36.始末された使用人さん
話を聞こうとしても使用人さんは亡くなってしまった。
ルンダール家の養子である私が毒殺されかけて、そのカップを渡した使用人さんが毒で亡くなった。事件は使用人さんが私の暗殺に失敗して捕まるのを恐れて命を絶ったという結末にされてしまった。
使用人さんの部屋にはこれ見よがしに金の袋があってそれで使用人さんは買収されたのだろうと警備兵は結論付けたのだ。
全く納得できないがこれ以上深追いすることもできない。
しばらくは飲食に気を付けて過ごすしかなかった。
三学期が始まった学校の給食も食べる前に全員分エドラ先生が魔術で異物混入がないか調べてくれた。同じ教室にはダンくんもフレヤちゃんもいるので誰も犠牲にはなって欲しくない。
飲み物は持ってきた水筒の中身しか飲まないようにした。
「新年早々大変だったのね」
「貴族って恐ろしいんだって分かったよ。でも、アイノ産んだ後、母ちゃんはお乳をあげる以外は何もしなくて良くて休んでいられるし、父ちゃんも庭に薬草畑作りながら勉強ができる」
恐ろしいことを理解しても元の暮らしには戻れないというダンくんに私はできるアドバイスを思い出した。
「そういうときは、鱗草を使うんだよ。毒や呪いに反応して色が変わるから」
「鱗草か! いつも持ってる」
飲み物や食べ物にも鱗草を入れてみれば安全か分かる。ただし飲み物は炭酸水になってしまうのだが、それは仕方がない。
「ミカルにも教えてやるよ。ありがとう!」
「ううん、アイノちゃんもいるし、お母さんとお父さんも気を付けてね」
「おう!」
アイノちゃんの話題になるとフレヤちゃんが目を輝かせた。
「今度アイノちゃんを見に行って良いかな? ベルマン家にお邪魔するのは初めてなんだけど」
「見に来いよ。めちゃくちゃ可愛いんだから」
暗い話題になりかけていた空気もアイノちゃんのことになるとパッと明るくなる。嬉しそうに笑み崩れているダンくんは相当アイノちゃんを可愛がっているようだ。
「俺が抱っこするとよく眠るんだよ」
「私も抱っこしたい」
「してやってくれよ。すごく可愛いから」
産まれたばかりだったアイノちゃんも一か月くらい経って少しは大きくなったのだろうか。
「アイノちゃんの目の色は何色だった?」
「俺とミカルと同じだったよ。髪が父ちゃん似で、目が母ちゃん似なんだ」
そういえばダンくんとミカルくんのお父さんも赤毛だった。お母さんの目の色はしっかり見たことがないけれどダンくんがそういうのならば黄色っぽい目なのだろう。
「ルンダールは代々黒髪だけど、うちの父ちゃんの家系は代々赤毛なんだって」
「それじゃベルマン家も赤毛になるね」
「俺もいつか結婚して赤ちゃんとか産まれるのかなぁ」
感慨深く言うダンくんにフレヤちゃんがこちらに目を向けた。なんだかちょっと怖い迫力を湛えた瞳に私はびくりとしてしまう。
「イデオンくん、婚約したって本当なの?」
「あ……それは……」
「国王陛下の姉殿下だって聞いたけど、無理やりの政略結婚じゃないの?」
貴族社会の理不尽にフレヤちゃんは私の代わりに怒ってくれている気がする。無理やりの政略結婚には違いないが、婚約という形だし、まだはっきりとは決まっていないので何とも言えない。
「その政略結婚のせいでイデオンくんが毒殺されかけたって噂になってるわよ」
領地の中ではそういうことになっているようなのだ。
亡くなった使用人さんが持っていたお盆に乗っていたカップは二つで、どちらをお兄ちゃんと私が取ってもおかしくはなかった。だから私はお兄ちゃんが狙われた可能性を捨てたくはないのだが、警備兵はもう使用人さんが犯人と決めつけて捜査を終えてしまった。
失敗した真犯人はまた仕掛けてくるに違いないが、それを待つ以外に私には今のところ手段がない。死んだ使用人さんもフォルティスセプスの猛毒を飲んでということなので魔術的な痕跡を追うことができないのだ。
用意周到に張り巡らされた蜘蛛の巣のような罠の気配は感じ取っているのに、それがどこに張られて蜘蛛こと真犯人がどこにいるのか分からない。
「気を付けるよ」
「イデオンくんは、お兄ちゃんのことが好きなんだと思ってた」
「え?」
毒殺についての話かと思えばフレヤちゃんは婚約について話しているようだ。
「お兄ちゃんのことは大好きだけど、お兄ちゃんも私も男同士だよ?」
「貴族は跡取り問題があるから同性の結婚は許されてないけど、平民はそんなことないのよ?」
「へ?」
貴族は原則的に同性の結婚は許されていない。そのことは私も知っているがそれがどうして私とお兄ちゃんの話になるのだろう。
意味が分からず目を丸くする私にフレヤちゃんはやれやれとため息を吐く。
「婚約したから恋愛に興味が出て来たのかと思ったけど、イデオンくんには早かったようね」
うん、8歳の私に恋愛は早すぎると思う。
全くの同感だったがそのときの私はフレヤちゃんがやたらと鋭く私とお兄ちゃんの関係を観察していて何事か感じ取っていたことを知る由もない。
毒殺の件は有耶無耶のままに季節は春に移り変わりつつあった。
薬草畑は春になる前から急に忙しくなる。畑を耕して、畝を作り、種を植える。苗で育てる薬草は苗も育て始めないといけない。池の鱗草は収穫して乾かして干しておく。
ヨアキムくんからお譲りしてもらった金魚の如雨露を持ってエディトちゃんも今年から本格的な薬草畑の世話にデビューした。早朝に起きるのにも慣れて来たし、ファンヌとヨアキムくんが種を植えた後の土に水をかけていく。
「じゃー」
「じゃー、じゃたりないのよ。じゃーじゃーじゃー、くらいかけてくれる?」
「あい! じゃーじゃーじゃー」
植えた後の種にかける水の量もファンヌがしっかり指導している。
「ファンヌ、幼年学校に入ったらクラスのリーダーになりそう。フレヤちゃんみたいに」
「フレヤちゃんのことをお姉ちゃんって慕ってるから、そうなりたいんじゃないかな」
新入生への挨拶は成績優秀者であるフレヤちゃんが毎年頼まれている。挨拶を聞いてファンヌはますますフレヤちゃんに憧れそうな気がしている。
「ふぁーた、じぇった」
「できたわね、えらいわ、エディトちゃん」
そしてエディトちゃんはファンヌに憧れている気がするのは気のせいではないだろう。小さい頃に私がすることを全部ファンヌがしたがったようにエディトちゃんはファンヌがすることを真似している。
「よーた、じぇった?」
「ここのうねは、ぜんぶたねをうえたよ」
「じゃー、すゆ」
ヨアキムくんにも種を植えたことを確認して如雨露に水を汲みに行くエディトちゃんは2歳直前だがとても賢かった。ファンヌの小さい頃を思い出す。小さな体には大きく見える如雨露を軽々と持つし、雑草も抜いていく様子も小さい頃のファンヌにそっくりだ。
私と同じだけどころか、私よりも重い如雨露を運べたファンヌは今思えばエディトちゃんくらいの頃から肉体強化の魔術を使えたのかもしれない。
「もしかして、ファンヌって物凄く魔術の才能がある……?」
「気付いてなかったの、イデオン?」
お兄ちゃんに驚かれて私は初めてそのことに思い至った。
魔術の才能がお兄ちゃん、ファンヌ、私の順だったので私は魔力が相当低いのだと思い込んでいたが、ファンヌが魔術の才能がものすごく高いのであればそれより低いだけで私の魔術の才能もそう低くはないのかもしれない。
当然のようにファンヌが小さい頃から肉体強化の魔術を使いこなして、私は何も魔術は使えなかったからそういうことに思い至らなかった。
「イデオンは僕と同じで薬学や医学系の魔術の才能があるのかもしれない。僕は魔術学校で訓練を受けるまで魔術は一切使えなかったからね」
お兄ちゃんが言ってくれると私は自信のなかった自分を少しだけ安堵させることができた。
移転の魔術を使えたり、異物混入を感知する魔術を使えたりするようになるのは、私の憧れである。
使えるようになってしまえばお兄ちゃんの手を煩わせずに済むのだが、お兄ちゃんに甘えておきたいという気持ちもないではない。
「にぃ、じぇったー!」
びしょ濡れになりながら畝に水をかけ終えたエディトちゃんが嬉しそうに報告に来る。如雨露から水が零れて濡れることも土に汚れることも気にしないエディトちゃんは、すっかり薬草畑の世話に慣れていた。
「まんまっ!」
「一仕事するとお腹が空くね。エディト、帰ろう」
「あい!」
お兄ちゃんの言葉に元気に返事をするエディトちゃんをお兄ちゃんが抱き上げて、私たちは部屋に戻って朝食を食べた。
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