に出席番号が決まっているのでファンヌと離れてしまったヨアキムくんはちょっと不満そうだったけれど、きりっと表情を引き締めて手を振って歩いていた。

 私もお兄ちゃんもカミラ先生もビョルンさんも暖かな拍手で迎える。エディトちゃんも一生懸命拍手をしていた。


「新入生、お名前を呼びます。元気にお返事してください。ファンヌ・ルンダールちゃん!」

「はい!」


 名前を呼ばれてお手手を上げてファンヌが返事をしている。

 お兄ちゃんと初めて会った頃にはまだ乳児だったファンヌが幼年学校に入学するのだ。感慨深くて鼻の奥がつんと痛くなってきた私の肩をお兄ちゃんが抱く。


「ミカル・ベルマンくん!」

「はい!」


 借金で家が苦しくてダンくんしか頼る相手がいなくて、わがまま放題に育っていたミカルくんもファンヌとヨアキムくんとリーサさんと遊ぶようになって少しずつ自制が利くようになってきていた。保育所に通い出してからは集団行動も身についたようである。

 立派な返事に横を見ればダンくんが目を潤ませている。


「ヨアキム・アシェルくん!」

「はい!」


 2歳で呪いをかけられた状態で出会ってルンダール家に引き取られたヨアキムくん。自分のせいで飼い犬が死に、乳母さんも亡くなったことを知ってショックを受けたこともあったけれど、しっかりと立ち直って今は立派な一年生になっている。

 感情が高ぶると呪いを発動させかねないからそれだけは気を付けなければいけないが、ファンヌもミカルくんも一緒なのでそれはきっと大丈夫だと思いたい。

 たくさんの思いが込み上げて来て泣きそうな私が上を向いて涙を誤魔化していると、ずずずっと洟を啜る音が聞こえた。横を見てみればカミラ先生がハンカチを顔に当てて泣いている。


「ファンヌちゃんとヨアキムくんがこんなに立派になって……」

「ヨアキムくんは呪いを乗り越えて、乳母さんの死も乗り越えましたもんね」

「本当に二人ともなんて可愛い……」


 エディトちゃんを抱っこしているビョルンさんも泣いているようだった。そういえばビョルンさんもファンヌが3歳、ヨアキムくんが2歳のときからのお付き合いで、ヨアキムくんの呪いを抜くために色々と試行錯誤してくれた。その過程でカミラ先生と心を通じ合わせて二人は結婚することになったのだから、ヨアキムくんは二人の愛のキューピッドなのかもしれない。

 泣いている両親をエディトちゃんは不思議そうに見上げていた。


「お兄ちゃん、色んなことがあったね」

「うん、でも、きっと全部必要なことだったんだろうね」


 幼年学校に入学した新入生のためにフレヤちゃんが壇上に立って歓迎の挨拶を述べている。目を輝かせてファンヌもヨアキムくんもミカルくんもそれを聞いていた。

 これからが大変だとしてもファンヌとヨアキムくんが幼年学校に入学したことがおめでたいことには違いない。

 退場する新入生を私たちは大きな拍手で見送った。

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