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ベルマン家の日常に至るまで 1

ダンの父親視点の番外編です。

もう一話あります。

 俺の名はエッベ。

 家名はない。

 この国では貴族以外が家名を持つことはない。

 一生貴族になど縁がないと思っていた十代の終わり、俺は幼馴染のアネッテと結婚した。

 ルンダール領はケント・ベルマンとドロテーア・ボールクの課した重税で幼年学校に行く余裕もなく、俺は勉強もほとんどできないまま、難しい字も読めないようなただの農家の小せがれだった。早くに両親が亡くなっていたアネッテの両親から引き継いだ農地を耕して、ぎりぎり食べて行けるだけの薬草やマンドラゴラを育てていた。

 マンドラゴラ栽培には栄養剤が欠かせない。自分で栄養剤を作る技術がなく、習おうにも学がない俺とアネッテには、栄養剤を買ってそれで育てたマンドラゴラを売るという非効率な方法しかなかった。

 結婚後一年近くでアネッテは妊娠した。街医者からはあまり働かせてはいけないと言われていたが、働かなければ俺たちは食べていけないし、生まれて来る子どものための貯えもできない。

 痩せてお腹だけ大きなアネッテに申し訳ないと言いながらも俺たちは毎日畑仕事をした。アネッテは臨月まで働いて、男の子を産み落とした。俺に似た赤毛と、アネッテに似た黄色っぽい目の可愛い赤ん坊。

 それがダンだった。

 この子には俺たちのような地べたを這いずる暮らしはさせたくない。ちゃんと教育を受けさせたいと願って育てていたら、二年後にアネッテはまた妊娠した。

 今度も働けるだろうと甘く見ていたのがいけなかった。


「二人目が生まれるんだから、もっと頑張らないと」

「少しは休んでくれ。顔色が良くないぞ」


 そんなことを話していたら数日後にアネッテが布団から起きられなくなった。街医者を呼んでくると母子共に危険な状態だという。


「魔術的な処置を行いますが、それには相当お金がかかりますよ」

「どうにかして工面する! 頼む、アネッテも赤ん坊も助けてくれ!」


 アネッテのことも赤ん坊も諦めたくはない。必死になって駆け込んだ金貸しのところで、俺は何枚もの契約書を見せられた。難しい文章で書かれているそれを俺はほとんど理解できなかった。


「お金が必要なんでしょう? 大丈夫です、ちゃんと返せばいいだけのこと」


 金貸しは甘く優しい声で囁いて俺の手にペンを持たせる。


「今すぐに必要なんだ」

「分かっていますよ。ここにサインを」


 自分の名前は書けたので「エッベ」と書くと金貸しは俺が見たこともない金額の硬貨を何枚も財布に入れてくれた。

 大急ぎで帰って来ると街医者に金を払い、アネッテは診療所に入院した。赤ん坊が生まれるまでの間、生きた心地がしなかった。無事に生まれてアネッテも疲労はしているが無事だと聞いたときの安堵は一生忘れられない。

 俺に似た赤毛の赤ん坊はダンにもよく似ていた。

 安心したのはそのときだけで、それから毎日のように借金の取り立てに強面の男がやってくるようになった。


「利息だけでも払ってくださいよ。現物支給で、マンドラゴラを持って行ってもいいんですよ?」

「利息? 利息とはなんだ?」

「借金には借りている間に利息が付くものなんですよ」


 利息の意味すら知らない俺たちから強面の男は金を取り上げていく。毎日の食事はわびしいものとなり、アネッテはお乳が出なくて泣く赤ん坊のミカルに自分も泣きたいくらいだっただろう。事実、俺も泣きたかった。

 ミルクを買うお金がないので近所の子どもを産んだ母親から貰い乳をしてミカルを育てた。


「私たちは勉強ができなかった。この子たちには勉強をさせてあげたい」

「俺もそう思うよ、アネッテ」


 夜中に内職をしながら空腹で鳴く腹を水で誤魔化してなんとかダンが幼年学校に入るまでは利息だけを返して頑張ったのだが、金貸しは遂に俺たちの農地を取り上げようとして来た。

 その頃にダンが幼年学校で知り合ったのがルンダール家のイデオン様だった。貴族の中でも特に位の高いルンダール領の当主のお屋敷の子どもとダンが取っ組み合いの喧嘩をして怪我をさせたと聞いたときには、自分たちの首が飛ぶことを覚悟して学校に出向いた。

 しかし、当主代理のカミラ様は寛大で、ダンとイデオン様の話し合いの場を設けてくださって、借金まで肩代わりしてくださった。おかげで利息を払う必要がなくなって、そのうちにビョルン様の作った栄養剤の『マッチョナール』で俺の畑のマンドラゴラがマンドラゴラ品評会に出て、高く売れ、借金もなくなった。

 これからダンとミカルのために貯金をして行こうと決めた矢先に、アネッテの妊娠が分かった。


「ミカルのときに危なかったし、今回もそうだったらどうしましょう……」

「お前の身体は心配だが、せっかく宿った命だ。堕ろしたくはない」


 夜中にダンもミカルも寝ていると思って話したことをダンは聞いていた。

 どうすればいいか9歳なりに考えてイデオン様に相談したようなのだ。


「父ちゃん、母ちゃん、おれの話を聞いてくれよ」

「どうしたの、ダン?」

「今日はお屋敷で勉強してくるんじゃなかったのかい?」


 畑仕事をしていた俺とアネッテに話しかけて来たダンの表情が真剣で俺たちは手を洗ってイデオン様とオリヴェル様とダンとミカルを家に連れて行った。


「おれ、聞いちゃったんだ。母ちゃんに赤ちゃんができたって」

「あかちゃん!? おれ、おにいちゃんになるの!?」


 嬉しそうなミカルの言葉に胸がちくちくと痛む。

 赤ん坊はアネッテの身体のことを考えれば諦めた方が良いかもしれないと二人で考えていたのだ。

 それをダンはイデオン様に相談して魔術学校の学費を出してもらうという約束とビョルン様にアネッテを診せるという約束を取り付けて来た。何から何まで頼ることになって申し訳ないと恐縮する俺とアネッテに、オリヴェル様が告げる。


「魔術師はルンダール領にとっての財産です。ダンくんが良い魔術師になればルンダール領はそれだけ豊かになって、ルンダール家が援助したよりももっと大きな利益を生み出します。学費の援助についてはルンダール家も考えのあってのことなので遠慮なさらないでください」

「最初の借金はミカルを産むときの医療費でした。私たちが学がないから酷い悪徳業者から契約書が読めないままにお金を借りてしまって、その利息が膨れ上がってどうにもならない状態でした」

「ダンとミカルには私たちのような人生は歩ませたくない。できる限りの教育をさせてあげたいと思っています」


 オリヴェル様に促されるように俺たちも自分の気持ちを口にすれば、イデオン様が付け加えてくれた。


「領地を育てるということは、ひとを育てるということだとカミラ先生は言っていました。ダンくんの学費も……ミカルくんがこれからどんな進路を選ぶか分からないですが、ミカルくんの学費も、ルンダールから援助させてください」


 これでアネッテも無事に出産ができると安心した後、ダンとミカルは夏休みはルンダール家のお屋敷に行くと言っていた。


「かあちゃん、おれたちがいるとたいへんだろ」

「イデオンと一緒に勉強できるし、頼んでみるよ」


 アネッテの身体のことを考えて少しでも負担が少ないようにしてくれようとしているダンとミカル。

 申し訳ないという思いと有難いという思いが半々。

 複雑な気持ちのままダンとミカルを送り出した翌日に、この地域を治めるベルマン家のボリス様が俺たちの畑にやってきた。

 ミカルはボリス様を「じいちゃん」と呼んで親し気にしている。


「ボリス様、視察でしょうか?」

「顔を上げられてください。ミカルくんに誘われて薬草畑を見に来させてもらいました」

「おれのかあちゃん、おなかにあかちゃんがいるんだよ! おれ、おにいちゃんになるの!」

「それはますます礼などしていてはいけない。体を楽にして」


 ベルマン家はルンダール領を荒廃させたケント・ベルマンの生家ではあったが、領地の農民にボリス様は非常に優しい。跡継ぎだったハンス様が病弱で亡くなられてから、気落ちされてどっと老けたというお噂だったがミカルとダンと接する姿は活き活きとして見えた。

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