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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
五章 幼年学校で勉強します!(三年生編)
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37.次の年のために

 私は今、お兄ちゃんの膝の上に乗っている。

 なんでこういうことになったのかには、深くはないが理由があった。

 今年は何を植えるかをお兄ちゃんと話し合って決めようと書庫に向かった春休みの午後、図鑑を本棚から取って座ろうとしたら椅子が一つしか空いていなかったのだ。

 ルンダール家のお屋敷は書庫を使用人さんにも開放している。印刷技術が上がったとはいえ本は使用人さんたちが気軽に買える値段ではないので、使用人さんたちは書庫内でのみ本を閲覧して、貸し出しはできない決まりになっていた。

 お休みをもらっている使用人さんたちが書庫の椅子を使っていて空いていたのが一脚だけ。


「イデオン様、オリヴェル様、わたくしは終わりますので」

「いえ、気にしないでゆっくり読んでください。折角のお休みでしょう?」


 座っていた使用人さんが立とうとするのをお兄ちゃんが止める。雇用形態として使用人さんも週に一度休めるようになっているので休みの日しか書庫で勉強できないのにそれを奪ってしまうことは酷く申し訳なく感じられた。


「お兄ちゃん座ってよ。私立って見るから」

「イデオンが座ると良いよ」

「ううん、お兄ちゃん座って」


 譲り合っているとまた近くの使用人さんが立とうとする。


「わたくしもう終わりましたので」

「いいえ、遠慮しないでください!」

「お気になさらずに」


 二人して考えた使用人さんを一番困らせない方法、それがお兄ちゃんが椅子に座って私がお兄ちゃんのお膝に座ることだったのだ。

 もうすぐ9歳になるのにお兄ちゃんのお膝に座るのは恥ずかしい。お兄ちゃんの匂いがしてお兄ちゃんの体温を感じて嬉しいのは確かなのだが、9歳にもなってお膝に乗って良いのかと悩んでしまう。

 思わず真顔になる私を気にさせないようにお兄ちゃんは図鑑のページを捲っていた。


「何が良いかなぁ……向日葵駝鳥は青花と一緒に石鹸とシャンプーの事業に発展させたし、大成功だったよね」

「あれは本当に良かったと思う。あんな風にルンダールの特産品が増えれば、領地はもっと豊かになるよね」

「石鹸とシャンプー以外にどんなものが必要かな」


 お兄ちゃんの呟きに私の頭を過ったのは、フォルティスセプスの猛毒を入れられた紅茶だった。あのとき違和感を覚えずに飲み込んでいたら私は今生きていなかったかもしれない。


「鱗草は毒や呪いを感知できるけど、全部炭酸にしちゃうのが問題だよね」

「毒や呪いを感知できるものがもっと簡単に手に入れば、貴族には売れるかもしれないね」

「鱗草は葉っぱでしょ? そうじゃなくて……ちょっとだけ浸けたら色が変わる紙とかないかな……」

「作れるかもしれない」


 テーブルの上で図鑑のページが捲られていく。お兄ちゃんが開いたのは真っ赤なキャベツの乗っているページだった。


「色変わりキャベツ?」

「そう、毒や呪いを感知すると色が変わるキャベツなんだ。キャベツを持ち歩くわけにはいかないけど……」

「煮だした汁を紙に沁み込ませて持ち歩くとか、できないかな?」

「やってみる価値はあると思う」


 今年、実験用の畑で挑戦する植物は色変わりキャベツに決まった。

 そそくさとお兄ちゃんの膝の上から降りて、お兄ちゃんが図鑑を書庫に片付けるのを見ていると使用人さんが何度も頭を下げていた。


「ありがとうございました。お二人仲が良くて本当に素敵です」

「い、いえ、当然のことをしたまでです」


 お兄ちゃんのお膝の上に抱っこされるのが当然のことかどうかは置いておいて、私は使用人さんを困らせずに済んだことに安心していた。


「あのような事件があったので、オリヴェル様もイデオン様もわたくしたちを信頼なさらなくても仕方がないと思っておりました」

「いいえ、そんなことはありません」

「あなた方はよく仕えてくれていると思います」


 カップを渡した使用人さんが私を毒殺しようとして失敗して自殺したことになっているのはルンダール家のお屋敷だけでなく領地中に広まっている。一応私は向日葵駝鳥と青花の石鹸とシャンプーの事業を立ち上げた功労者になっているので、領民は私のことを物凄く心配してくれていたようだった。

 あんなことがあったからといって全ての使用人さんを疑うような愚かなことを私はしたいと思っていない。お兄ちゃんだって同じだ。何よりもあの使用人さんが犯人だとはとても考えられないのだ。

 それでも使用人さんたちは気にしているのだということがよく分かった。


「あの使用人さんが無実だったらなんとかして嫌疑を解いてあげたいんだけどな」

「そうだよね……あの使用人さんの実家は大変なことになっていないだろうか」


 あの使用人さんにも家族がいて、実家があったはずなのだ。私を毒殺したという罪を被せられて実家のひとたちは行き場がなくなっていないだろうか。そこまで考えが及んでいなかった私にお兄ちゃんは更に深い考えを教えてくれた。


「どうにかして保護したいけど……」


 私たちにできることはカミラ先生に相談するくらいだった。

 晩ご飯のときにその話をするとカミラ先生は悲し気に眉を寄せる。


「ご実家の方々は身の置き場がなかったようで、家を捨てて領地の外へ逃げたと知らせがありました」

「遅かったですか……」

「私も早急に手を打っておけば良かったのですが……」


 領民にとっては重税を課した父を追い出した私とファンヌとカミラ先生は正しい政治で領地を立て直しているし人気者として扱われているようで、それを暗殺しようとした家族となると領地に身の置き場がなくなるのも目に見えていた。そこまで気が付かずに今まで放っておいた私の浅慮だったとしか言いようがない。


「どうにかして真犯人を捕まえたいものです」

「イデオンくん、危険なことはしないでくださいね」


 カミラ先生に言われたが私はどうしても真犯人を捕まえる気でいた。

 誕生日の前日にはお兄ちゃんがニワトリメロンのゼリーケーキを作ってくれた。

 貴族とのパーティーは警戒して何も口にしなかった分みんなお腹を空かせて戻ってきて、遅い昼ご飯にパンにザワークラウトとソーセージを挟んで食べて、ゼリーケーキを切り分けてもらった。

 ニワトリメロンの果肉の入ったゼリーケーキは冷たくて美味しくてつるりとあっという間に胃の中に納まってしまった。

 食べ終わるとファンヌもヨアキムくんもエディトちゃんも口の周りが真っ赤になっていて、リーサさんに拭いてもらっていた。


「カミラ様、わたくしはカスパル様と約束を致しました」

「えぇ、次の乳母を雇いましょうね」

「いいえ、乳母は続けさせてください。カミラ様がオースルンドに帰る日にわたくしもカスパル様とオースルンド領に参ります」


 ファンヌとヨアキムくんが幼年学校に行く年になったらカスパルさんとリーサさんはお付き合いをする。そういう約束をしていた。それが果たされる日がもう数日後に迫っている。

 カミラ先生がオースルンド領に帰るのは四年後だが、それまでリーサさんはルンダール領にいてくれてその後でカスパルさんとオースルンド領に行くという。

 それはいわゆる結婚の約束ではないだろうか。


「おめでとうございます、リーサさん。ちょっと気が早いけど」

「カスパル様の気持ちがその日まで変わらなければ、ですよ」

「変わるはずがありません」


 お祝いを言う私にリーサさんは照れ臭そうだが、カスパルさんは物凄く真面目に返事をしていた。

 春休みももうすぐ終わる。

 入学式の日にはファンヌは誕生日が来て7歳になっているが、クラスで一番生まれが早い子としてこれから幼年学校で生活していくのだろう。その隣りにはいつもヨアキムくんの姿があるはずだ。


「リンゴちゃんもばしゃにへいそうするけど、エディトちゃんがいるから、ほいくしょにいくの」

「りーた、いっと」


 にこにこと笑っているエディトちゃんも今日で2歳になった。

 お兄ちゃんは研究課程に進むことが決まっているし、私はもうすぐ四年生になる。

 気になることはまだまだあるがそれはゆっくりと時間をかけて突き詰めていくしかないだろう。

 私の9歳の誕生日はエディトちゃんの2歳の誕生日でもある。

 みんなに祝われて私はその日一つ大きくなった。

これで五章は完結です。

イデオンたちの成長はいかがだったでしょうか?

感想等頂ければ嬉しいです。

引き続き六章もお楽しみくださいませ。


感想、評価、ブクマ、レビュー等、歓迎しております。

応援よろしくお願いします。作者のやる気と励みになります。

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