34.ダンくんとミカルくんの妹
ヨアキムくんの誕生日の前夜にビョルンさんがベルマン家に呼ばれた。
眠たい中起き出して準備をするビョルンさんを見ているファンヌとヨアキムくんと私とお兄ちゃん。そろそろダンくんのお母さんの出産が近いということは聞いていたのでビョルンさんはいつでも出られるようにしていたのだ。
「ごめんね、ヨアキムくん。お誕生日どころじゃなくなるかもしれないけど」
「へいき! ミカルくんのいえのあかちゃん、げんきにうまれてきてくれたら、それでいいよ」
「ありがとう。行ってくるね」
診察用の鞄を持ってビョルンさんは慌ただしく出て行った。
前回のミカルくんのお産でお母さんは命が危なかったというから万全の態勢でお産に臨ませたかったのだろう。ボリスさんはエレンさんも呼んでいるようだった。
「エレンさんとビョルンさんが頑張ってくれますから、皆さんは寝ましょうね」
カミラ先生に言われてベッドに入ったけれど胸がどきどきして私はなかなか眠りにつけなかった。普段ならばこの時間はぐっすり眠っているのだが、ダンくんとミカルくんのお母さんに赤ちゃんが産まれるかもしれないのだ。
「エディトちゃんが産まれた日を思い出すよ」
「あれも夜だったね」
「赤ちゃんは夜に産まれることが多いの?」
カミラ先生のお産のときも夜にお屋敷が騒がしくなって私たちは起き出した。どうして夜なのだろう。
「お昼のお産ももちろんあるけど、夜に多いのは人間が本能的に敵から身を守って暗闇の中で子どもを産めるようにっていう説があるよ」
「そっか。人間も動物だもんね」
他愛のない私の疑問にもお兄ちゃんは真剣に答えてくれる。
ダンくんとミカルくんの家の赤ちゃんは男の子だろうか、女の子だろうか。
考えているうちに私は眠ってしまったようだった。
朝になって薬草畑の世話をして朝ご飯の席についてもビョルンさんはいなかった。ダンくんのお母さんは大丈夫なのだろうか。
「カミラ先生、ビョルンさんは?」
「昨夜、ダンくんのお母さんは産気づいたようですが、まだ生まれていないとのことです。危険な状態ではないとのことですので、安心してください」
説明されてほっとして朝ご飯を食べ始めるが、ファンヌとヨアキムくんは朝ご飯どころではない気分だったらしい。
「あかちゃん、だいじょうぶ?」
「わたくし、できることない?」
「二人とも優しいですね。ビョルンさんとエレンさんが付いているから平気ですよ」
「カミラせんせいはさみしくない?」
「カミラせんせいのあかちゃんはへいきですの?」
なんと!
天使のような私の妹と弟のような存在はビョルンさんがいない状況のカミラ先生のことまで気に掛けられる優しさがありました。
二人の成長に感激しているとカミラ先生が手を伸ばして二人を抱き締める。
「それでは、今日は二人に一緒にいてもらいましょうかね」
「よろしくてよ」
「ぼく、カミラせんせいをまもるからね」
可愛い二人に囲まれてカミラ先生は幸福そうに微笑んで、二人に朝食を食べてしまうように促していた。
午前中はカミラ先生もビョルンさんがいないので仕事はカスパルさんとブレンダさんに任せて子ども部屋で寛いでいた。そばにはヨアキムくんとファンヌがいる。
エディトちゃんもいつもと違う空気を感じ取っているようでカミラ先生の足元でマンドラゴラのダーちゃんとブーちゃんを抱っこして座っていた。
知らせが届いたのはお昼ご飯の直前だった。
『無事に生まれました。可愛い女の子です!』
通信具からビョルンさんの明るい声と赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。ほっと胸を撫で下ろしたのは私だけではなかっただろう。
椅子から立ち上がったカミラ先生はエディトちゃんを抱き上げた。
「お昼ご飯を食べたら、ダンくんのところに行きましょう。お母さんはお疲れだと思いますから、赤ちゃんの顔を見て、ダンくんとミカルくんと話してくるだけですよ?」
「あい!」
「あら、エディトったら、良いお返事」
手を上げて返事をしたエディトちゃんにカミラ先生は微笑んで頬ずりをした。緊張していた空気が解けて柔らかくなる。
「女の子だって。名前は決まってるのかな?」
「ミカルくんはお兄ちゃんになったね」
お兄ちゃんと話しながら私は食卓まで歩いて行った。お昼ご飯はファンヌもヨアキムくんもものすごい勢いで食べて出かける用意をしていた。リーサさんがヨアキムくんとファンヌの口の周りについている食事の跡をさっとさりげなくふき取っている。
「ぼくのおたんじょうびにうまれてきたの」
「にぃさまとエディトちゃんとおなじね。ヨアキムくんとミカルくんのいもうとは、おたんじょうびがいっしょなんだわ」
喜んで飛び跳ねているファンヌとヨアキムくんを見て私たちは大事なことに気付いた。
「ヨアキムくん、お誕生日おめでとう」
「赤ちゃん騒ぎで忘れてた、ごめんね」
「ううん、プレゼントはもらってるし、ぼく、あかちゃんとおなじたんじょうびでうれしいの」
謝る私とお兄ちゃんにヨアキムくんは全く気にしていない様子だった。
馬車に乗ってベルマン家のお屋敷に行くとソファでビョルンさんが横たわっていた。夜も寝ずにずっとお産の様子を見ていたのだから疲れているのだろう。
「診療所に戻りますわ。カミラ様、オリヴェル様、イデオン様、ファンヌ様、ヨアキム様、また」
エレンさんは一礼して診療所に移転の魔術で戻って行った。診療所でも治療を待つ患者がいるのだろうが、夜を徹してのお産の手伝いの後で体力がある。ソファに駆け寄ったカミラ先生と抱っこされているエディトちゃんがビョルンさんを労っている。
「産まれたんだ。母ちゃんも赤ちゃんも元気で!」
「おれ、にいちゃんになった!」
ダンくんとミカルくんに案内されて私とお兄ちゃんとファンヌとヨアキムくんは子ども部屋に行った。ベビーベッドで産着を着せられた小さな赤ちゃんが眠っている。
「アイノって言うんだ。これからよろしくな」
「アイノちゃん……かわいいねー」
「かわいいだろ、ヨアキムくん」
「とてもちいさい。エディトちゃんよりちいさいの」
ベビーベッドを取り囲んでダンくんとヨアキムくんとミカルくんとファンヌがうっとりしている。ポヤポヤの髪はダンくんとミカルくんと同じ赤毛で目はつぶっているから分からないが二人に顔立ちが似ている気がする。
「あーた、えー、ねぇね」
アイノちゃんを覗き込んでエディトちゃんが若干誇らしげな顔をしているのは自分がお姉ちゃんになったからだろうか。そんなエディトちゃんにも来年の夏くらいには本当に弟か妹が産まれてくる。
「ビョルン様には一晩中妻を診ていただいてありがとうございました」
「おかげで二人とも無事です」
ダンくんとミカルくんのお父さんと、ぐしゃぐしゃの泣き顔のボリスさんがやって来る。
「じいちゃん、うれしすぎてなきっぱなしなんだよ。おれもほっとしたけど」
「赤ちゃんが無事に産まれることは本当に奇跡のようなことなんだよ」
次男のハンスさんが産まれたときに奥さんを亡くしているボリスさんにしてみれば、健康に赤ちゃんが産まれるということはすごく尊く奇跡のようだっただろう。心配した分だけ涙が出るのも理解できる。
「お祖父様」
「イデオンくん……?」
「家族を大事にして幸せになってください、お祖父様。私もひんぱんに遊びに行きます」
初めてボリスさんに会ったときには陰気で怖くて不審者だとしか思えなかった。二度目にお屋敷に来たときにも暗い印象でとても自分の祖父だとは感じなかった。お屋敷に泊りに行ってもやっぱり私の祖父だという実感はなかった。
今、ダンくんの妹が産まれたのを喜んで泣いている姿を見て、生きる希望に溢れたボリスさんを私はようやく自分のお祖父様だと思うことができた。
「イデオンと俺はお祖父様が同じだな」
「そうだね。従兄弟同士みたいなもんだね」
あの夏の日から季節が二つ過ぎてダンくんもすっかりとベルマン家の子どもになった。ボリスさんはダンくんとミカルくんのお祖父様になれたし、私もボリスさんをお祖父様と思えるようになっている。
「わたくしも、アイノちゃんにあいにきますわ、おじいさま」
「ぼくも、おじいさま」
「ありがとう……嬉しいよ」
正確にはヨアキムくんは違うのだがボリスさんことお祖父様はそんなことも気にしていない様子だった。それがまた好感が持てる。
「私にもお祖父様がいたよ、お兄ちゃん」
「そう思えて良かったね」
お兄ちゃんを見上げれば青い目で穏やかに微笑んでくれていた。
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