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ベルマン家の日常に至るまで 2

ダンの父親視点の番外編です。

この話で終わりです。

 コカトリスからミカルを守ってくれたのでミカルがボリス様にすっかり懐いてしまったのだとダンから話を聞いた。コカトリスをカミラ様が捌いてバーベキューにしたのに招かれてご馳走になった後で、イデオンくんから俺たちに提案があった。


「ダンくんには魔術の才能があります。将来は魔術学校に進学できるでしょう」

「それは私たちも聞いています」

「ルンダール家から援助を頂けるというのもありがたく思っています」


 俺にもアネッテにも魔術の才能はほんの少しあったのだが、幼年学校すらまともに行っていない、魔術学校には金銭的に行けるわけがない俺たちにとって、魔術師というのは完全に遠い存在だった。ダンに魔術の才能があって魔術学校に行ければ魔術師になれるというのは、ダンの生活が楽になる程度にしか思っていなかった俺たちにとって、イデオン様の申し出はあまりにも唐突で驚きに満ちたものだった。


「ボリスさんがダンくんを、養子にもらうというのはどうでしょう?」


 貴族の跡取りには魔術の才能がないとなれないが、貴族というのは遠い存在で自分たちの息子がそうなるとは考えたこともなかった。声も出せないでいる俺たちの前で、イデオン様は説明を続ける。


「ダンくんは魔術の才能があるので貴族の養子になれます。でもダンくん一人だけこのおやしきに引っ越してくるのはご両親も寂しいだろうし、ミカルくんはボリスさんをお祖父様のように思っているようなので、ダンくんの御一家全員がボリスさんとこのおやしきで暮らしたらどうでしょう?」


 貴族社会とは恐ろしいものだ。

 ルンダール領の当主のアンネリ様は毒殺された。その夫のレイフ様も魔術具をすり替えられて殺されていたことが最近発覚した。アンネリ様のご両親の前当主様御夫婦も馬車に呪いをかけて殺された。

 これだけ暗殺に塗れたルンダール領でケント・ベルマンの生家であるベルマン家の養子にダンがなる。

 そのことについて葛藤がなかったわけではない。

 ダンにもミカルにもきっと危険が降りかかるときが来るだろう。ベルマン家の子どもというだけでケントの罪を着せられるかもしれない。貴族社会の汚さにダンやミカルが傷付く日が来るかもしれない。

 何よりも親子で慎ましく暮らしていた農地も離れなければいけなくなる。


「農家の出としてダンくんが貴族社会で嫌がらせにあいませんでしょうか」

「ルンダール領の当主はいずれオリヴェルになります。オリヴェルがイデオンくんの親友を軽んじると思いますか?」


 ボリス様もダンを心配してくれていた。

 ダンにとってもミカルにとっても良い話だというのは分かっている。

 それでも俺は一歩踏み出せずにいた。


「おれが養子になれば、母ちゃんも父ちゃんもミカルも、産まれてくる赤ちゃんも、助かるんだよな?」

「それだけじゃないよ。ルンダール領でもベルマン家は大貴族だから、そこの跡継ぎがダンくんっていうのは、お兄ちゃんがルンダール領の当主になったときに大きな助けになる」

「おれが、貴族としてオリヴェル様を助けられるのか?」

「今のルンダール領の貴族は全員が味方とは言いづらい状況なんだよ。その中にベルマン家の当主としてダンくんがいてくれると何よりも心強い」


 ダンとイデオン様が話している。ダンはどこまでも家族のことを考えていて、そのことに目頭が熱くなる。

 自分が嫌な思いをするかもしれない。命を狙われるかもしれない。それを分かっていながら、ダンが一番気にしているのは俺たち家族のことだった。


「根回しの一環としても、ダンくんにはベルマン家の跡継ぎになって欲しいんだ」


 イデオン様の気持ちも分かるのだが、俺にとってダンは大事な息子。生贄のように貴族社会に差し出したくはなかった。

 断ろう。

 どれだけ罵られても土下座して謝って断ろう。

 俺の気持ちを揺るがせたのは、ダンの真剣な眼差しだった。


「ハムを、食べたんだ。新鮮な卵も、サラダも……。父ちゃんと母ちゃんにも食べさせたかった。毎日ご飯が食べられて、母ちゃんは安全に赤ちゃんが産めて、父ちゃんは仕事に追われずに育児と勉強ができるんだろ? 断る理由がないよな」

「ダン……貴族社会は楽じゃないと聞いているよ?」

「苦労するかもしれない。つらいことがあるかもしれない。私たちはただの農民だし」

「イデオンとオリヴェル様の助けになれるんだ。おれが貴族なんて信じられないけど」


 ダンの心は決まっていた。

 俺たちに良いものを食べさせて、良い暮らしをさせるために、養子の話を受けるつもりなのだ。


「アネッテ……いいんだろうか」

「あなた、ミカルを見て」


 ダンを生贄に差し出した気持ちになっている俺の前で、ミカルは黄色っぽいアネッテによく似た目を煌めかせながらボリス様の手を取っていた。


「ほんとうのじいちゃんになってくれるのか?」

「本当のお祖父ちゃんになってもいいのかな?」

「うん、いいよ!」


 そこで俺はようやく気付いた。

 ダンもミカルも生贄になるつもりなどないのだ。

 本当にボリス様を慕って、ボリス様を祖父にしたいと願っている。借金を背負ってから頼れないと会わないままに亡くなった俺の両親の姿が頭を過った。

 ダンにもミカルにも頼れる祖父が必要なのかもしれない。

 ただの農民が貴族のお屋敷で暮らすのは場違いで迷惑をかけることもあるだろう。今まで育てた大事な畑も手放さなければいけないかもしれない。

 けれど、ダンが決めて、ミカルが求めている祖父との生活がここにあった。


「どうか、ダンくんとミカルくんを私の養子に……ご両親もこの屋敷で暮らしてはくれませんか?」

「準備期間をください。畑をどうするか決めないと」

「このお屋敷に住ませていただくことになっても畑仕事に通ってもいいですか?」


 涙ながらに懇願するボリス様に俺とアネッテは心を決めた。

 すぐには畑を捨てられないが畑仕事をしながらでも少しずつこのお屋敷になれて行けばいい。何よりアネッテは炎天下の中働いて無理をしなくて済むようになる。

 俺は貴族になったわけではない。

 だから毎日畑に出て働くのだが、ダンとミカルも当然のように畑には着いてきた。お屋敷からも使用人さんが派遣された。

 畑仕事は格段に楽になり、俺は遅ればせながらベルマン家の書庫に通って字の勉強をしている。

 この暮らしが俺たちに危険をもたらすとしても、そのときにはダンとミカルを守れるように。

 俺もアネッテも覚悟を決めなければいけなかった。

 結果としてアネッテは無事に女の子を産み落とした。

 俺の赤い髪とアネッテの黄色っぽい目を受け継いだ可愛い娘、アイノ。妹ができてダンもミカルも大喜びだった。

 小さなアイノを抱っこしているとダンやミカルが生まれた日のことを思い出す。ダンは何の問題もなく産まれて来たが、ミカルのときにはアネッテは死にかけた。今回のお産が無事に済んだのは全てベルマン家でゆっくりと休んで臨月に備えられたからに違いない。


「ボリス様本当にありがとうございました」

「お礼など、赤ちゃんが無事に生まれて来てくれたことが私にとっては何よりも嬉しいのです」


 ボリス様は次男のハンス様のお産の際に奥様を亡くされている。それを考えればボリス様が殊更アネッテに気を遣って大事にしてくれるのがよく分かる。


「抱っこしてあげてくださいませ」

「いいのですか……あぁ、こんなにも小さくて可愛い」


 ボリス様の目に涙が溢れる。抱き締められたアイノはすうすうと眠っていた。

 乳母が付けられてアネッテは母乳を上げるとき以外は無理をせず過ごせるようになったし、俺はお屋敷の書庫で勉強をするようになった。今からでも遅くない、文字を覚えて勉強すれば将来ダンがベルマン家の当主になった暁に何か手伝えるかもしれない。


「とうちゃん、にわのやくそうばたけにいこう! じいちゃんもいっしょに」

「ミカル、お祖父様とお呼びしなさい」

「じいちゃんで構いませんよ」


 ミカルと俺とボリス様とダンで、ベルマン家の庭に移してきた薬草畑を育てる毎日。

 これがベルマン家の日常となった。

番外編はこれで終わりです。

引き続き六章をお楽しみください。


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