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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
五章 幼年学校で勉強します!(三年生編)
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35.標的は私かお兄ちゃんか

 年が明けて面倒な新年のパーティーが開かれたが、セシーリア殿下の髪飾りの効果は絶大だった。私の聞こえるところで嫌味を言われることはなくなったどころか、私をちやほやして取り入ろうとする貴族が集まって来る。

 お兄ちゃんはもうすぐ魔術学校を卒業してしまうので、研究課程で勉強する期間は残り四年間。それが終わればお兄ちゃんは正式なルンダールの当主として領地を治めることになる。

 補佐として四年後もまだ13歳程度の私にとってはセシーリア殿下が婚約者として後ろ盾になってくれている事実は有難くも心強いものだった。その件に関してお兄ちゃんには若干誤解されている気はするがセシーリア殿下が私と結婚する気がないことはちゃんと私には分かっていた。


「カミラ様に二人目が!」

「今度は男の子でしょうか、女の子でしょうか」

「どちらにせよ無事に産まれると良いですね」


 サンドバリ家、ベルマン家、ニリアン家のひとたちは相変わらずエディトちゃんを最高に褒めて可愛がり、カミラ先生の赤ちゃんを祝福して、近寄って来るファンヌやヨアキムくんとも友好的に話してくれている。

 媚びへつらう貴族の対応は私がすれば私の家族は円満に守られる。一人で頑張るつもりなのにお兄ちゃんは優しいひとたちの輪から外れて私の隣りに来てくれていた。


「セシーリア殿下はイデオン様を大層お気に入りとか」

「そういう趣味だったのですね。お眼鏡に叶ってよろしかったこと」

「セシーリア殿下は私の成人の折りにもう一度話し合いを行うと仰ってくださっています」


 素っ気なく貴族たちに対応する私にお兄ちゃんが大きな手で手を握ってくれる。


「イデオン、何か飲み物をもらいに行こう」

「うん、おにい……兄上、ありがとう」


 貴族たちには素っ気なく慇懃無礼にできても、お兄ちゃんの前ではつい気が緩んでしまうからいけない。こんなことで私はお兄ちゃんを支える狡猾な補佐になれるだろうか。

 家族以外からはどう思われていたって構わない。むしろ非情で腹黒な侮れない人物だと思われていた方がやりやすい。

 それなのにお兄ちゃんが来ると私はただの8歳の子どもに戻ってしまう。


「お兄ちゃん……私を軽蔑する?」


 色んなものを利用してたくさんの策を練って私はお兄ちゃんと家族を守ろうとしている。それが年相応でないことも、綺麗ごとばかりでないことも、その年の私は理解していた。


「すごく頼りがいのあるいい男だよ、イデオンは」

「本当に?」

「僕がイデオンに嘘を吐いてどうするの」


 くすくすと笑われてしまって私は受け取ったカップからお茶を一口飲んだ。

 口に含んだ瞬間、ぴりっと舌が痺れるような違和感があった。飲み込んではいけないと本能が言っている。喉が飲み込むことを拒んで咳が出て、私は紅茶を吹き出してしまった。


「イデオン!?」

「お兄ちゃん、これ、なにか……」


 カップをお兄ちゃんに手渡したまでは意識があった。その後はあまり覚えていない。眩暈がしてぐらりと身体が傾いて床の上に倒れてしまった。目を開けていられなくて閉じる瞼の向こうでビョルンさんが駆け寄って来るのがかろうじて見えた。

 遠くなる意識の中、セシーリア殿下の婚約者となるということはこういう危険性もはらんでいるのだと私は実感していた。

 気が付くとベッドの上に私は寝かされていた。喉がちりちりと痛んで呼吸をすると咳き込んでしまうがそれ以外の違和感はない。


「イデオンくん、気が付きましたか? すぐに薬を用意します」

「は、い……」


 答えようとしても咳き込んでしまう私にビョルンさんが薬湯の入ったカップを渡してくれた。しゅわしゅわと小さな気泡が上がるそれは鱗草も使っているようだ。

 炭酸に苦みの入った薬の成分を溶かしたそれを飲み終える頃には私の喉はすっかりと良くなっていた。


「意識が戻らないと薬を飲ませることができないのでそばを離れられませんでした」

「すみません、ありがとうございます」

「すぐに気付いて飲み込まなかったから大事には至りませんでしたが、オリヴェル様が調べた後のものしか口にしないようにしてくださいね。特にああいう場では」


 迂闊だった。

 普段ならばお兄ちゃんに調べてもらってからパーティーでは飲み物も食べ物も口にするのに、考え事をしていたせいでその工程を忘れてしまっていた。


「ごめんね、イデオン。僕が調べなかったから」

「お兄ちゃんのせいじゃないよ」


 ビョルンさんが薬を片付けている間にお兄ちゃんがベッドの上に上半身を起こした私を抱き締める。ぎゅっと抱き締められて私はお兄ちゃんの逞しい胸に顔を埋める形になった。


「イデオンにぃさま、もうへいき?」

「にぃさま、だいじょうぶなの?」

「にぃ! にぃ!」


 ビョルンさんとお兄ちゃんに隠れて見えなかったがヨアキムくんとファンヌとエディトちゃんも心配してずっと私の傍についていてくれたようだった。ルームシューズを脱いでベッドによじ登って来る三人を順番に抱き締める。


「もう平気だよ。心配かけてごめんね」

「イデオンにぃさまにどくをもったやつ、ふこうなれ、するよ!」

「わたくしもゆるしませんわ!」

「んぬー! んぬー!」


 ヨアキムくんやファンヌはともかくエディトちゃんまで拳を握り締めて怒っている。


「どんな毒だったんですか?」

「即効性の毒で命を奪うものでしたよ。魔術具を付けていたのでかなり緩和されてはいましたが」


 首から下げたプレート型の魔術具とブレスレット、それにセシーリア殿下から貰った髪飾りをヘアゴムに変えたものが毒を弾く作用を発揮して、即効性の毒をかなり弱めてくれたようだ。この三つを付けていても口に含んだだけで意識を失うような毒を盛られたなんて恐ろしさに今更ながらに身体が震える。


「イデオン! 大丈夫か!」

「イデオンにぃちゃん!」


 パーティーに来ていたダンくんとミカルくんもお祖父様と共に残ってくれていたようだった。ベッドに上半身を起こしてファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんに囲まれた私に歩み寄って来る。


「なんとか大丈夫だったみたい。喉の痛みも治まったし」

「良かった」

「どこもいたくない?」


 ダンくんは泣きそうな顔をしていて、ミカルくんは泣いていた。貴族になったばかりの二人に貴族社会の恐ろしいところを見せてしまった気がする。


「お祖父様、二人にはパーティーではお祖父様が検分したもの以外は口にしないようにさせてください」

「そうします。ダンくん、ミカルくん、私が守るからね」

「じいちゃん!」

「お祖父様」


 私の無事を確認してダンくんとミカルくんはお祖父様に連れられて帰って行った。ヨアキムくんとファンヌとエディトちゃんも部屋に戻って行く。


「一応、夕食後にも薬を飲みましょうね」

「分かりました」


 ビョルンさんも部屋から出て行って私とお兄ちゃん二人きりになった。

 お兄ちゃんは難しい顔をしている。


「セシーリア殿下との婚約、やはりお断りした方がいいんじゃないかな?」

「そのせいで毒を盛られたんだろうとは思うけど……お兄ちゃん、誰が毒を盛ったんだと思う?」

「イデオン、婚約の話は?」

「それより、私は毒の出所が気になるの。カップの中身をカミラ先生かビョルンさんは検分した?」


 婚約のせいで毒を盛られたのだとしても婚約を解消するよりも毒を盛った犯人を捜さなければ解決はしない。セシーリア殿下にも話を聞いてみたいが通信ができるだろうか。


「魔術の毒じゃなかったんだよ。蛇の毒じゃないかってビョルンさんは言ってた」

「蛇の毒?」


 フォルティスセプスという魔物の蛇がいて猛毒を噴射して敵対するものを殺す話をお兄ちゃんはしてくれた。その魔物の毒は目や口や鼻など粘膜から摂取すると即死してしまうようなものらしい。

 私には三重の魔術具の守りがあったから耐えられたがなかったら口に含んだ時点で命を落としていた。


「魔術じゃないから痕跡が辿れないんだね」

「紅茶の他のカップには入っていなかったし、イデオンにカップを渡した使用人は何も知らないと言っている」


 魔術で毒殺をすれば痕跡が残るのでフォルティスセプスという魔物の猛毒を使って来るとはなかなか敵も手強そうだ。


「調べてみないと……」

「イデオン、今日は寝てなきゃダメだよ」

「調べる方法を考えてみる」


 カップを手渡した給仕の使用人さんはすっかり怯えて震え上がっているというし、話を聞いてみたかったが今日は動いてはいけないと言われてしまった。私にカップを渡した使用人さんはお兄ちゃんにもカップを渡していなかっただろうか。


「お兄ちゃん……?」

「え?」

「もしかして、狙いはお兄ちゃん!?」


 お兄ちゃんに行くはずのカップが入れ替わって私の方に来た。

 考え付いた可能性に私は蒼白になる。

 狙われていたのはお兄ちゃんかもしれない。


「お兄ちゃんも同じ使用人さんからカップを受け取ったよね?」

「お盆の上には二つカップが乗ってて、僕がそこからカップを取っている間にイデオンにカップが渡されてたね」

「どうしよう……お兄ちゃんだったら」

「僕なら自分で異物が混入してないか魔術で調べられるよ」


 魔術で。

 それが問題だ。


「魔物の毒でも魔術で分かるの?」

「検出は難しいけど、異物が混入しているのは感知できるよ」


 検出するためには細かい工程を必要とするが異物が混入しているということだけは分かる。それをフォルティスセプスの猛毒を紅茶に入れた犯人は知っていたのだろうか。

 お兄ちゃんは成人して当主の座を継げるようになっている。暗殺しようという輩が現れてもおかしくはなかった。


「僕が狙われたとは限らないんだよ」

「そうだけど、そうだったら私は嫌なんだよ」


 どんな可能性も捨ててはいけない。私はお兄ちゃんをどんな手を使っても守ると決めたのだから。

 翌日、動けるようになってからカップを持っていた使用人さんに話を聞きに行こうとして、そのひとが部屋で毒を飲んで亡くなっていたことを私は聞くことになる。

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